まずはじめに、デマー・デローザン選手について話したほうがいいでしょう。デローザン選手は、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)のプレーヤー。現在(2021年6月)はサンアントニオ・スパーズの所属するデマー・デローザン選手がトロント・ラプターズに所属していた2018年3月、驚くほど正直なツイートを発信しました。

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 それと共にカナダ『トロント・スター』紙に、「僕らはすごく強いように見えるかもしれないけれど、結局のところみんな人間なんだ」とコメントしながら、うつ病との葛藤を打ち明けています。

誰もが皆、
何かを抱えている

 このデローザン選手の率直さな対応に影響を受けて、クリーブランド・キャバリアーズ所属のフォワード、ケビン・ラブ選手も自身が抱える問題を同年3月6日の「ザ・プレイヤーズ・トリビューン」に告白し、“Everyone Is Going Through Something(誰もが皆、何かを抱えている)”というタイトルの記事で公表しました。この記事の中で、「11月5日の対アトランタ・ホークス戦との試合中にパニック発作に襲われ、その後、どうやって早急に自身の精神を変えることができたのか?」について語っています。

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 ラブは何年も公に話すことは「弱さのあらわれ」であり、自分の成功を台無しにするものだと考えていたそうですが、キャバリアーズからの支援を受け、セラピストを探し、自分には助けが必要なのだという事実を受け入れることができたということ。また、このような問題を他の人に普通に話せるようになったのは、デローザン選手のおかげだと言っています。

 さらにラブ選手は、「今日のプライバシーのないリーグでプレーするのは、少しストレスが溜まる」とESPNのインタビューでも具体的に語っています。さらに彼はウェブメディア「The Player's Tribune」にも、パニック障害との闘いについてエッセイを寄稿し、「もし親しい友人たちがいなかったら、今日ここで自分の話をしているかどうかわからない」とつづっています。

 そんな彼はしばらくの間、NBAのヒーローのように扱われてきました。2020年の『ESPN』が主催するスポーツ選手を毎年表彰する『ESPY賞』では、アーサー・アッシュ・カレッジ賞(Arthur Ashe Courage Award)を受賞しています。彼の勇気ある告白には、誰もが感動しました。これは声を上げるのが怖く、不安を感じたことのあるすべての方にとっての勝利を意味していました。

 しかしながら2021年4月に、その状況は一変します。

 クリーブランド・キャバリアーズ対トロント・ラプターズの一戦で、何度か笛が吹かれなかったことに苛立ちを見せたラブ選手は、ボールをインバウンドする際にレフリーから渡されたボールをコート上に弾き返したのです。

 (後に謝罪しています)この一見でメディアや世間からは、「いきなり何事?」、「プロらしくない」、「許せない」、「大人げない」など、批判的な意見が飛び交いました。ラブ選手はこの2年ほどのスパンで「勇気のある選手」から急転直下、「ろくでなし扱い」されるようになってしまったのです…。

カイリー・アービングと
大坂なおみに関する
ニュースの誤った焦点

 2021年5月下旬に起きた2つの物議を醸す(本当は物議を醸すべきではないのですが…)スポーツ記事の賛否両論の嵐の中、私(筆者Brady Langmann)が真っ先に思い浮かべた人物が、このラブ選手でした。

 週末のうちに起きたニュースのひとつは、ブルックリン・ネッツのポイントガード、圧倒的スキルを誇るカイリー・アービング選手(彼は、1月に行われたZoomでのインタビューで涙ながらに説明したように、「家族や個人的なこと」を理由に今シーズン何度も試合を欠場しています)が、試合後に観客からペットボトルを投げつけられたというものです。また、試合後にアービングが対戦相手であり古巣のボストン・セルティックスのロゴを踏みつけたように見えたことに対して、ファンやメディアがそれを揶揄していたのです。

 そしてもう1つは、テニス界のスター大坂なおみ選手の全仏オープン棄権という悲しい結末です。大坂選手は精神的な不安やメディアからの無神経な質問を避けたいという理由から、大会での記者会見を行わないことを発表した後、フランステニス連盟から1万5000ドル(約165万円)の罰金が科されました。

