2022年5月11日にCDC(アメリカ疾病予防管理センター)から発表された「2021年の米国における薬物過剰摂取による死亡数」の資料には、「2021 年に米国で薬物の過剰摂取により死亡した人は推定10万7622人であり、2020年に推定された 9万3655人の死亡から15% 近く増加しています…」とつづられています 。

近年アメリカの若者層では、麻薬や覚醒剤に加わりに(規制されている麻薬や覚醒剤の化学構造を少しだけ変えた物質が含まれる)危険ドラッグが横行していました。それは法の網をくぐりぬけるため、「お香」や「バスソルト」さらに「ハーブ」および「アロマ」などと、一見しただけでは人体摂取用と思われないよう目的を偽装して販売されているものたちです。

缶入りホイップクリーム…
問題は「笑気ガス」にあり

そして最近では、それに代わって「笑気ガス」を吸引する輩(やから)が急増中とのこと。海外では、「whippets(ウィペッツ)」というスラング名で呼ばれているようです。その一方で医療の現場では、「笑気麻酔」とも呼ばれ役立っています。それは「笑気吸入鎮静法」…その名前のとおり「笑気」を吸って不安や恐怖心を軽減させ、気持ちを落ち着かせてのちに治療・施術を行うときに使用されているのです。

このガスはそもそも「亜酸化窒素(一酸化二窒素:N2O)」であり、このガスを吸った人が笑ったような表情になることから、「笑気」という別名で呼ばれるようになったそうです。

しかしながら、このガスを一気に多量吸引した場合は問題であり、多幸感が得られる一方で海外では、窒息等による死亡例も報告されているのです。ちなみに日本の厚生労働省は2016年(平成28年)2月28日より、この「亜酸化窒素」を指定薬物に指定すること公布。そこで、「これらの物質とこれらの物質を含む製品について、医療等の用途以外の目的での製造、輸入、販売、所持、使用等が禁止」としています。

かつてテレビのワイドショーで笑気ガスが話題に取り上げられていたとき、昭和大学薬学部で毒物学を専門に研究する沼沢 聡教授が「効果は数分程度ですが、一気に吸引すると酸欠状態になり意識を失う可能性もあります。精神的な依存の陥る可能性も否定できません」とコメントしていました。

ロイターでは2015年に、「2015年7月にイギリスでは18歳の少年が死亡し、2010年には5人が同様の事故で亡くなっている…」と報告されています。

この頃から、医療用以外の「亜酸化窒素」の使用は危険視されるようになっていたのです。その一方で(日本においては2006年4月より)、乳脂肪又は植物性脂肪のエアゾール缶(振ると瞬時に泡立つ加圧容器入りのホイップクリーム)の食品添加物として用いられています。とは言え、適切な含有量を添加する限りにおいては「安全性に問題はない」とされています。

危険と言われているのは、「ハイ」な状態を求めて高濃度の亜酸化窒素を一度の大量に吸い込んだ場合です。濃度の高い亜酸化窒素を吸入した場合、その分だけ酸素の濃度が低くなることによって、「吐き気やふらつき、呼吸困難、最悪、心肺停止に陥り、命を落としてしまう恐れがある」とされているのです。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

そうした中、海外ではこのスプレー缶タイプのホイップクリームを大量に購入し、それを娯楽用薬物として使用する若者が急増。2022年8月28日の「HUFFPOST」が公開した記事に日刊紙「タイムズユニオン」のウェブ版の記事を紹介しながら、「(これまでと同様に)ストアの棚にこの缶を並べて(販売して)いたなら、『ウィペット』は世界中で最も乱用されている薬物のトップ 10 に入ることになるでしょう」と述べています。

米国麻薬取締局(DEA=Drug Enforcement Administration)が発表したファクトシート(pdf)には、「亜酸化窒素は無色で気化しやすいガスで、吸い込むと精神に作用し、心のありようを変えてしまう効果があり、さまざまな家庭用品にも使われています」と記されています。 

販売した店舗への罰則適用が開始

そういった中でアメリカ・ニューヨーク州では、ティーンエイジャーによる笑気ガスのドラッグ使用を防ぐために、スプレー缶入りホイップクリーム購入に年齢制限を設けました。州議会を通過した州法に則り、ニューヨーク州では21歳未満へのスプレー缶入りホイップクリームの販売することは違法となりました。

この州法は2021年11月に施行されたものですが、21歳未満への販売が停止となり、違反した場合の罰則も有効となるため購入にID提示が義務づけられ、2022年8月12日より店舗も、それを知らせる注意書きを掲出しはじめたと「NBC」は伝えています。これに違反した場合、販売した側は$250の罰金が…。そして、これを何度も違反すると$500ドルの罰金となるそうです。

こうしてニューヨーク州は、ティーンエージャーたちから(通称「ウィペッツ」と、悪い意味で親しまれている)スプレー缶入りホイップクリームの添加物である「亜酸化窒素」の吸引行為を防ごうとしているのです。 

笑気ガス
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プロ用ホイップメーカーのディスペンサー。亜酸化窒素が泡を作るためのガスとして使用されることも…。

薬物を求める若者による笑気ガス濫用がまん延

実は、「およそ5人に1人の若者が、8年生(中学2年生)になる前にスプレー缶入りホイップクリームの『ウィペッツ』ようなものを吸引した経験がある」と、米国麻薬取締局は報告しています。このような化学薬品の吸引の濫用は、「脳の思考や体の動き、視覚と聴覚を司る部分に損傷を与える可能性がある」と指摘されているのです。

ホイップの泡くらいで、本当にそんな影響が? 大げさでは? 疑問に思う人もいるかもしれません。そんな人たちに向け、クイーンズ区のニューヨーク州選出上院議員であるジョセフ・アダッボ氏がこの州法を支持した理由をこう説明します。

「スプレー缶入りホイップクリーム販売へのアクセスに制限をかける必要があるという結論に至った理由は、地域の路上に使用済みの空き缶が散乱しているという苦情を常に受けていたからです。われわれのコミュニティに、使用済みのスプレー缶入りホイップクリームの空き缶が散乱している様子は目に余るばかりでなく、笑気ガス濫用の酷さを示すものなのです」
と、2021年に出した声明で述べています。

亜酸化窒素中毒
Malcolm P Chapman//Getty Images
街中に捨てられたホイップクリーム用の亜酸化窒素チャージャー

「笑気ガスは(医療現場などで)プロがきちんと扱うには合法かつ安全性も信頼できるでしょう。ですが誤った使い方をした場合には、時に非常に致死的なものになります」と、アダッポ上院議員は付け加えます。

「悲しいことに、若い人々が笑気ガス入りの商品を『安全』だと信じ購入し、気軽に『ハイ』になるため吸引しています。この州法は、若者たちが危険な物質に簡単にアクセスすることを防ぐためのものです」と議員は述べています。

冒頭でも触れていますが…。新型コロナウィルス禍の2020年4月から2021年4月までの1年で、薬物中毒による死者が10万人を超えたことで現在も対応に追われるバイデン政権。その際も主な原因は、日常的に鎮痛剤として使用されている「フェンタニル」であることが判明しました。「誤った使い方で死亡しても、それは販売者の責任ではなく使った人の自己責任」とは言えなくなっている現在の自由の国アメリカ。そこで日常に潜む“ドラッグ”の規制をどう進めるのか? は、これからも注目すべき事柄です。