ノンアルコールビールがアメリカでも話題に
最近、日本のバーやレストランでも見かけることの多いノンアルコールビール(アルコールフリービール)。「ノンアルコールなんて、誰が飲むんだ…?」などという考えも今や昔…。最近では、ノンアルコールビールのレパートリーも増加し、ビール業界で確固たる地位を築いています。その流れは日本国内にとどまりません。アメリカ国内においても同様で、ノンアルコールビール市場が活況を呈しています。
米国におけるノンアルコールビールの歴史は、禁酒法の時代にまでさかのぼります。当時はやむなくアルコール抜きのビールを飲まざるを得なかったわけですが、現在では、消費文化の変化と醸造業者の不断の努力によって復活を遂げています。
欧米を中心に、各国の消費財・流通小売に関するマーケティング情報を提供するIRI(Information Resources, Inc.)が解析したデータによると、2020年7月から同年9月までの米国市場におけるノンアルコールビールの売り上げは、2019年の同時期と比較して約38%の増加を記録しています。その理由を解析すると、ノンアルコールビールに特化したクラフトビールの醸造所が全米各地に誕生したばかりか、ハイネケンやアンハイザー・ブッシュ(バドワイザーなどの人気銘柄を製造)など、以前からアルコール度数0.5%以下のビールを販売してきた大手ビールメーカー各社も、新たなるアルコールフリー製品の発売を見据えて数億円単位の投資を行っていることがわかりました。
アンハイザー・ブッシュ社のアダム・ワリントン副社長は、次のように語っています。
「度数0.0%のバドワイザーゼロの発売を目指して開発を行っていますが、現在、ノンアルコールビール市場は拡大の一途です。バドワイザーのようなブランドを持つ我が社にとっては、アルコールと糖分ゼロの新製品の味わいの深さを、多くのお客さまに知ってもらうことが他社との差別化を図る上で重要なポイントになると睨んでいます」
現在のトレンドは、低アルコール度数&低糖質
ノンアルコールビールは、飲食を介した社交の場でも酔うことなく、シラフで過ごしたいと考える方やお酒が身体に合わない(飲めない)方にとって、ライフスタイルの選択肢を広げることにもつながります。クルマの運転がある方はもちろんですが、来たるべきマラソン大会に向けてトレーニング中の方や、仕事中のランチブレイクに一杯飲みたいという方もいることでしょう。
南カリフォルニアに拠点を置くノンアルコールクラフトビールの醸造所、「Bravus Brewing Co.(ブラバス・ブリューイング)」創設者のフィリップ・ブランデス氏は次のように語ります。
「私たちは今、節制の時代を生きています。2019年の夏、アルコール入り炭酸飲料のカテゴリー『ハードセルツァー』が大ブームとなり、アメリカ中を席捲しました。中でも最も売れた商品が『ホワイトクロー』でしたが、その大ヒットの要因こそ低アルコール度数・低糖質へと向かう現在の時流に上手く乗ったことではないでしょうか」
そしてブラバス・ブリューイングのような醸造所は、質の高いノンアルコールビールの種類を増やしていくことによって、人々の選択肢を広げることを目指しているのです。
ミネソタ州ミネアポリスに2016年、共同創設者のジェフ・ホランダー氏とともに「Hairless Dog Brewing Co.(ヘアレス・ドッグ・ブリューイング)」を立ち上げたポール・ピルナー氏は、次のように語ります。
「以前のノンアルコールビール市場には、魅力的で高品質の商品が決定的に不足していました。まさに悲惨な状況でした。実は僕とジェフは断酒をしていて、アルコール類は一切口にしないのですが、それでもビールを楽しみたいと考えるときがあります。そんな僕らのような人間を対象に、コンセプトからしっかりと味わうことのできる魅力あるものをつくることを目標としています。間違っても、トレンドの尻尾に乗って残念な商品を開発したいわけではありません。そういった考え方のもと、このブリュワリーでは、エール、ラガー、IPA、そしてコーヒースタウトなどをノンアルコールで製造しています」
ノンアルコールビールの3つの製造方法
高品質のノンアルコールビールをつくるのは、決して簡単なことではありません。今日では減圧蒸留、逆浸透、停止発酵という3種類の製造方法が一般的です。
「減圧蒸留」の場合、ビールを加熱することでアルコールを蒸発させます。減圧チャンバーを用いて約78℃から、場合によっては33℃程度まで沸点を引き下げることで芳香と風味を維持したままアルコールだけを飛ばすのです。
「逆浸透」は、透析装置のような機材を用いて行われます。醸造されたビールを微細なろ過フィルターに通してアルコール分子と水だけを分離させ、後から再び水を原液に戻すという方法です。
「停止発酵」では、酵母を除去したり酵母の活動を停止させることで、酵母が高度数のアルコールを生成するのを防ぎます。そのためには、ビールを冷却する必要があります。
しかし、いずれの方法にもそれぞれ欠点があります。高性能の減圧蒸留機や逆浸透用ろ過機の導入には、3億円以上の費用が掛かります。新興企業にとっては、非現実的な費用と言えるでしょう。そして何より難しいのは、ビールの味を損なうことなくアルコールだけを抽出することです。減圧蒸留の場合は加熱によって、風味が奪われてしまうことになりかねません。さらに停止発酵の場合には、十分な風味を引き出すことが難しく、結果的にクセのある味に仕上がってしまうのです。
現状ではなかなか満足のいく製造法がないだけに、ノンアルコールビールの新たな製造方法には注目が集まることになります。
さきほど登場した「ヘアレス・ドッグ・ブリューイング」では、アルコールを使用しない生産システムを採用しています。「僕たちが行っているのは実に標準的な醸造プロセスですが、原料の取り扱いと、工程の組み立て方には工夫があります。醸造釜などさまざまなプロセスを経て仕上げています」と話すピルナー氏ですが、詳細については決して明かそうとはしません。
このように、「厳重に守られた企業機密の工程こそが、クラフトノンアルコールビールメーカー各社の魅力を高めている」と語るのは、ウエストチェスター大学の化学者であり『ビールの化学(The Chemistry of Beer: The Science in the Suds)』の著者ロジャー・バース氏です。そのバース氏は、次のようにも分析しています。
「成功しているブリュワリーは、マーケティングにも長けています。彼らは、独自技術と伝統的な製造方法を組み合わせることでノンアルコールビールがつくられている点をアピールすることで、風味などに対する消費者からの否定的な声を鎮めることができているのです」
それでは、ブリュワリーを運営する現場の声はどうでしょうか? 「ヘアレス・ドッグ・ブリューイング」のピルナー氏は次のように話します。
「ノンアルコールビールの製造法は、まだ進化の過程にあります。つまり、今飲むことのできるクラフトノンアルコールビールは、まさに現時点でのみ楽しめる味とも言えるのです。今後数年間で多くのイノベーションが起こるはずですし、ノンアルコールビールの選択肢が増えるとともに、クオリティは間違いなく上がっていくでしょう」
実は、ノンアルコールビール時代の訪れと呼応するかのように、アルコール度数が2~4%という低アルコールビールの銘柄も増加傾向にあります。従来はアルコールや糖質の摂取量を控える目的で飲まれることの多かったジャンルですが、消費者がアルコール度数の低いビール(もしくはノンアルコール)を求める最近のトレンドが表れているとも言えそうです。
今後、さらなる進化と市場が成長する余地が残っているノンアルコールビール。今は「その未来に乾杯!」、といったところでしょう。
Source / POPULAR MECHANICS
Translate / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です