現在、多くのイヤホンでは「気導音(きどうおん)」と呼ばれる、空気を震わせて鼓膜を通して音を伝達する方式が採用されています。その「気導音」に加えて、頭蓋骨などを伝わって内耳の聴覚神経に直接振動を届ける“骨伝導”によって音を伝える「骨導音(こつどうおん)」に対応したオーディオ信号用配信装置の特許が、米国特許商標庁よりApple(アップル)に対して付与されました。

 そのニュースがきっかけとなり、「アップルが高音質かつアクセシビリティーに優れたAirPods(エアポッズ)を開発しているのではないか?」という噂が広がっています。もしその噂が本当で、開発中とされている商品が完成するのであれば、特に聴覚に障害を持つ方々にとって大きなニュースとなりそうです(ちなみにエアポッズは、アップルいわく「インイヤー式ヘッドフォン」と呼んでいます)。

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 もしこの特許が、頭蓋骨の振動を利用して外耳道を使わずに音を鳴らすエアポッズの開発を目的とするものであるとすれば、生まれつき外耳道に障害を持つ方や、イヤホンの使用に何らかの不都合を持つ方の日常に、大きな変化をもたらす製品となることは間違いないでしょう。

 実際、取得特許に関する情報をよく眺めてみると、頭蓋骨に振動を伝えることで骨導音の認識を可能にする「骨伝導ヘッドホン」のイメージが思い起こされます。

 「骨導音を用いるヘッドホン」は、音声信号を耳で感知し得る空気振動へと変換する「気導音を用いた従来型のヘッドホン」とは、全く異なるメカニズムを持っています。そのメカニズムを説明をしますと、耳の前後を含む側頭部から、後頭骨の底部前方に位置する蝶形骨(ちょうけいこつ)、さらには上下の顎骨(がくこつ)まで…頭蓋骨を構成する複数の骨を介して音声信号を伝えるのが、骨伝導ヘッドホンの技術となります。

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ENCYCLOPAEDIA BRITANNICA//Getty Images
骨伝導ヘッドホンは、顎骨(mandibleと書かれた頭蓋骨の下の骨)付近への配置が可能です。もしくは蝶形骨(眼窩の穴の後ろにあり、sphenoidと書かれたピンク色で強調表示されている部分)、または側頭骨(側面図では下顎骨の近くにあり、temporal boneと書かれたブルーグレーで強調表示されている部分)への配置も可能です。

 骨伝導ヘッドホンは、これまでにない利点をいくつか備えています。

 外耳道をふさぐことなく音声を“聴く”ことができるので、外部に流れる音を同時に認識することが可能になります(音楽を聴きながら野外を走るランナーにとっては、大変ありがたいことです)。また、音声の伝達に空気振動を必要としないので、水中ヘッドホンなども実現可能となるかもしれません。

 現時点の骨伝導技術は、特に高周波音の伝達などに課題や欠点を残すことを開発者たちは認めています。特許情報によれば、人間の聴覚は一般的に20~2万ヘルツ(Hz)の範囲で周波音を捉えることができます。ところが現在の骨伝導技術では、4000Hz以上の音域で性能が低下するなどの課題を残しています。

 余談ですが、骨からの振動が脳に直接伝わることで、実際の音声に伴う音以外の感覚も体感できるようになる可能性もあります。ただし、人気のヘッドホン「Beats Solo Pro Wireless(ビーツ ソロ プロ ワイヤレス)」が再現する重低音の心地良さとは、またひと味違った体験となるでしょう。「ほんの少しかゆい程度の刺激から、不快感を与えかねないほどの刺激まで、幅広い刺激を生むことが可能となります」と、開発者は述べています。

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 実は、骨伝導は特別に新しい技術というわけではありません。ましてや、アップルが発明した技術でもありません。1970年代には初期の骨伝導補聴器の研究が行われ、発表されています。

 当時発表されたデバイスとは、外科手術によって頭蓋骨にインプラントされたチタン製のプロテーゼ(人工軟骨:ただしチタン製となると「軟」ではないでしょう…)を用いることで、外耳道と中耳をバイパスするというものでした。皮膚の外側に露出した小さな接続装置に、サウンドプロセッサーを取り付けるという方法です。インプラントが頭蓋骨と内耳に振動を伝えることで聴覚神経が刺激され、音声の認識を可能にするというものになります。

 “エアポッズの移植手術”を受けたいと考える人は、恐らく少数でしょう。ですが、例えばテスラのイーロン・マスクCEOのように、頭にチップをインプラントすることで音声のストリーミング再生を実現したいと考えている人もゼロではないはず。実際、今回の特許には「骨伝導変換機をインプラントで構成する可能性」に関する言及もあるとのことです。

 さらにこの新たな聴覚デバイスには、「ユーザーの脳内に映像を映し出したり、視覚の補助や補強に役立つメガネ型ガジェットが組み合わされる」、という可能性も指摘されています。とにかく、アップルの骨伝導ヘッドホンの開発が事実であるならば、骨導音と気導音とを組み合わせたガジェットの未来を方向づける革新的テクノロジーの登場ということになるでしょう。

 特許内容に含まれている「骨伝導変換機をインプラントで構成する可能性」については、骨伝導デバイスがカバーできない低周波音および高周波音に対する補助的フィルターの役割を果たすものになるのではないか? と想像されます。

 加えて、「頭の中で物理的に生じる頭蓋骨の振動によってもたらされる違和感を軽減させるために、アップルは音声信号の強度を調節できるコンプレッサーの使用を検討している」という話もあります。想像を膨らませるとキリがありません…。

 ですが、特許内容には補聴器からイヤホンに至るまで、幅広い用途に対応した記載がなされているだけに、その推測の守備範囲(攻撃範囲とも言えます…)はとても大きいのです。ただし、特許取得がすなわち将来の製品開発を約束するものでないことは、皆さんご承知のとおりではありますが…。

Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。