2020年1月30日、マツダは生誕100周年を迎えました。

 戦後、日本の自動車業界は常に高みを目指し、他国にそれに引け目をとらない創造性と独創性を追求しながら成長を遂げてきました。マツダも、そんな日本の高度成長を支えてきたと言っていい企業の一つであり、一世紀という長い歴史の中で、われわれの好奇心を刺激するような創出・発見を常に起こし続けてきた企業です。

 そこで、この記念すべき節目を機に、マツダについて知っておくべき重要な歴史を振り返りましょう。

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1. マツダは1920年にコルクを生産する「東洋コルク工業株式会社」として創業しました。初代社長は海塚新八氏。1921年に二代目の松田重次郎氏が就任し、コルク産業の衰退を見込んで、機械事業へと転換していきました。

2. マツダの名は、1931年10月から日本で広く知られることとなりました。なぜなら、その年に東洋工業株式会社が生産した初の車両である、後ろにカートを乗せた3輪バイク「マツダ号」が発売となったからです。

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「マツダ号」は、1931年に同社が製造した最初の車両です。

3. 創業以来、マツダは「人と共に創る独自性」を大切にする精神とともに、多くの逆境を乗り越え、時代へ語り続けられる名車を生み出してきました。これは「向洋(むかいなだ)の精神」と呼ばれ、マツダの本社の場所にちなんで名づけられました。ここは、1945年第二次世界大戦時に原爆が投下された場所であり、「原爆ドーム」の数キロ南に位置しています。原爆の投下時、広島県府中町の社屋と工場は標高71.1mの小高い丘である比治山のおかげで大きな被害を免れることができました。しかし、マツダは119人の従業員を失い、335人が負傷を負うという大打撃を受けます。建物自体は大きな被害を被ることがなかったため、本社施設の一部を広島県に貸与し、県庁の全機能が設置されるなど、戦後の広島市の活動の中心地となりました。

4. 第二次世界大戦後、松田重次郎氏の息子である松田恒次氏は日本政府の要請により、全ての日本自動車メーカーとの会合のため、東京に召喚されます。そこで、「合併をして3つの大きな自動車会社を設立」するようにすすめられます。しかし恒次氏は「それではこれまでのマツダの良さが消えてしまう」と感じたため、その申し出を辞退し、独自のブランドを確立していくことを決心します。そして広島に戻ると早々に、従業員にマツダのポリシーを共有しました。

一つ、私たちは従来のまま独立したブランドを貫きます。

一つ、我々は目標を達成するために様々な方法を模索します。

一つ、私たちは成功への探求心を決して忘れません。

5. 1961年、初の軽商用車「B360」が誕生しました。356cc、16hpのV型2気筒エンジンを搭載した2人乗り。1959年5月より発売されたオート三輪「K360」とともに人気に。ボンネット型のトラックとライトバンがあり、ライトバンは「ビーバン」という愛称で人気に。最大速度は時速84kmに達し、4速マニュアルまたは2速マニュアルトランスミッションを装備していました。

6. すべてのブランドや企業には物語があり、マツダも例外ではありません。会社の名前とロゴは、その長い歴史、熱い野望、揺るぎない信念を物語る大切な存在です。マツダのロゴはもちろん「M」を表したものですが、その中心にある「V」に翼をつけたようなマークは、「成長」や「改善」を象徴し、柔軟な思考、創造性、活力、優しさと強さを感じられるデザインになっています。

7.1961年、マツダはドイツの自動車メーカーNSUとヴァンケル式のロータリーエンジンの開発のために技術協力を開始します。1967年に、このロータリーエンジンを搭載した初のクルマ「コスモスポーツ 110S」を発売します。

8.1989年、マツダ「MX-5」が誕生しました。これは日本のブランドの真のアイコンとなる象徴的なスポーツカーです。このクルマは、歴史上初の軽量スポーツカーとして、このタイプの車両に大きな革命をもたらしました。

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マツダ「MX-5」は、その軽さと手頃な価格で、スポーツセグメントに革命をもたらしたスポーツカーです。

9.1973年にマツダはオイルショックの影響を受け、経済危機に見舞われます。このとき、北米企業のフォードが株式を25%取得。マツダは難を逃れることができ、その後、友好的な関係を築いていきます。それから10年後の80年代、マツダは経済を大きく左右するほどの技術を次々と生み出します。4シリンダーエンジン、16バルブ、DOHC(ダブル・オーバーヘッド・カムシャフトの略)、また、強力な新型ロータリーエンジンなど、新技術を搭載した新モデルを次々と登場させました。

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マツダより、初の量産EV「MX-30」が登場します。

10.2020年は、マツダ生誕から1世紀を祝う年であることに加え、ブランド初となる100%エレクトリックモデル マツダ「MX-30」が登場します。

マツダ100周年記念サイト

Source / ESQUIRE ES