※本記事は、ロサンゼルス在住のフランス人ジャーナリスト、チェザル・グライフ氏(CEZAR GREIF)によるインタビューをもとに構成されております。
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◇俳優ジョン・ハムとは何者なのか?
俳優ジョン・ハムよりも、スーツを上手に着こなせる人なんているでしょうか?
仮にいたとしても、私(筆者グライフ氏)はそんな人に会ったことがありません。ドラマ『MAD MEN マッドメン』で7シーズンにわたり、すご腕の広告マンを演じてきた彼。エレガントな男性とスーツとネクタイの絶妙な組み合わせが、そんな彼のアイコンにもなりました。そして2008年の米『ピープル』誌では、世界で最もセクシーな男性のひとりにも選ばれています。
しかし、その一方でふだんのジョン・ハムはと言うと、至ってカジュアルなライフスタイルを貫いています。
住んでいるのはロサンゼルスではありますが、ハリウッド・ヒルズやビバリー・ヒルズではありません。中西部人(ミズーリ州セントルイス出身出身)らしく、シンプルなライフを楽しんでいるようです。ときにはその自宅の近所で、野球に興じたりもしているそうです。
◇ ジョン・ハムのキャリア・経歴
若くして両親を亡くしたジョンは、成功を手にするまでに数多くの困難に直面してきました。
大学を卒業するとすぐに、中学校の教師になりました。ですが、その職を辞してロサンゼルスに出てきてからの3年間は、まったく仕事にありつけなかったようです。2015年にドラマ『MAD MEN マッドメン』が終わったあとは、様々なドラマやコメディーの主役や脇役にチャレンジしてきました。
そして、ナタリー・ポートマンとともに主役を演じた映画『ルーシー・イン・ザ・スカイ』が公開され、映画『トップガン』の続編となる『トップガン マーヴェリック』に出演する2020年は、彼のキャリアにおける新たなターニングポイントになるかもしれません。
私はこの機会に、ロサンゼルスでジョン・ハムに対面しました。そこで、彼が演じてきた様々なキャラクターについて話をうかがうことができました。
◇ジョン・ハム:独占インタビュー
——あなたも礼儀正しい中西部人ということになると思うのですが、中西部の文化は西部とどのように違っているのでしょうか? ニューヨークでブラッド・ピットと一緒に仕事をする人たちと話をする機会があって、そのとき彼らの口から「ジョンは礼儀正しい中西部人さ」という言葉が出てきたのですが…。
ジョン・ハム(以下ジョン):大した違いはないと思うよ。ニューヨークやロサンゼルスの人たちよりも、ちょっとばかり冷静沈着ってことくらいで。
そう言えば、家族をすごく重視するね。その土地に生まれ、その土地に留まる人が多いんだ。西海岸や東海岸には、富や名声を求めて余所(よそ)からやってきて、新たな自分をつくり上げる人が多い。けれど中西部の人たちは、土地に根ざしているし、もっと田舎者でのんびりしてるよ。そして、かなり保守的なんだ。
——セントルイス(ミズーリ州東部に位置する商工業都市)ならではの言い回しというのはありますか?
ジョン:もちろんさ! その土地特有の表現っていうのは、どんな都市や町にもあるよ。それに中西部的なアクセントというのがあって、シカゴにもセントルイスにも独特の発音があるんだ。
みんながよく引き合いに出すのが、「Oh, Gosh!」というやつ。
シカゴ出身の人間に言わせると、「セントルイスは、本物の南部アクセントに出合う一歩手前の街」ということになるらしい(笑)。
——あなたは25歳のときにロサンゼルスへ移り住んだわけですが、当時、「セントルイスからトヨタのカローラに乗ってロサンゼルスにやってきた」ということを耳にしました。単なるドライブとはわけが違いますよね! どういう経緯があったんですか?
