リシャール・ミルが、戦前のイギリスで広く行われていたヨットのレースを開催するらしい。しかも、出艇するのは1930年代末までに製造されたヴィンテージのヨット、もしくはそれを忠実に再現したものに限る。イギリス南西部の港を起点に、フランス北西部の港湾都市まで。そんな知らせが公式にアナウンスされ、プレスカンファレンスが開催されたのは日本時間2023年5月17日のことでした。
「クラシックヨットは、何世紀にもわたり受け継がれてきた職人技や遺産、伝統といった最高の価値観の生きた証しです。今回のチャレンジによって、私たちリシャール・ミルは歴史の中を航海し、この高級なヨットに再び命を吹き込むことを目指します」
リリースの中で発表されたリシャール・ミル本人の声明は、新たな冒険に向けて高鳴る期待に、どこか弾んでいるようにも感じられました。その発表から1カ月弱が過ぎた6月25日、「リシャール・ミル カップ」と命名された約2週間にわたる冒険は、大きな盛り上がりとともにその幕を下ろしました。
リシャール・ミルとヴィンテージヨットという必然
そもそも、なぜリシャール・ミルはヴィンテージヨットの大会を開くことになったのでしょうか? あらゆる産業における最先端の高機能素材を腕時計に採用し、ハイスペックなタイムピースを発表し続けるリシャール・ミルです。その時計は「身に着けるF1」とも形容され、一切の妥協を許さない姿勢こそリシャール・ミルの神髄であり哲学に他なりません。大海原というよりもサーキット。クラシックというよりもハイテク。ある一面だけを切り取れば、そんなイメージがあっても不思議ではないかもしれません。
実はリシャール・ミル カップは、第一次世界大戦前にイギリスで行われていたヨットレースの一部を復活させるとともに、その精神を現代によみがえらせようとするものでもありました。
当時のレースに参加していたヨットはどれもスピードを追求して建造され、そのストイックなまでの姿勢はそれぞれのヨットに色鮮やかな個性を与えています。ほんのわずかなディテール一つ取ってみても、その全てに意味があり、機能がある。どのヨットにも職人たち、そして乗組員たちの熱い魂が宿り、それがいかに特別なものであるのかを雄弁と物語っているのです。
「(このヴィンテージヨットとリシャール・ミルの時計は)もちろん同じ時代のものではありません。ですが、同じ哲学的アプローチから生まれたものです」というリシャール・ミル本人の言葉にあるとおり、その様は、リシャール・ミルの時計づくりにおいて、素材と機能に注がれる純粋無垢な姿勢と何ら変わりません。リシャール・ミルは、その点に自社の時計との共通点を見出しているのです。
そして、リシャール・ミル カップの理念に掲げられているのは、「オーセンティシティ」。つまり「本格的」であり、「正統を継承する」大会。さらには、ハンドクラフトで生まれたヨットの美しさと華やかさが際立つような大会です。その理想像にも、リシャール・ミルが思い描くウォッチメイキングの世界観が重なります。
2週間にわたる洋上の優雅なる戦い
参加するヨットは、イギリスで毎年行われているクラシックカーの祭典「コンクール・オブ・エレガンス(Concours of Elegance)」同様に厳しい基準で選考され、1939年よりも以前に建造されたヨット、もしくはそれを極めて忠実に再現したもので、喫水線(水面から船底の最深部までの垂直距離のこと)での長さが10メートル以上という条件で選ばれています。
名門ヨットクラブも今回の大会に最大限のサポートを差し伸べました。ロイヤル・コーンウォール・ヨットクラブ(ファルマス)、ロイヤル・ダート・ヨットクラブ(ダートマス)、そしてロイヤル・ヨット・スクワドロン(カウズ)は今回出場するヨットやクルーに門戸を開いたのです。
イギリス南西部ファルマスから、フランスのル・アーヴルへ向かう
コースには、かつてヨットレースの名所とされていた海域が選ばれました。それは輝かしいヨットレースの記憶を、時を超えて再び訪ねようとするものでした。そうしてイギリス南西部の港町ファルマスをスタートし、ダートマス(イギリス)を経由してカウズ(イギリス)へ向かい、英仏海峡を横断してフランス北西部のル・アーヴルを目指すというコースが決定されました。
オープニングレセプションが行われた6月10日、スタート地点となるファルマスの港には11艇のヴィンテージヨットと、200人ものクルーがそろいました。ヨットを愛する多くの人々が思い描く夢の瞬間が始まったのです。その中には、リシャール・ミルファミリーの1人であり、モナコ公国公子のピエール・カシラギ氏の姿もありました。
大会開催期間は6月10日から、表彰式が行われた25日までのおよそ2週間。ファルマスとカウズではインショアレースがそれぞれ3日間開催され、オフショアレースはファルマスからダートマス、ダートマスからカウズ、カウズからル・アーヴル(フランス)を舞台に3日間の開催です。競技のカテゴリーは2つあり、1本のマストで2枚以上の前帆からなる「カッター」のクラスと、2本以上のマストを持つ「スクーナー」のクラスです。
10日間の戦いの末、最多ポイントを獲得し総合優勝を果たしたのはスクーナークラスの「マリエット号」でした。この帆船は1915 年にアメリカの鉄道王で著名なヨットマンのハロルド S. ヴァンダービルトのために建造され、今年108歳となるヴィンテージヨットです。カッタークラスでは、全長24.4メートルの「ザ・レディ・アン号」が優勝を果たしました。
今後はアメリカ東海岸でも開催
優勝トロフィーは、約300年前からイギリス御用達のジュエラーとして知られるガラード社によって制作されました。170年以上前に行われた第1回アメリカズカップ(世界有数の国際ヨットレース)の他、さまざまなスポーツトロフィーをデザインしている名門中の名門です。今回のリシャール・ミル カップのために1メートルの優勝トロフィーが制作され、優勝者には40センチのレプリカが贈られました。
今大会のオーガナイザーを務めたウィリアム・コリアー氏は、大会を振り返って次のように話します。
「リシャール・ミル カップは、持久力とスポーツマンシップへの真の挑戦であり、素晴らしい仲間意識と忘れられない思い出という喜びがもたらされました。クラシックヨットレースに新たな局面を切り開いたのです」
そして、「将来の大会では、さらにその次元を前進させます」と続けます。クラシカルな競技セーリングの新たなる時代を切り拓く存在となる可能性を秘めているリシャール・ミル カップ。2024年にはポルトガルに舞台を移し、2025年の第3回大会では大西洋を越えてアメリカ東海岸で開催される予定です。
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リシャールミルジャパン
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