悠久の時を実感した屋久島の森

一般的に「屋久杉」とは屋久島の標高500メートル以上の山地に自生し、樹齢1000年以上の杉の木のことを指します。樹齢1000年(つまり10世紀…)に満たない「小杉」はまだ若いほうの部類に入るのだとか。屋久島の森の中で山岳ガイドさんの話に耳を傾け、気が遠くなるような時の流れに思いをはせていると、文明の針が刻む時の進み方に慣れきってしまった自分の感覚が少しずつ信じられなくなってくるようです。

 
屋久島の屋久杉
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数千年にわたって脈々と営まれてきた自然豊かな生態系が広がり、太古のリズムが支配する屋久島。一周132キロ、日本で5番目の大きさを誇るこの島に対するパブリックイメージは、「悠久の時の重なり」といった類いのものが大半を占めるのではないでしょうか。もちろん、それは間違いではありません。ですがこの屋久島、ある意味で時代の先端を行く島でもあるのです。それは、グリーンエネルギーの地産地消という面において。

99.6%という数字が示すもの

屋久島は月の35日が雨――。これは作家の林 芙美子さんが小説『浮雲』の中に残した言葉ですが、それに納得してしまうほど、とにかく屋久島には多量の雨が降り注ぎます。黒潮海流が運ぶ暖かい空気が屋久島の山を駆け登り、急激に冷やされることで雲となり、恵みの雨を降らせるのです。実は屋久島には1800メートル超えの山が10もある山の多い島なのです。山岳部の年間降水量はおよそ8000ミリ~1万ミリ。ちなみに東京都内の年間降水量の平均は、およそ2000ミリです。

この豊かな森林資源、とりわけ豊富な水量によってもたらされる水力発電によって、屋久島における年間発電量のおよそ99.6%を水力発電が占めています。言うまでもなく、水力発電はCO2がほとんど発生しないクリーンなエネルギーです。今回のメディアツアーの中で取材に訪れた屋久島電工は島内に二つの水力発電所を構え、年間2億6000万kWhの発電をしています。そのおよそ1/4が島内で使用され、民間活動で使用される電力のほぼすべてが水力発電によるグリーン電力で賄われており、エネルギーの地産地消をほぼ実現しています。

屋久島にある尾立ダム
視察した屋久島電工は、1952年に民間企業11社の出資によって誕生しました。貯水量200万トンの荒川尾立ダムの落差はおよそ340m。毎秒8.4tの取水量で発電する安房第一発電所の許可出力は、2万3200kWに達します。
屋久島
地下170m地点にある屋久島電工安房第二発電所へは、専用のトロッコで3分ほど下っていきます。その許可出力は3万2000kW、屋久島の生活を支えるライフラインとして必要不可欠な存在となっています。

ちなみに鹿児島県は、2050年の温室効果ガスの排出実質ゼロのカーボンニュートラルの実現を目指していて、その急先鋒(せんぽう)として注目されているのがここ屋久島です。「屋久島CO2フリーの島づくり」を掲げ、公用EVの導入や充電設備の整備、EV試乗会を開催するなど、その機運は高まり続けています。

アウディが進める「きっかけづくり」

そこで登場するのが、今回のイベントを主催したアウディです。同社は自動車メーカーの中でも、早くから積極的かつ鮮明にEVシフトを打ち出している数少ないメーカーの一つ。電動化戦略「Vorsprung2030」の中で、2026年以降に発表されるモデルはすべてEVとなり、2033年にはエンジン車の生産を終えることを明言しています。とりわけアウディが興味深いのは、自社のEVを市場に導入することだけにフォーカスするのではなく、この100年に1度とも言われる自動車業界の大変革の中で、EV化へのキーファクターとなる電力について考える場づくりに積極的にコミットしようとする姿勢にあると言えるでしょう。

屋久島電工
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緑豊かな山の中腹にある屋久島電工。地下170m地点の安房第二発電所へも、この敷地内からアクセス。

その好例として挙げられるのが、今回屋久島で開催された「Audi Sustainable Future Tour(アウディ・サステナブル・フューチャー・ツアー)」なのです。今回で4回目となるこのツアーは、再生可能エネルギーを活用し新たな社会の実現に向けた先進的な取り組みを行う地方自治体を訪れ、持続可能な未来の実現に向けた思いを共にする仲間として連携を深めていこうとするもの。1回目は岡山県真庭市でバイオマス発電を、2回目は岩手県八幡平市の地熱発電の現状を視察。3回目は静岡県浜松市にある太陽光パネルの発電を活用し、運営する国内初のカーボンニュートラルのショールームを訪問。高い電力自給率を達成した事例をもとに、日本に秘められた再生可能エネルギーのポテンシャルを考えるとともに、持続可能な社会を実現することの重要性について一人ひとりが考えるきっかけづくりを進めているのです。

今回の屋久島訪問では、島にある水力発電所で生み出されたグリーンエネルギーによって自然と人間が共存する最前線を視察し、脱炭素化社会に向けて自動車メーカーとしてできることを考え続けていく目的で開催されたというわけです。

