先進のテクノロジーと
クラス感あるデザイン性
おそらく日本で、マセラティほど誤解されている自動車ブランドもありません。1970年代にスーパーカー・ブーム華やかなりし頃の、「ボーラ」や「メラク」などの印象は強いものの、バブル期に暴力的な加速と信頼性の儚(はかな)さで伝説となったビトゥルボ(ツインターボの意)系の影響もあり、「とてつもなくカッコよくて、走りもすごいらしいけど、豪快に壊れまくる刹那的で退廃的なイタリアン」といったイメージも強いかもしれません。ゆえに無頼漢やワルい男に好まれる、危険な香りのする車…そんなところではないでしょうか。
ただ、日本で名を知られた頃のマセラティは、たまたま多難で特殊な時期にありました。
本来は1914年にイタリア・ボローニャで創業したレーシングカー専業、いわば純粋にエンジニアリングに特化した会社でした。F1でミハエル・シューマッハやルイス・ハミルトンが7回のドライバーズチャンピオン獲得を打ち立てる以前は、故ファン・マヌエル・ファンジオの5回が最多記録でしたが、彼がタイトルを得たコンストラクターの内訳は、アルファ ロメオとメルセデス・ベンツとフェラーリで1回ずつ、しかしマセラティでは2回も獲っています。それほどの名門なのです。
つまり、マセラティは由緒正しいレーシング・ブリードの一つで、公道用の市販車に着手したのは戦後から。テクノロジー面で先進的なうえに、デザインはブルジョア好みで当代随一の「趣味のよさ」と言われたカロッツェリア・フルアが手がけ、いい意味でコンサバなクラス感をまとった老舗となりました。
そうした点が大事にされ、1990年代にフィアット入りした際はフェラーリ傘下で再構築が進みます。現在マセラティが拠点とするモデナ市あるいはエミリオ・ロマーニャ地方と言えば、「スローフード運動とファスト・カー(速い車)の土地柄」で、他にもモデナはオペラ歌手の故ルチアーノ・パヴァロッティの出身地、あるいはバルサミコ酢の名産地としても知られています。
要はマセラティは、フェラーリやアルファ ロメオとは異なる車づくりで、イタリアのハイブロウ・カルチャーを形成するブランドの一つ。フェラーリから独立後の開発プロジェクトがひと段落を迎え、ステランティスグループ傘下での戦略が進んだここ数年、いよいよプロダクトに「らしさ」が色濃く表れ始めたというところです。
とまぁ長い前置きでしたが、以上が「グレカーレ」に注目すべき理由と大前提です。マセラティのSUVとして「レヴァンテ」に続く第2弾となるモデルで、今回試乗した「モデナ」というグレードは、シンプルな「GT」とV6ツインターボを積むハイエンド「トロフェオ」の中間にあたります。同じセグメントの競合相手には、ポルシェ「マカンS」辺りが挙げられるでしょう。
とは言え、「グレカーレ・モデナ」の外寸が全長4845 × 全幅1980 × 全高1670mm、ホイールベース2900mmであるのに対し、「マカンS」は4726 × 1927 × 1621mmかつ2807mm。「グレカーレ」のほうが指数本分、測ったように3%ほど大きいです。兄貴分の「レヴァンテ」は全長5mクラスながら全幅は1985mmなので、「グレカーレ」のワイドさが際立ちます。
古典とモダンを縦横無尽に
スタイリング的には、ハイウエストのプロポーションこそ既存のSUVと大差なく見えますが、「グレカーレ」は近頃のSUVには珍しくフロントグリルの垂直面を、壁のように高く立てたタイプではありません。フロントグリルとヘッドライトを同じ高さでほぼ水平に並べる顔つきは、長らくドイツ車的な高級車のデザインコードでした。が、伝統的なスポーツカーブランドはむしろ、ヘッドライトをグリル上端の線より上に配した“クラシック顔”を好みます。
もう一つ、「グレカーレ」の顔つきがクラシックな審美眼を満たす理由は、中央のボンネットが低く、左右フロントフェンダーは軽く盛り上がって峰がある点です。昨今のモダンに見せたい車はほぼ必ず逆で、ボンネットより両側のフェンダーが下がっています。つまり、「グレカーレ」は最新のSUVにも関わらず、古典スポーティな“小顔”ルックに仕立てられているのです。
マセラティは「グレカーレ」のみならず、4ドアサルーンの「クアトロポルテ」やスポーツカーの「MC20」、最新の「グラントゥーリズモ」まで徹底して“クラシック顔”で、おちょぼ口仕立てのグリルとヘッドライトを離すほうが、マセラティらしいと捉えている節すらあります。
それでも「グレカーレ」が古臭く見えないポイントは、例えばフラットなドアハンドル。流行(はや)りの格納式ではないながら、ボディ側面から出っ張ることなく空力的で、しかも下から指を差し込んでボタンを押すことでドアを開けるという、エレガントな所作を乗り手に求めてきます。
ドア内側からの開閉も同じくボタン式で、開閉レバーも設けられるものの、あくまで予備扱い。先進性とエレガンスを両立させる「グレカーレ」のデザインはつまり、理由のあるデザインです。なぜこうなったか立ち止まって考えさせられるところは多々あれど、煩雑にガチャガチャするのとは真逆で、一度腑(ふ)落ちしたら、なぜそうじゃなかったのか不思議に感じられます。練りに練られたシンプルな細部が、マセラティ独特の賢明な美しさというわけです。
同じことは内装にも言えます。レザーシートやウッドパネルなど、素材リッチかつ質の高いステッチなどは古典的でありながら、計器表示やタッチパネルのインターフェースは先進的です。フル液晶のメーターパネルは12.3インチ、ダッシュボード中央のセントラルディスプレイは12.3インチ、その下のコンフォートディスプレイは8.8インチと、そうは見えないし圧迫感もないのに合計33.4インチもの大画面構成です。
