フィレンツェ(ピッティ イマジネ ウオモ/以下、ピッティ ウオモ)の果たす役割は、他の都市とは少し異なります。ロンドンやパリ、ニューヨークといった都市や、フィレンツェから数時間内で移動できるミラノでさえも、そこで行われているのは「ファッションウィーク」というショーそのもの。

 一方、フィレンツェで行われるのは「見本市」(2020年は1200社の展示業者と2万1000人のバイヤーが集結)であり、ショーとは違ったアプローチが求めらるのです。

 それを理解している人…ピッティ ウオモなどの展示会を運営するピッティ イマージネのラファエロ・ナポレオーネ最高経営責任者(CEO)は、「私たちは、典型的なファッションウィークの手法に則るつもりはありません」との考えを示しながら、「フィレンツェは新たなプロジェクトが立ち上がり、新たな発想を発信する場としての役割を果たさなくてはならないのです」と語ります。

フィレンツェで行われたジル サンダーの2020秋冬メンズウエアコレクション
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フィレンツェで行われた「ジル・サンダー」の2020秋冬メンズウエアコレクションで、ランウェイを歩くモデルたち。

 とは言え、「これらのファッション都市でコレクションショーを行っているデザイナーたちは、フィレンツェには来ない」というわけではありません。「ジル・サンダー」は例年パリでコレクションショーを開催していますが、今期は2020秋冬メンズウエアコレクションをフィレンツェで発表しました。

 会場となったサンタ・マリア・ノヴェッラ教会では、花のマリーゴールドが山のように積まれたランウェイで、デザイナーのルーシー&ルーク・メイヤー夫妻がシンプルでありながら華やかな魅力を放つスーツスタイルや、上質なニット、アウターウエアなどをシルバージュエリーをアクセントに、遊び心のあふれるディテールを効かせたコレクションを発表しました。

 もちろん「ジル・サンダー」は言わずと知れたビッグネームですが、メイヤー夫妻がゲストとなった理由はそれだけではありません。

 「それは、ストーリーだ」と、ナポレオーネ氏は言います。そのストーリーの背景には、「ジル・サンダー」がこれまで紆余(うよ)曲折の歴史をたどってきたことがあります。

 複数の会社に買収され、創立者のジル・サンダー自身も退任と復帰を2回繰り返した末に、ブランドを去ってしまいました。2017年、「ディオール」に携わっていたルーシーと「シュプリーム」で約10年勤めていたルークが「ジル・サンダー」に迎えられ、ブランドの経営という点でも評判という点でも成功を収めたのです。

ジル・サンダーのデザイナー、ルーシー&ルーク・メイヤー
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「ジル・サンダー」のデザイナー、ルーシー&ルーク・メイヤー夫妻

 それだけでも大いにストーリーはあります。が、2人にはさらに、フィレンツェにまつわる深い由縁があるのです。メイヤー夫妻の出会いは、フィレンツェの名門ファッションスクール「ポリモーダ校(Polimoda)」だったわけですから…。これらのことを考慮して、ショーのためのストーリー構成は完璧に整ったわけです。

 ナポレオーネ氏は、「これまでの『ジル・サンダー』のショーとはまったく異なる、特別な場所で行われる特別なプロジェクトだ」と話しています。

 もちろん、ストーリーを持つブランドは「ジル・サンダー」だけではありません。「エルメネジルド ゼニア」や「サンローラン」でデザイナーを務めたステファノ・ピラーティ氏は、自身のブランド「Random Identities(ランダム アイデンティティーズ)」を立ち上げました。

 そして、いま最も話題のニューヨーク発のブランド、「Telfar(テルファー)」のコレクションは今期欧州デビューを果たしました。

 さらに、2020年に創立75周年となる老舗ブリオーニの会場では、そこで演奏する音楽家たちがブリオーニの最新コレクションを身に着けるという革新的な手法を取り入れました。

コルシーニ宮殿(現在は国立美術館)で行われたテルファー2020秋冬コレクション
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コルシーニ宮殿(国立コルシーニ宮美術館)で行われた「Telfar(テルファー)」2020秋冬コレクションでランウェイを歩くモデルたち。

 各ブランドのスタイル的には、この3ブランドや「ジル・サンダー」を結びつける要素はあまりありません。ただしどのブランドも、「語るべきストーリー」を持っているということが共通しているのです。

 前シーズンのゲストデザイナーであった、「ジバンシィ」のアーティスティックディレクター、Clare Waight Keller(クレア・ワイト=ケラー)氏もまた然りで、力強く、洗練されたステートメントを発信しています。その前(2018年7月)にはCraig Green(クレイグ・グリーン)が、すべてのアイテムがデジタルとヒューマンの境界を模索するかのように実験的なコレクションを提示しました。

 ビッグネームであるか、明らかな関連性があるのかではなく、ピッティ ウオモにおいて求められるものは、「ストーリーがあるかどうか?」であることは確実のようです。そして、こういった要素は必ずしも商業的に有用な選択ではないかもしれません。ですが、ナポレオーネ氏によれば、「どんな状況にあっても、ピッティ ウオモをファッションに不可欠な舞台として確立するためには、そのことにこだわる必要がある」と言います。

 「私たちの方針を変えたがる企業もたくさんありますが、私たちは常にブランドの背後にストーリーを見出してほしいと思っています」と、ナポレオーネ氏は締めくくります。
 

Source / ESQUIRE US
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。