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『バティモン5 望まれざる者』ラジ・リ監督インタビュー:「映画は社会を告発する」横浜フランス映画祭で来日

フランスにおける移民問題を巡る悲劇を描いた、『レ・ミゼラブル』の“続編”とも言える『バティモン5 望まれざる者』が上映決定。来日の際、監督インタビューを実施しました。

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バチモン5 望まれざる者pinterest
Wataru Yoneda

第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞、セザール賞最優秀作品賞を受賞、第92回アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートを果たしたラジ・リ監督。

ヴィクトル・ユゴーの小説『レ・ミゼラブル』と同じパリ郊外のモンフェルメイユを舞台に移民少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へ発展してく様を描いた映画『レ・ミゼラブル』(2019年公開)で世界を席巻したラ・ジリ監督。そんな彼が、横浜で開催されたフランス映画祭のために来日したタイミングで時間をいただき、インタビューを実施。ヴィクトル・ユゴーが生きた19世紀と同様に、現代のフランス社会に今も残る不正への批判を続けるその動機について質問しました。

『バティモン5 望まれざる者』(2024年5月24日ロードショー)

a man and woman standing outside
© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

【あらすじ】

第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞をはじめ各国の映画賞を総なめにし、世界に衝撃を与えた『レ・ミゼラブル』のラジ・リ監督が描くパリ郊外(=banlieue バンリュー* )の実態。

労働者階級の移民家族が押し込められた小さな部屋が密集する団地が点在しているこのエリアの一画=バティモン5(『5番建造物』の意)では、老朽化をいい訳に再開発のための取り壊し計画が進行していた。

前任の急逝により、白人特権を背景に臨時市長に任命された政治ド素人の小児科医ピエールは、バティモン5の復興と治安改善を政策にかかげるがうまくいかず、住民たちの反感を買うことに。その一方、バティモン5で移民たちのケアスタッフとして働くアビーは、現場から見た行政の怠慢と杜撰(ずさん)な対応に怒りを覚え、住人たちのために立ち上がる。

ある事件がきっかけで、行政と住民の間のもともと存在していた緊張が激化し、両者の対立は激しい抗争へとエスカレート。この衝突が、次第に悲劇へと進んでいく様子を描いている

公式サイト 

公式X


※フランス語で「郊外」を意味する banlieue(バンリュー)は、「排除された者たちの地帯」との語源をもつ。19世紀より労働者の街として発展し、戦後は住宅難を解消する目的で大量の団地が建設された。団地人気が低下する1960年代末より、旧植民地出身の移民労働者とその家族が転入し、貧困や差別などの問題が集積する場となった。

『レ・ミゼラブル』の”続編”としての作品

バチモン5 望まれざるもの
Wataru Yoneda

Esquire:『レ・ミゼラブル』では、banlieue(都市郊外)での警察の横暴を取り上げました。今回は場所は違えど、同じく郊外での政治と警察と移民である住民を描いています。本作は『レ・ミゼラブル』の続編と受け取っていいのでしょうか。

ラジ・リ:完全な続編という訳ではありませんが、三部作のひとつですので、そう受け取っていただいて構いません。

この作品もまた前作と同じく、私の実体験から出てきています。私は非常に若い頃からパリ郊外のモンフェルメイユに暮らし、警察官がこの地区にやって来るたびにカメラで撮影し、ついに警察が暴行を働いている場面を収めることになり、警察官が有罪になるという体験をしました。

ただ、今でも警察による暴行は行われています。(インタビュー日の)3日前も、バイクに乗った若者が警察に追われて亡くなるという痛ましい事件*がありました。

*The Guardianの記事を参照

警察の裏側にある政治

batiment 5 ladj ly
© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

Esquire:『レ・ミゼラブル』で描いたのは警察でしたが、この物語の軸は警察の裏側にある権力。今回その発端となる市長の専横的姿勢は帝国主義精神を表しているように思えたのですが

ラジ・リ:まさに、そう言えると思います。警察そのものは、法律に則ってやっている分には問題ありません。

ですが、実際はそうではなく、彼らの後ろにいる政治家などがひどい決定を下し、従わないものはルールを変えてまで排除しようとすることで、人々を抑圧する機構として機能してしまう。そういう構図があるわけですから。

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素人でもトップに立てば専制君主になれる恐怖

a person in a suit standing behind a table with a chess board
© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

Esquire:市長の軽率な判断と、それに見合わない大きな権力--この構図が際立っていました。これは、フランスという国がそもそも持っていた暴力性なのでしょうか? それとも、突然出てきたものでしょうか?