 大坂選手は現地時間2021年5月31日(月)の午後に、Twitterにメッセージを投稿。すぐに大会の棄権を発表しました。

大坂選手のツイート一部:
「2018年の全米オープン以降、長い間うつに苦しんでおり、その対処に本当に悩まされてきたというのが真実です。私を知る人は誰でも私が内向的だと知っています。大会で私がヘッドホンをしているのに気づいた方もいると思いますが、それは不安を和らげるのに役立つからです」
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焦点を当てるべきは、
アスリートの意思では

 数年前にケビン・ラブ選手を賞賛するツイートをして以来、スポーツメディアとファンは、古いやり方に戻ってしまったようです。今日のアスリートへの共感はどこへ行ってしまったのでしょう。完全に見失っています。そしてこれは、私は完全に間違っていると思っています。

 ウェブメディア「Deadspin」は記事で大坂選手を非難し、スポーツジャーナリストを支持。「全仏オープンで、彼女が記者会見をボイコットしたのは見当違いだ。全くプロにふさわしくない振る舞い」とつづっています。また、ジャーナリストのピアーズ・モーガン氏は、「デイリーメール」紙のコラムで大坂選手の辞退を「ボイコットを正当化するためにメンタルヘルスを武器にして、メディアからの批判を避けようとしている。率直に言って、卑劣な試み」としています。

 アービング選手については、人々はロゴを踏みつけたように見えたことばかりに意識が向き、彼が試合後に発言したことにはあまり注意されていません。

「残念なことに、スポーツがこのような岐路に立たされ、多くの古いやり方が出てきているのを私は目の当たりにしています。歴史的に見ても、エンターテイメントやパフォーマー、スポーツの分野では、長い期間にわたってそのような状況が続いてきました。根底にあるのは人種差別であり、人を人間動物園のように扱い、人に物を投げつけたり、いろいろなことを言ったりしているのです」と、アービングはボストン時代に人種差別の被害に遭ったことを明かしています。

 「改めて言うまでもないことだ」と思うかもしれませんが、このところ多くのメディアが、精神的な問題について勇気を持って発言したアスリートを非難しています。

 確かにアスリートは、メディアとの共に時間を過ごすべきだと思っています。ですが、ファンから文字通り頭にものを投げつけられながら、さらに個人的な問題について酷評した同じメディアに、その選手がプレー後の記者会見を素直に行えると思いますか?

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私たちがすべきことは、
耳を傾けること

 私たちメディアは、大物スポーツ選手が「大丈夫じゃない」と言っただけでコラムで攻撃するよりも、もっと上手く対応できるはずです。

 パンデミックによって変革が起きた新しい生活、新しいルール…新しいすべてのもの、そして決して消えない傷がある中で、私たちはそれ以上のことをしなければならないのではないでしょうか。スポーツ選手であれ有名人であれ、話したことのない友人であれ、誰かが悩んでいると言ったら、その人の話に耳を傾けるべきなのです。

 例えばカイリー・アービング選手に関してなら、1980年代にNBAのボストン・セルティックスを3度の優勝に導いた「史上最強のフォア―ド」と呼ばれながら、「身体能力はさほど高くないが、シュート力のある白人フォワード」としても有名だったラリー・バード氏よりも、1000倍も不安になりやすいということを知っておくべきなのです。

 アービング選手は、黒人初のNBAスター選手ビル・ラッセル氏にあらゆる人種差別的な中傷を浴びせた街ボストンでのプレーを終え、移籍したばかりの黒人男性です。そして、ファンからは「誕生日にパーティーをするために試合をサボった」とまで言われているのです。

 アスリート選手の精神状態がどれほど崩れやすいかは、元NBAプレイヤーのデロンテ・ウェスト氏に関する2020年10月の報道を思い起こしてください。ウェスト氏は2020年に入り、ストリートで食べ物と金を求めて立ち尽くし、また高速道路の真ん中で一般人と大喧嘩をするなど、落ちぶれてしまった様子が報じらていました。そこでウェスト氏が2010-11年のシーズン所属していたダラス・マーベリックスのリック・カーライルHCや友人などがウェスト氏に接触を試み、救出しようとしましたがウェスト氏自身がいずれも拒否します。ですが、NBAダラス・マーベリックスでオーナーを務めている実業家マーク・キューバン氏が説得にあたると、マブスのオーナーであるマーク・キューバンと面会し説得すると、リハビリ施設に入る決断を下しました。その後、リハビリは順調に進んでいるようです。