屋久島に学び、屋久島を支援する

今回のツアー開催に先駆けて2023年6月7日(水)に、アウディは屋久島町とファーレン九州(アウディ正規販売店の運営会社)との三者間で包括連携協定を締結しています。その具体的な取組内容が、今回の屋久島訪問中に開催された「未来共創ミーティング」の場で発表されました。

未来共創ミーティング
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未来共創ミーティング終了後、屋久島の持続可能な未来の実現に向けた包括連携協定における具体的な取り組みを発表した3氏。左から荒木耕治 屋久島町長、マティアス・シェーパース アウディ ジャパンブランドディレクター、金氣重隆 ファーレン九州社長。今回の連携協定締結は、金氣社長からの提案がきっかけでした。
アウディが屋久島に8kwの普通充電器を寄贈
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アウディから屋久島町へ8kwの普通充電器が7基寄贈されます。

大きな取り組みの柱は三つ。一つ目の柱「BEV(バッテリー式EV)普及に貢献するインフラ整備のサポート」として、アウディから屋久島町へ8kwの普通充電器が7基寄贈されます。二つ目の柱「アウディのBEV『e-tron』を活用した地域活性化」として、ファーレン九州によって「e-tron」のレンタカー事業が開始され、さらに同モデル2台が屋久島町へ貸与されます。これは屋久島を訪れた観光客が「e-tron」で島内を巡ることで、脱炭素で生活が循環する環境を体験し、次なる時代をより鮮明にイメージできる機会の創出を狙ってのものとなります。

未来共創ミーティング
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未来
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未来共創ミーティングでは荒木氏、シェーパース氏、金氣氏に加え、屋久島高校から惠美由紀(めぐみ みゆき)教頭、加治屋爽和(かじや さわ)さん、柴﨑俊太朗(しばさき しゅんたろう)さん、羽生姫菜乃(はぶ ひなの)さん、小路口秀吉(しょうじぐち ひでよし)さん、斉藤 武(さいとう たけし)教諭が参加。屋久島の持続可能な未来について、幅広い年齢と立場からディスカッションが繰り広げられました。

そして三つ目の柱。「屋久島の生徒への学習機会の提供」として、高校への出張授業の実施、ならびに校外学習としてアウディの事業所にて環境学習の機会が提供されることとなりました。これは、地域社会への貢献を掲げ、教育という人的交流を継続的に行うことで未来のエコロジスト育成に貢献することを意味しています。決して一過性の取り組みとするのではなく、持続可能な社会実現について考えるきっかけ作りを目指すこの協定の独自性が、特に表れていると思われました。実は未来共創ミーティング開催の数時間前、地元唯一の公立高校である屋久島高校を訪れ、アウディによる特別授業が開催されています。

未来への種は、この日すでに蒔(ま)かれています。

「アウディは自動車のライフサイクルにおけるカーボンニュートラル化を進めており、自然と人が共存し、島全体でサステナビリティに取り組んでいる屋久島のみなさまをサポートしたいと考えました」と、アウディ ジャパンのブランドディレクター、マティアス・シェーパース氏は声明を発表しています。

アウディ・シェーパース社長と屋久島高校生徒
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屋久島高校でのアウディの出張授業
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屋久島高校を訪問して行われた、アウディの出張授業。同社の取り組み発表に続き、Q&Aセッションが設けられました。終了後、会場前に停車されたアウディ「e-tron」のシートに座る機会も設けられました。

この手に伝わる、車が循環の輪に入る未来

さて、今回の屋久島滞在中の移動手段は主に、アウディのBEV「e-torn」シリーズでした。スムーズな走りだしと力強い加速、静粛性に富んだ走りはこれまでに都内で試乗した印象と何一つ変わりません。しかしここは、島で生み出されたグリーンエネルギーで電力のほぼすべてを賄う“脱炭素に一番近い島”です。電力の地産地消が夢物語ではなく、この島ではすでに手の届く距離にあるのです。

屋久島を走るアウディ
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屋久島を走るアウディ
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そんな事実に気がつき、より現実のものとして捉え直すとハンドルを握る感覚が変わってくることに気がつきます。地場で取れた新鮮な野菜や果物を口にするように、地元でつくられたクリーンな電気を動力に移動する。循環の輪の中の一つとなることで、自然豊かな島により深く受け入れられる感覚を覚えるのは極めて簡単なことでした。その体験価値はEVならではのものであり、脱炭素社会の中での車の在り方をよりリアルに感じられたことをつけ加えておきます。それは、車のスペックや利便性、走りの良さなどとは別軸に確かに存在する豊かな心持ち。屋久島に未来都市の姿を見た気がしました。

“アウディの父”こと、アウグスト・ホルヒ博士によって設立されたアウディ。その社名は、「聴く」を意味するラテン語に由来します。従来車に求められていた魅力に加えて、新たな価値観が求められる今。創業当時から脈々と受け継がれるブランドのDNAを継承すべく、アウディが自然の声、そして未来の地球の声に必死に耳を傾けようとしていることは間違いないでしょう。