JAKE CAMINERO

「四角くて無骨だが素晴らしい」と、あのダドリー・ムーア(※編集注:イギリスの俳優、コメディアン、ミュージシャン。アカデミー賞ノミネートやゴールデングローブ賞受賞の経歴を持つ)に言わしめた、モータースポーツ不毛の地で生まれた車。そのような車で、レースに参戦すればどうなるでしょうか? もちろん、苦戦を強いられることになるのは必然です。

ところがその予想を裏切り、レースで頂点を極めたのがあのポールスター(※編集注:スウェーデンのヨーテボリを拠点とするボルボ・カーズグループ傘下のパフォーマンスブランド)です。四角く武骨な車を駆ってレースの頂点を極めた後、2009年にボルボ・カーズの公式なパフォーマンスパートナーとなりました。そして2015年、ポールスターはボルボ傘下に加わります。しかし、レースの世界で栄光を手にしたポールスターはその後、EVブランドへと生まれ変わってしまいました。

決して、ポールスター・レーシングが完全に消滅してしまったわけではありません。シアン・レーシングという新たな名のもと、その後もレースを勝ち続けています。ちなみに「シアン」とは、あのポールスター・レーシングの象徴でもあった栄光の青(ブルー=シアン)に由来する名前です。2020年と2021年には、世界ツーリングカーカップでのタイトル獲得を果たしています。

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レストモッドが変えた1台の未来

そして今、レーシング仕様のクラシックカーのレストモッド(※編集注:旧車などをカスタマイズして復活させることを指す自動車用語。レストア[回復]とモディファイ[改造]を組み合わせた造語)人気の高まりが、シアンに新たな楽しみと商機を生み出しています。ボルボ史上最もスタイリッシュな1台と呼ぶべき「P1800クーペ」をベースにつくられた、カーボンボディのスポーツカーに熱い眼差しが注がれているのです。

「レストモッド界のハイエンド」と言ってまず思い浮かぶのは、大絶賛されたシンガー製「911」ということになるでしょう。ですが、今ではその超高級マッスルカーのみならず、ビルト・バイ・レジェンド(Built by Legends)製の「マインズ日産スカイラインGT—R」、イタリアのオートモビリ・アモス(Automobili Amos)製の「ランチア デルタ インテグラ」など、数々の名車がカーボンボディのレストモッドとして復活を遂げています。

億単位の予算を惜しげもなく車に注ぎ込む資産家層に目を向けているのは、もちろんOEMメーカーばかりではありません。ジャガーは「Eタイプ ライトウェイト」の生産を終了し、アストンマーティンは「DB5」を復活させ、ベントレーはあの「ブロワー」を復刻シリーズとしてよみがえらせています。

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今回の試乗となったシアン・レーシング製の「P1800シアン」は、なんと70万ドル(約9570万円!)。ボルボ車としては非常識と思えるほどの高額です。しかし、ここまで細部にこだわり抜いたレストモッドも珍しいかもしれません。さらに言えば、現存する60年代のボルボ車の希少性はかなり高いのです。スチール製シャシーの一部、フロントワイパー、ベントコントロール、フードリリースについては、オリジナルの部品がそのまま活かされています。ですが、その他のパーツは何から何まで再設計されたものか、もしくは全く新しいものへ交換されています。

注目すべきは、第2世代のロータス「エリーゼ」に匹敵する2180ポンド(約989キロ)という超軽量な車重です。そして、ポルシェのオーナーでさえも目を見張るほどのパワーと、回転性能ということになります。6000rpmで456N・mのトルク、7000rpmで420馬力のパワーに達し、7700回転でレッドゾーンに突入します。

レース仕様のボルボ「S60」にも積まれていた最新型の2.0リッター直列4気筒エンジンが、80年代のフェラーリを思わせる最高質のドッグレッグ式5速ホーリンガーギアボックスと見事な調和を見せています。

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カーボンファイバー製のドライブシャフトは独立式リアサスペンションに接続され、選択するギヤ比に応じたファイナルレシオ(最終減速比)をユーザーが決めることができます。エンジンルームに目を向ければ、そこにはヴィンテージ感あふれる足の長いプレナム、独立スロットル(多連スロットル)、等長エキゾーストヘッダーなどがゴージャスな姿を現します。配線類もどこかに通っているはずですが、隠されており目に入りません。