ラジ・リ:構図自体はもともとあったのですが、昨今特に目立っています。フランスは極端な権力がこれまでも存在してきた国ですが、近年は“極右”の台頭があり、それに伴い人々がますます人種差別的な発言を軽々しく口にするようになりました。

以前なら頭で考えていても、(トップに立ったならば共和制の美学として)それを公にすることは、恥ずかしい行為と見なされていました。ですが最近は、平気で話すようになってしまった。あの市長にしてもそれが積み重なり、住民への憎しみが裡に育っていってしまう。市長は単なる小児科医だったのが、いったん権力を手にしたとたんにそれを私物化するようになり、専制君主になったわけです。

なんでもできる状態になった人間は、「なんでもやってやろう」という人間に容易に変化します。

「啓蒙主義の国が、今や人種差別的国家に変わってしまいました」

a man and woman holding hands and walking on a street at night
© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

Esquire:とみに気になるのは、近年盛んになっているフランスのネオリベラリズム*です。今後はどう進んで行くでしょうか?

ラジ・リ:正直、暗い未来しか見えません。おそらく数年後に“極右”が政権につくでしょう。下手すると、早くも次期選挙でそうなるかもしれません。

フランスは人権の国、啓蒙主義の共和制国家として知られていたはずが、今やほとんど人種差別的な排外主義国家に変わってしまいました。非常に暗い気持ちになります。行きつくところ、“カオス”でしょうね。

※フランスにおけるネオリベラリズムは、労働市場の柔軟化、公共サービスの民営化、税制の簡素化といった形で現れ、その政策が経済成長を刺激し、国際競争力を高める手段として提案されるが、その一方で社会的不平等の拡大、公共サービスの質の低下、労働権の侵害など、さまざまな批判にも直面している。

シンクタンク「NIRA総合研究開発機構」の『経済・社会文化・グローバリゼーションー第1部 フランスー』を参照

「そこに人がいることが見えなくなる“地位”が存在するのです」

a group of people standing on a field with a large building in the background
© SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

Esquire:強制退去を迫られた住民が、バティモン(公営集団住宅)の窓から一斉に家財道具を投げていくシーンが印象的でした。あれはドローン撮影ですか?

ラジ・リ:あそこはクレーンだったかと思います。

Esquire:建物を全体を高い所から広角で撮影していたため、ひとりひとりの住人の顔が見えなくなっています。彼らが突然の退去命令に慌てふためく様子を映し出したシーンと対照的に、おもちゃの建物のように面白くすら見えました。あの視点には恐ろしさを感じましたが、意図的ですよね。

ラジ・リ:そうですね。建物には実際にはたくさん人が住んでいる。遠くからみれば建造物ひとつですが、「そこには人がいるのだ」と感じてもらいたかったのは事実です。

Esquire:一種、神の目線、権力者の目線でもあると思います。ひとりひとりのことを考えていたら面倒だから、建物を機能として捉える…「官僚目線」とも言えますが。

ラジ・リ:そうです。まさに、そう解釈することが可能でしょう。ディテールが見えなくなってしまう――個々に注意が向けられなくなるのです。

そこに人がいることが見えなくなり、まるごとひとつの「プロジェクト」としてしか捉えられなくなる地位。そういったものが存在するのです。

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「映画の役割のひとつは明快な社会的告発」

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Wataru Yoneda

Esquire:映画という表現は、社会の現状を生々しく描くのか、もしくは社会をそれ以上のもののようにファンタジーとして描くのかで分かれる部分があると思います。なぜあなたは、前者に取り組み続けているのか、その動機を改めて教えていただけますか?

