アメリカでは4月末に、ファウチ博士が「パンデミック期を過ぎた」と発言して、新聞やテレビのヘッドラインを飾った。
翌日にはファウチ博士が「あくまで爆発的なパンデミック期を抜けたということでパンデミックの終了ではない」と補足訂正したのだが、アメリカ人の多くは危機を超えた気分になっているのは否めない。
ニューヨークでは2回目のブースターショットが行われている。日本とは一周違っている感じだ。これは50歳の成人、および12歳以上で免疫不全を抱えている人、そしてジョンソン&ジョンソンのワクチンを2回(初期ワクチンとブースターショット)受けた人が対象になっている。
ドラッグストアで予約、あるいは予約なしのウォークインで受けることができて、きわめて簡単に打てるようになっている。ブースターが推奨されているのは現在、じわじわとオミクロン変異種のBA.2株の感染が増えているからだ。
アメリカではマスク着用義務が変化している。
4月18日にフロリダ州の連邦地裁判事が、飛行機やバスなどの公共交通機関で、CDC(アメリカ疾病対策センター)がマスク着用を義務づけていることは「違法」だとする判断を下した。
これを受けてアメリカの運輸当局は、公共交通機関でのマスク着用義務を停止。さっそく一部の飛行機では「マスクなし」といった浮かれた乗客のSNSも広まったのだが、CDCはあらためて「交通機関でのマスク着用を推奨する」としている。
航空会社では現在、アメリカン、サウスウエスト、デルタ、ユナイテッド、アラスカ、ジェットブルー、スピリット、フロンティアの各社が国内便でのマスク着用義務を外して「選択」制とするようになっている。つまり、国内線であればマスクなしで搭乗しても、つまみだされることはないということだ。その一方で、着用をしたい乗客もいることになる。
このマスク着用義務については、州によってかなりの差がある。私自身は4月にカリフォルニア州とラスヴェガス州に行ったのだが、ここでは気温が高いこともあってか、ほとんどマスクを着けている人を見なかった。
ラスヴェガスのカジノは室内であり、密封された空間で、多くの人たちがスロットマシーンの前に座り、また客層も中高年が多いのだが、マスクをしている人たちは見かけなかった。
また、ニューヨーク州でも郊外に行くと基本的に車で移動するので、マスクをしていない人たちが多い。
一方、ニューヨーク市内でいえば、まだ地下鉄でのマスク着用を呼びかけており、バスや地下鉄ではマスクを着けているのがスタンダートだ。またブロードウェイの劇場では、5月末までマスク着用を呼びかけている。
他の都市に比べて、ニューヨークのマスク率が高いのはパンデミックで一時期もっとも感染率が高く、死者が多く出た都市として痛い記憶が残っているからだろうし、また地下鉄やバスで移動するというのも、アメリカの他の都市とは圧倒的に違うところだ。
とはいえ、日本のように道を歩いている時もオフィスでもずっとマスクを着けているといったことはないし、レストランでも默食をするという発想がない。レストランではマスクをしている人はいないし、またパーティやクラブ、ライブハウス、コンサートでもマスクをしていない人がほとんどだ。
あたかもパンデミックが終了したかのようなアメリカだが、実際に新型コロナ感染が終了したかといえば、そうではない。アメリカ全土では、コロナ新規感染者が52%増えていて、新規感染者は7万人を超えている(4月25日付け)。
カマラ・ハリス副大統領も、4月26日(火)に新型コロナウィルスの陽性になったことを発表した。ニューヨーク州では一時期1%ほどに減った感染者のパーセンテージは、6.84%まで上がっていて、規制が解かれた分、やはり感染数は増えている。
実際に、まわりで陽性になったというケースが増えた。まわりで感染したという話をよく聞いたのは昨年12月と今年1月のことで、そこからしばらくは感染が収まっていたが、ここに来てまた陽性の話を聞くようになった。ただし今回は、高熱が1週間続いたとか、嗅覚や味覚がなくなったといった話は聞いていないので変異株はかなり毒性が落ちているのだろうと推察はできる。