ジョン:当時は教師の仕事を辞めて、セントルイスで夏を過ごしたあと、クルマで西に向かうことにしたんだ。カリフォルニアに着くまで、どこにも止まらずにね。すごく長い旅だったけれど、そうするしかなかった。
それをやるときだと思ったんだ。
飛行機に乗るお金がなかったので、クルマに積めるものをすべて積んで西を目指したよ。こわかったし、やめようかと思ったこともあった。だって、仕事のあてなんて何もなかったからね。
でも、「若さを取り戻すことはできないんだから、いまだからできることをやるべきだ」と考えた。そして、それを実行したんだ。
——旅の途中で、どんなことを考えていたかおぼえていますか?
ジョン:「無事に着けるといいんだけど!」かな(笑)。
なにしろ、クルマがポンコツだったからね。1986年のトヨタ・カローラで、旅の間はトラブル続きだったよ。エンジンは四六時中オーバーヒートするし、おかげでヘトヘトになったよ。
——役が得られるようになるまで3年かかったそうですが、それまでどんな生活をおくっていたんですか?
ジョン:カリフォルニアにやってくるのは大変なことだったよ。ロサンゼルスは、それまで僕が住んでいた街なんかより、はるかに大きな都会だからね。
大事なのは環境に呑み込まれないようにすることだけど、これは簡単なことではないよ。「ここには、自分と同じように懸命に努力している人であふれている…」ってことを、とにかく忘れないことさ。しかもその多くは、いろいろな点で自分より優れた人たちなんだ。
——例えば知識とか…。
ジョン:知識も経験も、あれもこれもさ。考えようによっては、空恐ろしいことだよ。でも、こう思うんだ。
「別にかまわない。僕はただ、この世界で自分の歩むべき道を探してるだけなんだ」ってね。
とは言え、意欲を持ち続けるのは大変だったね。なぜならLAは、人の気力をいとも簡単に奪い取ってしまうから…。とにかく恐ろしいところだよ。
こっちとしては、「成功するんだ」という強い希望を持ち続けること。それしかない。僕はそれに3年を要したわけさ。その間、バーテンダーやウェイターをやってたけれど、自分は俳優としてのキャリアを積むためにここにいるんだってことを忘れたことはなかった。
——以前マイケル・ダグラスにインタビューしたとき、ゴードン・ゲッコー(映画『ウォール街』でマイケル・ダグラスが演じた投資家)に憧れている人間が結構いることに驚いたと語っていました。まるで現代のスーパーヒーローみたいだと…。でも、彼としてはゴードン・ゲッコーを、「刑務所にぶちこまれた」正真正銘の悪人にしたかったのです。もし、ドン・ドレイパー(『マッドメン』でジョン・ハムが演じている広告マン)で同じようなことが起きて、あなたの演じるキャラクターを真似るような人が出てきたら、どう思いますか?
ジョン:正直言って人は、むしろアンチヒーローのほうにひきつけられるような気がするんだ。
自分が何を求め、何をやっているかよくわかっていない…彼らのような人間の中に自分を見出している人がいるなんて、なんとも奇妙なことだと思うよ。
ゴードン・ゲッコーやドン・ドレイパー、『ブレイキング・バッド』のウォルター・ホワイトのようなキャラクターが興味深いのは、彼らが人間の複雑さを映し出しているからさ。
世の中には、スーパーヒーローのような“完璧な優等生”のための居場所がある。でも、それだけじゃない。「確かに、こいつは失敗をやらかしたけれど、それは誰にだってあることだ」と考える人のための居場所もあるんだ。
ドン・ドレイパーは、自分がどういう人間で何をやり、誰と一緒にいるべきか,全然わかっていない。そのことが彼を興味深いキャラクターにしていて、視聴者をふきつけているんだと思う。
——何カ月か前に映画『ホテル・エルロワイヤル』を観て、とても気に入りました。フィルム・ノワール(虚無的・悲観的・退廃的な指向性を持つ犯罪映画を指したジャンル)っぽい雰囲気のダーク・コメディーですね。極めてタランティーノ的と言うか……。この映画の役づくりのためにどんな準備をしましたか?