そのうえヘッドアップディスプレイまであるにもかかわらず、情報量が多くて見づらいとか煩雑といったこともありません。というのも、それぞれ走行情報とアプリや設定機能、エアコンなどコンフォート関連の操作と、プライオリティに応じて巧みに分けられているからです。しかもタッチ操作すべき2画面、セントラルディスプレイとコンフォートディスプレイが、途中で「く」の字状に折れ曲がった形状であるのは、手元の操作性と視認性を最適化したエルゴノミックな人間工学に基づく配置と言えます。
またSUVながらも老舗のGTらしいところで、ダッシュボード上段の中央の目立つ位置にダッシュボード・クロックが備わります。これも液晶なので、時刻表示はアナログ、スポーツモード、デジタルと、切り替えが効く辺りはスマートです。
いい意味で期待を裏切る
SUVらしくない鮮やかな躍動感
肝心の走りは2Lターボと聞くと、車格に対して役不足に感じるかもしれません。が、そもそも330ps・450Nmというハイチューンなエンジンで、うち30psは2種類の電気によるアシスト分です。
48VのBSM(ベルトスタータージェネレーター)によるMHEV(マイルドハイブリッド)で、「E-ブースター」というターボチャージャーのタービン過給を電気的に高める機構も備わり、出足のレスポンスの鋭さから、アクセルを踏み込んだ際の伸びまでトルクやパワーの不足を感じることは試乗中、ついぞありませんでした。
ひと昔前のマセラティにあった、滑らかマッチョの猛々(たけだけ)しいフィールではないながら、エキゾーストノートの高まりとともにリニアに車速が伸びていく、流石(さすが)の動的質感が楽しめます。
強いて言えば、「MC20」や「グレカーレ・トロフェオ」に積まれ、マセラティが手塩にかけて開発した“ネットゥーノ”こと3L・V6ツインターボエンジンに、加速の息の長さやトップエンドでの伸びは一歩譲ります。ですが、ハイブリッドならではの反応の小気味よさとスムーズさを、高いレベルで実現したパワートレインであることは確かです。
一方で、パワートレイン以上に強烈な印象を残すのは、シャシー調律の美しさです。アルファ ロメオの「ステルヴィオ」と同じ後輪駆動ベースのプラットフォーム「ジョルジオ」を採用したAWDですが、全く違う車に仕上がっています。静止状態から急加速すると一瞬、フロントにもトルクが分配されるのがシステム画面で確認できますが、即デフォルトの後輪駆動に戻ります。
リアの蹴り上げ具合と、素直なステアリングフィールに応じてノーズが意のままにインを向く様子は、全くもって模範的かつ良質のFR(フロントエンジン・リア駆動)です。50 :50に近い前後重量配分、「ほぼフロントミッドシップ」と言えるほどボンネット奥に押し込まれたエンジン搭載位置もありますが、それらを利した足まわりが圧巻なのです。
乗り心地の面では当初、高速道路を走っていると継ぎ目ギャップを結構拾うようにも感じました。縦揺れを抑え込んでフラットに保つドイツ車風でも、柔らかくバウンス変換するフランス車風でもない辺りに面食らうかもしれません。ところが、しばらく乗っていると速く短い突き上げのカドをキチンと丸めつつ、「ギャップ越えましたんで」的に路面情報はミニマムに伝えてくる、上品で質の高い仕様に徹していることに気づかされます。
かくもインフォメーション豊かな足まわりだからこそ、21インチの大径タイヤ&ホイール履きで引き締められた足まわりとは言え、「グレカーレ・モデナ」は積極的に走らせた際には、恐ろしくビビッドな躍動感を返してきます。加速や操舵(そうだ)に対して、とにかくボディコントロールが正確。ストロークの節度感から反応の素早さ、粘り具合までSUV体形ゆえのダルさや腰高感をおくびにも出さず、SUV離れしたハンドリングと運動神経を発揮します。
そもそも「モデナ」に標準で備わる電子制御サスペンションで設定できる、コンフォート/GT/スポーツという三つのドライブモードは、どれも柔過ぎるとか硬過ぎることがありません。減衰力の変化のみならず、むしろ車高の微妙な高低で、挙動の大筋をガラリと変えずに姿勢をコントロールしている、そんな印象を受けました。コンフォートは街乗り、コースティング重視のGTは高速巡航時に、そしてスポーツは峠や山道で有効でしょう。
確かにパフォーマンス面で、よりパワフルな「トロフェオ」も選べますが、「モデナ」の成熟したバランスこそが「マセラティらしさ」の今日的な凝縮度というか、酸いも甘いも知り尽くした大人にふさわしい選択肢と言えるのではないでしょうか。というのも、「グレカーレ・モデナ」はトランクの床が高くなりやすいハイブリッドながら、535Lのトランク容量を確保。ゴルフバッグをのみ込むのは無論、買い物フックや固定用レールまであって日常的な実用性すらアピールしてきます。
マセラティ自体、男子が人生のアガリに選ぶにふさわしい風格ブランドである一方、「グレカーレ」はパートナーとステアリングをシェアするにも最適な1台ですらあるのです。めっぽうカジュアルそうなのに、素材も味つけも吟味されていて別格――それこそ、王道のイタリアンだと思いませんか?
Text / Kazuhiro Nanyo
Photo / MasamiSatou
Edit / Ryutaro Hayashi(Hearst Digital Japan)