ラジ・リ:私がバンリュー(郊外)に育ち、生きてきたということは大きな理由となっています。そこに生きてきた私がそしらぬふりをしてその後も生きていくことはできない。これは私の人生のミッションなのです。どのような環境で人が生きているのか、それを告発し、証言する。その使命感で映画をつくっています。

Esquire:一方で、映画は政治的な話題からは切り離されているべきだと考える人たちもいます。ジュスティーヌ・トリエが昨年2023年のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞の舞台で、「ネオリベ政権」の商業偏重的文化政策について、とても批判的なスピーチをしたところ大変なバックラッシュに遭いましたね。こういったことにも、映画界の政治へのアレルギーが表れていると思うのですが…これについてはどう捉えられていますか?

ラジ・リ:
私は、トリエは正当なことをしたと思っています。映画のひとつの役割に、「おかしなことが起こっていたら、それをおかしいと言うこと」、つまり明快な社会の告発があると思います。

何が起こっているのか? 映画ではそれを観客に見せることができます。どんな批判があのときに巻き起ころうとも、結局、彼女はオスカー(米アカデミー賞脚本賞)すら獲得してしまった。「彼女の勝利」と言えるでしょう。

映画制作を民主化するため無償の映画学校設立

映画 バチモン5
Wataru Yoneda

Esquire:今後、フランス映画・映画界を発展させるためにご自身は何ができると思いますか? 何か実践していることがあれば、教えてください。

ラジ・リ:
すでに、映画学校をつくっています。モンフェルメイユ、ダカール、グアドループ、マルセイユに開校し、今後ニューヨークにも開校予定です。そして、年齢や性別関係なく無償です。

これまでの方法とは異なる方法で映画人を養成し、新しいビジョンを生み出したい。映画製作を開かれた場所にし、民主化したいのです。これまで映画界は閉じたエリートしかアクセスできない世界でしたから…。

ただ、その資金づくりは大変です。ここ3~4年シャネルなどの企業が支援してくれていますが、どうなるか先はわからないので常に出資者は探しています。

【プロフィール】
ラジ・リ(Ladj Ly)
/1978年1月3日生、フランス、モンフェルメイユ(セーヌ=サン=ドニ県)出身。役者として、また、1994年に彼の幼少期からの友人であるキム・シャピロンとロマン・ガヴラスが起こしたアーティスト集団クルトラジュメのメンバーとして、そのキャリアをスタート。

1997年、初の短編映画『Montfermeil Les Bosquets(原題)』を監督、2004年にはドキュメンタリー『28 Millimeters(原題)』の脚本を、クリシー、モンフェルメイユ、パリの街の壁に巨大な写真を貼ったことで有名になった写真家JR(ジェイアール)と共同で手がける。2005年のパリ暴動以降、クリシー=ス=ボワの変電所に隠れていたジエド・ベンナとブーナ・トラオレという2人の若者の死に衝撃を受け、1年間自分の住む街を撮影することを決意し、ドキュメンタリー『365 Days in Clichy-Montfermeil(原題)』(17/未)を製作する。

その後もドキュメンタリーを撮り続け、2014年には市民軍とトゥアレグ人が戦争を始めようとしている地域にスポットを当てた『365 Days In Mali(原題)』を、2016年にはNGO団体マックス・ハーフェラール・フランスの広告『Marakani in Mali(原題)』を監督。2017年には初めての短編映画、『Les Misérables(原題)』を監督し、2018年セザール賞にノミネート、クレルモンフェラン国際短編映画祭にて受賞。同年、監督・脚本家のステファン・デ・フレイタスと共同で『A Voix Haute(原題)』を監督し、再びセザール賞にノミネートされる。

長編映画監督デビュー作であり、同名短編映画にインスパイアされた『レ・ミゼラブル』(19)は、第72回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞をはじめ、第92回アカデミー賞国際長編映画賞フランス代表、第77回ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネートなど主要映画祭にて賞レースを席巻し、一躍その名を世界に轟かせた。

2022年にはパリ郊外のスラム地区での暴動を映し出したNetflix映画『アテナ』で製作・脚本を手掛け、持ち味であるノンストップの凄まじさで話題を呼んだ。

Interview&Edit:Keiichi Koyama

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