ジョン:とても興味深い映画だよ。エキサイティングだし。オリジナル・ストーリーなんだけど、そういう作品はもうあまり見られなくなったね。
最近では、大きなスタジオの映画は大抵、小説やマンガやゲームが原作になっているしね。この映画を監督したドリュー・ゴダードは、実に豊かな才能を持つ面白い人間だよ。美しい映画をつくってくれたのさ。彼がこの映画でこなした展開方法は、本当に驚くべきものだったよ。
かつて映画は、ストーリーに驚き、魅了されるために観にいくものだったと思うんだ。決してコンピューターのつくり出した映像や、特殊効果を楽しむものではなかったのさ。
——あなたは善人のように見えて、実はそうでもないキャラクターを演じています。
ジョン:全員が秘密を抱えている…。つまり、この映画に登場するすべてのキャラクターが秘密を抱えているんだ。舞台となるホテルまで、そうなんだからね…。そこのところが魅力的なんだよね。これは観客が、発見を楽しむミステリーなのさ。
——あなたは『トップガン』の続編『トップガン マーヴェリック』にも出演していますが、前作はあなたにとってどんな意味がありましたか? おそらく、80年代にご覧になったのではないかと思います。違いますか? あなたが演じるのはどういう役で、前作の中でどんな役割を果たしていたのですか?
ジョン:前作の公開が1985年のことだから、ぼくが15歳のときだね。あの映画を観るには理想的な年齢さ。
超音速戦闘機や、かっこいい自動車から可愛い女の子まで出てくるからね…。大きな転換点になった映画だと思うよ。それは観客にとってばかりでなく、トム・クルーズのキャリアにとっても言えることだね。もう40年近くも、トム・クルーズは映画スターであり続けている。 これからもずっとね!
僕にしてみれば、この映画に呼ばれたのは実に光栄なことさ。なにしろ、映画史の中でも特筆すべき作品なんだから。そして、そこで自分の立場を大いに楽しませてもらったよ。あの撮影現場は壮観だったね。僕が大予算の映画に出演することは滅多にないので、すごく印象的だった。本当に素晴らしかったよ。
——何度も空を飛んだりしたんですか?
ジョン:いやいや。幸い、僕はその必要はなかったんだ。実際にやったのは大変なトレーニングを積んだ人たちで、彼らには大いに敬意を表してるよ。
——前作の『トップガン』は、皮肉とかアイロニーといった要素を抜きにして描ける時代を代表する作品でした。『トップガン』にはある種の無邪気さがあって、それがあの映画に独自の魅力を与えていたと思うんです。今日では、例え子ども向けの映画であっても、親でも楽しめるようにつくられていて、いろいろなレベルでの鑑賞ができるようになっています。今度の続編の場合、前作と同じような雰囲気になっているのでしょうか? それとも、もっと今日的なスタイルなのですか?
ジョン:『トップガン』の素晴らしいところは、大衆に受け入れられることが確実な点さ。期待するものがすべて出てくる、面白い映画なんだ。空中戦と気の利いた台詞がね…すべての人が楽しめる映画だよ。前作を観ていない人でも大丈夫さ。
——あなたの最近の仕事ぶりは実に多彩ですね。例えばエンジェルズの本拠地に住んでいるだけでなく、実際にテレビシリーズでエンジェル(天使)を演じるといった具合にです。そのTVドラマ『グッド・オーメンズ』という作品は、どんな経緯で生まれたんですか? そして、テレビの世界に戻る気になった理由は? このシリーズには、イギリス的なユーモアがふんだんに盛り込まれていて、あなたが出演するほかの作品とはちょっと毛色が変わっていますね。
ジョン:そう、興味深い作品なんだよ。『グッド・オーメンズ』は、ふつうのテレビドラマというよりはミニシリーズ。ミニシリーズってあまり多くはないけれど、ストーリーを語るのにちょうどいいカタチだから、僕はすごく気に入っている。それにとてもエキサインティングで、この原作が大好きなんだ!
——それから、政治の世界が関わってくる『ザ・レポート』という映画もありますね。実在の人物を演じるために、どんな準備をしましたか?