カーボンファイバー製のボディとスチール製のシャシーを巧みに接合することで剛性を高めており、グリーンハウス(※編集注:園芸栽培用の温室を意味する語ですが、自動車用語としては温室のようにガラスで囲まれた車室のことを指します)を数インチほど後方に置くことで荒々しい構えを演出し、ワイドにフレアしたホイールアーチの下には18インチ鍛造センターロックホイールが覗いています。14インチの巨大なAPレーシング製ブレーキを活かすには、大型のホイールが必要になるというわけです。

ウインドウのガラスは、すべて新調されています。クロームメッキとドアハンドルはビレット加工。モータースポーツ標準の燃料タンクがトランク内を占拠していますが、ストラットがないため開いたままにはできません。羽のように軽いドアにもストラットはついておらず、やはり開け放しておくことはできません。

インテリアは、これぞスウェーデン製というミニマリズムの魅力に満ちています。カーボン製のバケットシートはドアパネルと同様にフェルトで美しく縁どられており、珍しくも違和感を感じさせない完璧な素材選択と言えるでしょう。ただし、乗り降りにはレザーで覆われたチタン製ロールバーをまたがなければならず、この車の中で唯一優雅さを欠くポイントです。しかし、カーボン製ドアの衝突安全性を考えれば、これは仕方のないことなのかもしれません。

各種メーターやスイッチ類はいずれもオリジナルの「P1800」を彷彿とさせ、硬派な印象を与えるトグルスイッチやビレット加工のスイッチがあしらわれています。ただしシートポジションが微妙なため、あの美しいメーター類がMOMOプロトティーポのステアリングホイールの影に隠れてしまうのがやや残念なところかもしれません。

 
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そして遂に試乗!

とにかく軽いのが特徴です。あらゆる操作系が必要最小限の重量になっています。軽量化を追求するあまり、油圧クラッチやパワーステアリングが装備から外され、結果として運転に苦労を要する仕上がりになってしまうのは珍しいことではありません。ですが、この「P1800シアン」においてはいずれも装備されており、そのことで軽さがむしろ強調されています。

パワーバンド(※編集注:エンジンが最も効率良く力を発揮出来る回転域)は伸びやかにレッドゾーンまで達しており、圧倒的なスピード性能を生み出しています。ヴィンテージ感あふれるエキゾーストノート、ターボのスプール音やウェイストゲートの奏でるサウンドが現代的な調和を演出しています。

早すぎるピークの後に威力を失うターボエンジンが多い昨今、このエンジンはあたかもハイパワーの6気筒エンジンさながらの加速を味わわせてくれます。シフトは完璧な切れ味を持ち、クラッチペダルの操作性は最先端のハッチバックに勝るとも劣りません。マニュアルブレーキは平均より重めですが、苦になるほどではありません。ペダルの配置も完璧です。

そして「P1800シアン」の乗り心地を端的に言えば、「硬すぎず快適」になります。ボディロールはほとんどなく、ターンインの鋭さは見事。レースで培った経験が、このあたりにも活きているのです。

 
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峠道を走るのに最適化された設計なのかもしれませんが、高速道路での軽快な走りもその恩恵と言えるでしょう。セッティングは購入者の要望に応じていかようにも調整可能で、気分次第でどうとでもなります。セッティングの変更はいつでも可能ですが、その調整はプロの手に委ねるのが正解でしょう。

この車でサーキットに乗り込むことはないかもしれませんが、あえて乗り込んだなら…それなりの走りを楽しめそうです。真夏の炎天下、標高の高い道でも、この「P1800シアン」は落ち着きを失わず、ずっとパワフルなままでした。

唯一不満があるとすれば、電動パワーステアリングが採用されている点です。そのお陰で、路面からのフィーリングが損なわれてしまうのです。アグレッシブなキャスター設定(ターンインの際の反応を向上させるためでしょう)と相まって、コーナーの立ち上がりでの挙動がやや我がままになる印象があるのです。峠では問題ないかもしれませんが、広々とした道では多少の不安を感じます。でも、ハンドリングのセットアップをクルージング用に調整すれば、満足な仕上がりになることでしょう。

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「クラシカルな外観と最新のパフォーマンス性能」という売り文句には、失望させられることは珍しくはありません。ですがこの「P1800シアン」には、それらが見事に同居しています。素晴らしい仕上がりを実感できたのです。そして速い――。

轟(とどろ)くエンジン音は、“スリリング”のひと言です。この車でロングドライブと行きたいところですが、燃料タンクに占拠されたトランクでは荷物を積み込むことができません。願わくば、どうか「P1800ESワゴン」仕様でつくってもらうことはできないでしょうか…?

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です