CDCの調査によると、アメリカの全人口の58%がすでに過去に新型コロナウィルスに感染した経験があるとわかった。血液サンプルで、同ウィルスの抗体を持つ人が半数以上いるという結果で、ことに児童と10代における抗体保有率はさらに高く75%に達するという。
抗体を保持していれば感染しないということではないが、少なくとも第一波のときのように重症化するケースは減っていくだろうと思われる。また、オミクロンの変異株がどう変化しているか、CDCが発表した変異株の推移のグラフをご覧いただきたい。
2月まではパープル色で表したBA.1.1株が多数だったのに、3月19日以降はみるみるうちにBA.2株が主流となり、そして4月の後半になってから赤のBA.2.12.1株が増えてきている。明らかに次は、BA.2.12.1株が主流を占めることになるだろう。しかしながら、アメリカでは病床が逼迫(ひっぱく)しないかぎり、これから夏にむかってマスク着用義務に踏みきることはないだろう。
4月12日にニューヨークを揺るがしたのは、地下鉄で起きた発砲事件だ。これはサンセットパークというエリアで起きた事件で、近くには「ジャパンビレッジ」という日本系の大型スーパーとフードコートもある。
事件が起きたのはラッシュアワーである朝8時半で、地下鉄36丁目駅付近で車内に白い煙が充満してホームに乗客が逃げ出したところ、コンストラクションワーカーのベストを着てガスマスクをつけた犯人が無差別の銃撃を開始。10人が銃弾で負傷し、計23人が怪我をするという事件となった。
駅に設置してあるはずの監視カメラが故障で作動していないという大失態で、容疑者の追跡にはまる一日を要し、犯人はマンハッタンのイーストビレッジにいるところを逮捕された。
フランク・ジェイムズ容疑者は62歳の男性で、現場に残されていたバッグには9ミリの拳銃に手斧、さらにガソリンが含まれていた。ジェイムズ容疑者はフィラデルフィアからU-HAUL(ユーホール)のバンを借りて犯行を計画したのだが、以前にYouTubeにアップした動画では、大量殺人をほのめかす内容や、またPTSDに苦しんでいるといった内容もアップしていた。
さらに、過去には12回の逮捕歴があり、そこには強盗用の器具所持、犯罪的性行為、不法侵入、窃盗および無秩序な行為が含まれる。
しかしながら、一度も重罪に問われず、銃器を購入するのを禁止されたことがない。ここはアメリカ司法の穴であって、そんな犯罪歴のある人間が銃を買えるところに問題がある。今回のケースでは、容疑者は他州から車で来て銃を持ち込めたという危険なケースだ。
NY市の地下鉄における犯罪数は、昨年に比べて急増している。例えば2022年4月1日付けの犯罪数は21年の同日と比較すると、なんと70%も増加しているのだ。
街に人が戻ってきた途端に、こうした犯罪が増えているのはひとつにはコロナ禍で収入が減った困窮者が増えたこと、また、精神疾患を抱えているホームレスのケアが適切になされていないこと、そして、軽犯罪者が何度も犯罪を繰りかえしながら、すぐに釈放されているといった背景がある。
エリック・アダムスNY市長は、増え続ける犯罪に対して地下鉄ホームに常住するホームレスをシェルターに移す作戦を行い、さらに路上にキャンピングしている路上生活者たちもシェルターに移行するようにキャンプを取りのぞく行動に出た。
ところが、地下鉄から追い出されてシェルターに行ったホームレスの多くが留まらず、キャンパーたちもわずかな人数しかシェルターに移住していない。「なぜ、ホームレスがシェルターよりも路上生活を選ぶのか?」というと、単純に言えば「シェルターが不便だから」であろう。
シェルターであれば、ベッドを確保するためには列に並ばなくてはならず、またそれが一日限りのシェルターであれば、翌日もまた並ばなくてはならない。また門限があり、ペットを連れていけない施設や、持ち込み品に規制があるのも好まれない。そして路上生活者たちには、独自のネットワークがあって互いに安全を確保できるが、それがシェルター内ではむずかしい。また、「シェルター内での衝突や暴力を避けたい人たちもいる」といった問題がある。