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 ウェスト氏はかなり、双極性障害に苦しんでいたことが大々的に明らかになりましたが、メディアはこの件から何も学んでいないように思えるのです。

 アービング選手の言うとおり、「この問題には人種的な側面もある」と言えます。そもそも、ケビン・ラブ選手が自分の苦悩を打ち明けて賞賛されたのは偶然ではありません。アービング選手と大坂選手は、ジョージ・フロイドの死をどれだけ引きずっているかを(抗議するか、はっきりと宣言するかして)表明しているにも関わらず、多くの人は「木曜日の試合を欠場したカイリー・アービングの言い訳:『プレーしたくなかった』」という見出しをまだ引きずっているのです。

 もちろん、ここではアスリートと、彼らの一挙手一投足を追いかけ、その一挙手一投足について尋ねるためにお金をもらっているジャーナリストとの間で、いずれ何かが解決されなければならないでしょう。

 大坂選手はこの先ずっと、メディアを避けることなどできないのですから。とは言え、メディア側も彼女の精神的健康問題について公然とデタラメを言ってはならないことは最低限の常識として弁えるべきです。 元テニスのスタープレーヤーで現ESPNアナリストのレネ・スタブス氏は、「ニューヨーク・タイムズ」紙の週末の出来事に関する記事の中で最高の言葉を述べています。

ナオミは人前で話すことが苦手で、報道関係者と接することにいつも不安を感じていて、それがついに頭をもたげてきたのだと思います。試合後の記者会見をしないことで、選手が不平等になることは許されません。時間がかかるものですから、ある選手がやらずに他の選手がやっているとしたら、それは平等ではありません。この後、すべてのことをじっくりと検討する必要があるでしょう。

筆者がアスリートへの
取材時に感じたこと・経験

 最後になりましたが、私が学生だった頃、所属していた新聞社からシーズン最後のフットボールの試合を取材するように言われました。私はそれまでフットボールの試合を取材したことはありませんでしたが、これは2016年のピット(ピッツバーグ大学パンサーズ)対シラキュース(シラキュース大学オレンジ)の試合でした。最終スコアはバスケットボールのスコアのように、61対76でピットが勝ったのです。

 現実世界で展開されたビデオゲームのような試合を、どのように文字で描写するかを考えながら、私はハインツ・フィールド(NFLピッツバーグ・スティーラーズ、NCAA​カレッジフットボールのピッツバーグ大学・パンサーズの本拠地でもある)のプレスルームに、街中の汗だくの番記者たちと一緒に詰め込みました。このときの光景は、いまでもはっきりと覚えています。

 そして襟付きのシャツを着た男たちのすべてが、未来のNFLのランニングバックであるジェームズ・コナー選手(現アリゾナ・カージナルス所属)に張り付き、彼の顔に携帯電話を押し当て互いに質問を叫び合っていました。当時この日はコナー選手にとって、ハインツ・フィールドでの最後の試合でした。(そしてこのスタジアムは、ピッツバーグ大学3年時の2015年に悪性リンパ腫でがんの一種である「ホジキンリンパ腫」であることがわかり、そして翌2016年夏には経過観察は必要であるものの一応の完治とされ、復帰して再びプレーするようになった場所でもあります。)

 そんな彼が、明らかに気分が高揚していたことは、そこにいた誰もが気づいていました。そして、今にも泣き出しそうな顔をしていました。なので、ほとんどまとまった答えはできていませんでした…。

 心に留めておいてほしいところ : そんな当時の私自身は、泣き出したくなるほど針の筵(むしろ)の上に座っているような…生きた心地がしませんでした。敏腕記者の皆さんはそんな場所での経験を積み重ねることによって、徐々に配慮や思いやりの気持ちをトレードオフしながら、誰よりも前に立って情報を得る術を得たのかもしれません。私自身も含めて、初心にかえるべきタイミングではないでしょうか。 

Source / ESQUIRE US
※この翻訳は抄訳です。

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From: Esquire US