ジョン:僕が演じたデニス・マクドノーは、オバマ政権で重要な役割を担っていた人物だね。
当時は、「9.11のようなことが二度と起こらないようにするため、テロリズムと戦う」という名目のもと、多くの虐待行為があったんだ。それらは将来の不安に対しての過剰な反応であるから、過ちも起こりがちになるのさ。
この映画が伝えようとしたのは、「確かに我々はいくつかの過ちを犯してきた。でも、少なくともこの件に関しては、しっかり語ったつもりだ」ということになるんだ。そうして、我々はこういう事実があったことを知ったのさ。それは許されることではなく、やってはならないことと言えるね。
改めて思うのは、少なくともそういう“システム”が機能したということだろうね。そしてわが国の政府は、その責任が政府にあることを公表した。たまたまそうなっただけかもしれないが、明らかにしたのは確かであって、そこが重要なんだ。特に、思いやりにかける今日においてはね。すべてがいさかいの種になる…そういうことではいけないんだ。
——あなたが政治ものの映画に出演されるのは、これが初めてではありませんね。例えば『ベイルート』(2018年公開)という作品にも出演していらっしゃいますよね。『大統領の陰謀』のような、70年代に作られた政治ドラマはお好きですか?
ジョン:もちろんだよ。その種の映画がつくられなくなったことが残念でならない。そういった映画というのは、人々に情報を提供するひとつの手段になるからね。
それがいまでは、失われた技術になっている。人々の好みがすっかり様変わりしてしまったというわけさ。僕としては、語るべき物語がある映画に参加しているという感覚が好きだね。最近はそういう映画は滅多にないからね。
——2019年はあなたの出演作が目白押しで、ほかにも『ルーシー・イン・ザ・スカイ』という作品があります。『トップガン』が大空ならこちらは宇宙の映画で、あなたはナタリー・ポートマンとともに宇宙飛行士の役を演じていますね。
ジョン:実際に起きた事件に着想を得た、とても興味深い物語さ。だけど、もう少し哲学的な内容にもなっているよ。
ものに対する見方が大きく変わって、信頼できる人間が誰もいなくなったとき…、「いったい何が起きるのか」って彼は自問するんだ。
地球へ帰還した宇宙飛行士の多くが、そういう困難があることを証言している。ものの見方が劇変してしまった彼らは、誰にも話せないようなこともたくさん見てきた。非常に狭い仲間内の世界に通じる話だよ。
例えば退役軍人たちのような…。ただし軍人の場合は、もっと数が多いけれどね。実際に宇宙に行って戻ってきた人の数となると、さらにほんのひとにぎりさ。でも、監督のノア・ホーリーが信頼できる人間だってことはわかっていたし、ナタリー・ポートマンはあの役にぴったりだったよ。
——あなたは以前、#metooについて、「我々男たちは、いまこそ耳を傾けなければならない」とおっしゃっていましたね。
ジョン:耳を傾けるのは、女性たちの言い分だけではないよ。
みんなが力を合わせて、もっとポジティブな方向へと流れを変えていくよう…、全力を尽くすべきだと信じているのさ。僕が#metoo運動に感謝しているのは、たぶん、誰かが正しいとか間違ってるとかいうことを口に出して言う前に、ちょっと立ち止まって考えることを教えてくれたからだろう。
男であろうと女であろうと、あるいはどんな人種やジェンダーであろうと、「自分とは違う考え方をする人もいるんだ」ってことを知ることが重要だ。それを否定したり無視したりするのはバカげているよ。
——最後に…人は年齢を重ねていくと、前より恋に落ちやすくなると思いますか、それとも落ちにくくなると思いますか?
ジョン:うーん、これは究極の質問だね!
それはたぶん、人生のどのあたりにいるかによると思う。まだ若いときであれば、「もう僕はすべてを知り尽くしたんだ!」と考えてしまい、実はそれが間違いだったことを、その後の人生の中で思い知っていくだろう。
16歳であろうと70歳であろうと、人は簡単に恋に落ちるものさ。もちろん、年をとってくると恋に対する見方も違ってくるけれど、素晴らしいものであることに変わりはないよ。
Source / Esquire IT
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。