アダムス市長は171ミリオンドルの予算を組んで、1400台のベッドを増設するとし、ホームレスが社会復帰できるプログラムに大きく予算を割く政策を見せているが、元警察官のキャリアを活かした治安問題への取り組みを掲げて市長になっただけに、その成果をもたらして欲しい。
さて、アメリカで最近話題を呼んだといえば、ネットフリックスで配信された「はじめてのおつかい」(英語タイトル:Old Enough)だ。
幼い子どもがおつかいに行く様子に、アメリカでは「あり得ないくらい、かわいい」「泣ける」「この番組のためにネットフリックスの値上げも許せる」と多くのファンを獲得している。
ネットフリックス版では、一回のエピソードを10分程度に短くしているのも特徴で、テレビの特番とは違ってオンラインで見やすくしており、現在20エピソードが揃えられている。
ソーシャルメディアにも熱いファンの声が寄せられている。
「ああ、心が、子宮が!『はじめてのおつかい』は、気が狂うほどかわいい。幼い子たちがおつかいするのに走り回るのを見飽きない。アメリカでも、これくらい安全で正直な社会があったらいいのに」
「ネットフリックスの『はじめてのおつかい』は特別すぎる。うちの4歳の子が、おつかいをさせてあんなにできるとは思えない。いや、わが家の12歳の子だって、できないだろう」
「ネットフリックスをこきおろしてきたけれど、たまたま点けてみたら、見たこともないくらい愛らしい番組を発見した。「はじめてのおつかい」を見ている人はいるかな? おつかいするために駈けまわる日本の子どもたちが、礼儀正しくて、かわいくて、おかしいのを見て、もう涙!て感じだよ」
ニューヨークのクイーンズ区に住む6人家族で、番組のファンであるサミーさんとマリアさんのベリゼ夫妻は、「リアリティショーで初めてピュアな喜びを得た」と言う。
「子どもだけで買い物に行かせるのは、ここでは絶対にすべきではないけれど、子どもに何かタスクを与えるのは良いことだと思う。自分のもジョージア(旧グルジア)にいる祖父母の家を訪ねたときは、延々と道を歩いて買いものに行かされた覚えがあります」
とマリアさんは言い、サミーさんも自分の子どもの頃とは全く違ってきていると言う。
「自分の若い時も、近所の雪かきや芝刈りでこずかいを得るのはふつうだった。しかし今の子はそういうことをしない。家事を手伝うとかこずかいを稼ぐことの意味がまったく違ってきている」
ところが一方で、番組に対する批判や疑問の声も上がった。幼い子どもをひとりで道を渡らせることじたいが危険であることや、本人がやりたくないといってもやらせるといったことに批判の声もある。
例えば子育てについての専門家、タニス・ケアリー(Tanith Carey)氏は、インサイダーのインタビューで
「子どもが自分でものごとをすることは、子どもに自信と自己肯定感を与えるので望ましい」としながらも、次の疑問を呈している。
「問題は、大人が子どもに与える課題は、その子どもの成長過程にふさわしいものではならないこと。ましてや子どもがまだ成長しておらず、できない課題を与えて、笑ったり、面白がったりすることは間違いです」
実際のところ番組の視聴率のために、どんどん子どもが低年齢化している問題はいなめない。現実におつかいをするなら5歳か6歳くらいが適切だろうし、番組が始まった頃はもっと子どもの年が上だったはずだ。ところがおぼつかない幼子のほうが視聴者の人気を呼ぶせいか、2歳や3歳といった幼い年齢の子たちが出る「かわいさ」追求型エンタメになっている。
『タイム』誌では、「はじめてのおつかいは今、見るべき番組」と記事をあげた。
日本の犯罪率の低さと銃規制の厳格さを指摘しており、日本では学校に子どもが自分で歩いて行くのがごくふつうの文化であり、子どもにおつかいをさせるのは教育の一環だったことを指摘している。
わざわざそれを説明するのは、アメリカでは12歳以下の子どもが子どもだけで、留守番をしたり学校に歩いていったり、公共交通機関に乗ったり、出かけたりすることがないからだ。
これはアメリカでも、大きく世代によって変化してきたことだ。
アメリカの都市デザイナーによるアンケート調査では、「自分の親は学校まで歩いていった」という割合は86%、「自分は学校まで歩いていった」という割合は61%、これが「自分の子どもは学校まで歩いていった」となると、わずか10%。
かつては、アメリカでも歩いて学校に行っていたのが、いまやその割合が極端に少なく、またスクールバスすら使わずに自家用車で通うケースが多くなってきているのだ。
ニューヨーク市で社会に衝撃を与えた子どもの誘拐事件が、1979年に起きたイータン・パッツ(Etan Patz)くん(当時6歳)事件だ。学校帰りにソーホーでスクールバスを降りたイータンくんが行方不明となった。
その後もイータンくんは見つからず、1980年代はじめにミルクの紙パックに行方不明の子どもたちの顔が載った最初のケースとなった。なお誘拐と殺人犯人であるペドロ・ヘルナンデス被告の25年の量刑が決まったのは、なんと38年後の2017年のことになる。
イータンくんの事件はアメリカ中の親たちを震撼させ、ほとんどの州では12歳以下の子どもを保護者なしで、ひとりにしておくことは許されず、そうしたケースでは親がネグレクトとして通報される。
もしニューヨークで、3歳の子どもがおつかいに出されて、ひとりで歩いているのを見かけたら、たちまち警察に通報され親に責任が問われるだろう。
車の中に子どもを残して外に出ることは禁止されている州もあり、夏場に熱くなる車内で乳幼児が残される危険性や、あるいは子どもが勝手に車外に出たり、連れ去られたりすることを考えると、これは当然の保護策だと言える。
また「ニューヨークタイムズ」紙では、「幼児がひとりで道を渡れる? たしかに日本のリアリティ番組でなら」と題して、番組を紹介。
その中では、立正大学の犯罪学専門である小宮信夫教授の言葉として、「実際には日本には危険もたくさんあります。安全神話はメディアが操作しているものです」と引用している。
番組はあくまでリアリティ番組であって、ドキュメンタリーではない。実際には日本の社会にも危険は存在して、本来はおつかいにまだむかない2〜3歳の幼児をおつかいさせるのは、あくまでメディアによる「かわいさマーケティング」だ。
それでも、「はじめてのおつかい」が生んだ人気は大きなもので、続編も望まれており、「ガーディアン」紙によればイギリス版も製作されるらしい。
それにしても、ネットフリックスはよく世界中から流行りそうな番組をピックアップしてくるものだと感心する。そこには、「他の地域からは出ないオリジナリティ」が大きな要因となっているのだろう。
この独自性というのは重要で、日本のコンテンツで圧倒的に人気があるのがアニメだが、例えばアニメの「呪術廻戦」は、アメリカ上映時に「JUJUTSU KAISEN」というタイトルで公開された。
「進撃の巨人」が「Attack on Titan」の英語タイトル、「鬼滅の刃」が「Demon Slayer」の英語タイトルであったのに比べて、もっと言いづらい「JUJUTS」という言葉をそのまま生かしたのは新基軸だ。
アニメファンにとってみては、あえて「言いにくい日本語」を言えるというのが、オタクな楽しみになっているのだろう。
日本のマンガやゲームの影響で、今では英語でも「UTAKATA」や「AYAKASHI」といった言葉が検索にも出てくる。
アップルTVが配信する『See 〜暗闇の世界〜』というシリーズでは、中心人物である双子の名前が「ハニワ」と「コフン」であって、明らかに制作者が日本の言葉を探して命名している。
ちょうど日本のマンガで、さまざまな海外の言語をネーミングに利用してきたように、今や日本や韓国の単語が「なんとなく異世界ふうでカッコいい」とされているのがわかる。世界で人気を得る人気のコンテンツは、まだまだありそうだ。
黒部エリ
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYに移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。