アウディにとって戦後最大のイノベーションと呼ぶべきは、あの「クワトロ」ではなく、1977年になってアウディ「100」に搭載された直列5気筒のガソリンエンジンではないでしょうか。翌1978年に「100」がアメリカへ輸出された際には、その130馬力を誇るユニークな2.1リッターのエンジンを強調すべく、「5000」と改名されたほどでした。

その後の乗用車に普及した四輪駆動システムとは対照的に、5気筒エンジンが世に広まることはありませんでしたが、それでもアウディは今だ5気筒へのこだわりを捨てていません。5気筒エンジンには、アウディ独自の技術と伝統とが詰められているのです。そんな中、今回の新型となる「RS3」がもししかしたら、5気筒エンジンを搭載する最後のモデルになってしまう可能性は拭えません。

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Chris Perkins

「RS3」は、見事にパッケージングされた魅力あふれる1台です。410馬力の高出力を操るのは7速デュアルクラッチ、そして四輪駆動システムがこのセダンの小さなボディの中に収められています。3649ポンド(約1655キロ)という車重についても、四輪駆動のラグジュアリーカーとしては決して悪くありません。

まず驚かされるのは、乗り心地が実に自然であることです。街乗りでもパフォーマンスカーとしての存在感を強く押し出そうとするメルセデスAMG「CLA45」やBMW「M2」といったライバル車とは対照的に、「RS3」の乗り心地は「A3」かと錯覚してしまうほど穏かです。

走りも実にしなやかで、エンジンも驚くほど静かなのです。この車が5気筒エンジンを積んでいることさえ普段は忘れてしまうでしょう。アウディ車の例に漏れずハンドルは軽く、またギアボックスも実に滑らかです。

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RSを名乗る真価がここにはある

「RS」を名乗るのであればどこまでも「RS」らしくあるべき——とうい意見もあるかもしれません(編集注:RSとは「Racing Sport(レーシングスポーツ)」に由来するネーミングです)。とは言え、快適性やお行儀の良さを少しも犠牲にすることなく、それでもなおパフォーマンスカーとしての存在感を示して余りあるというのは素晴らしいことです。日常的な足としても常に快適で、とにかく心地良い車と言えます。

「洗練を極めた」と形容したい「RS3」ですが、その内面には特別な性能のあれこれが秘められています。グループB仕様の「クワトロ」のようなエンジンの雄叫びやブローオフバルブの音色を期待することはできませんが(※編集注:「グループB」はレースのカテゴリーのこと。「ブローオフバルブ」はターボチャージャー付きエンジンを搭載する車に取りつけられる圧力開放バルブのことです)、クランクシャフトが144度回転するごとに火花を散らすエンジンが高回転域で美しい五重奏を奏でます。

パワーデリバリーは5気筒ならではの滑らかさで、7000rpmのレッドゾーンまで力強く吹け上がります。0-100km/h加速はわずか3.6秒というのがアウディの公表する数値ですが、まさに狂暴とでも評すべき立ち上がりです。ドイツ産の小型ラグジュアリーカーと思いきや一転、瞬時に圧倒的なスピードの悪魔へと変身してしまうのです。

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アウディ「RS」モデルであれば、いかなる場所でも、またどのような気象条件であっても、そのスピード性能を存分に発揮するように設計されています。左右に多板クラッチ(※編集注:乾式クラッチタイプにて、クラッチの伝達トルク容量を上げるために、クラッチディスクと相手プレッシャープレートを2組以上直列に配置したもの)を配したリアディファレンシャルユニットをアウディは「RSトルク・スプリッター」と呼んでいますが、「RS3」にもそのシステムが装備されています。

5気筒エンジンの生み出すトルクの最大50パーセントを後輪に送ることができ、それが「ドリフトモード」での走行を可能にしています。おかげで横置きエンジンのアウディとは思えないほどの遊び心と、状況対応能力とが備わっているというわけです。

リアデフ(左右の駆動輪の間に設置されていて、左右の回転差を吸収する役割)を最もアグレッシブな設定にした場合においてさえ、「RS3」の乗り心地はまるで前輪駆動車ででもあるかのようです。しかしながらロングコーナーでは、オーバードライブした外輪により車の敏捷性が余すことなく発揮されます。覚えておきたいのは、この車のフロントタイヤがリアタイヤよりもワイドなこと。265/30R19対245/35R19という珍しい、いわゆる“逆スタッガー”となっている点です。この設計ゆえ、実際の車重よりも軽々と走らせることができるのです。

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サスペンションのチューニングもまた的確です。そのおかげでボディコントロールは素晴らしく、いかなる悪路をも物ともせずに走破してしまいます。誰が操っても速い、そんな仕上がりと言えるかもしれません。スピード性能という点で、とにかく優れています。

少し前のことですが、私(米カーメディア「Road and Track」記者クリス・パーキンス)も試乗する機会に恵まれました。オプションとしてピレリ製「トロフェオRタイヤ」を履いた「RS3」でサーキットを走ったのです。モンティセロ・モータークラブ(※編集注:ニューヨーク市に最も近いモータースポーツ会場)の北コースで「RS3」は、その実力をいかんなく発揮して見せてくれました。

操縦のしやすさは期待通りで、シャシーの安定性も抜群、前輪駆動らしさは思ったよりも影を潜めていました。正統派のレーシングカーであることを「RS3」に期待してはいませんでしたが、見事に裏切られました。唯一不満があったとすれば、ABSに切り替わった途端にダッシュボードの警告灯がやかましく表示されるという点です。

また、ピットストレートの進入路にある低速のセカンドギア・ヘアピンで、トランスミッションが途切れた瞬間が数回あったという点も指摘しておくべきかもしれません。

低速走行時においても、あの興奮が再現されるのであれば「RS3」に対する愛情がより深まるのは間違いありません。しかしながら普段使いするのであれば、その点は多少の妥協も仕方ないかもしれません。確かにメルセデスAMG「CLA 45」のほうがエキサイティングな車かもしれません。ですが、それでも軍配は「RS3」に上がります。気になる点がわずかにあるにせよ、それを補って余りあるほど快適なのです。

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アウディへの不当な評価を覆すようなポテンシャルが凝縮

「RS3」のインテリアですが、これがまた実に洗練されています。フォルクスワーゲングループがコスト削減を打ち出しているため、先代ほどの豪華さとはいきません。が、レイアウトが良く、インフォテインメントシステムもとても視認性に優れてたものとなっています。快適性とサポート性を兼ね備えたシートの素晴らしさも、実に際立っています。これなら通勤や長時間のドライブも文句ないでしょう。

オプションは数多く用意されており、あれこれ付け足していけば価格は7万ドル台(900万円台)となってしまいます。ですが、標準装備のままでも十分です。この2022年モデルの「RS3」なら6万5090ドル(約857万円)で必要な機能のすべてがそろっており、同価格帯でこれ以上に多機能なラグジュアリーカーは存在しません。

熱烈な車愛好家たちからはしばしば、「アウディは古典的」などと不当に評されることがあります。速くてラグジュアリーではあるが、やや面白味に欠け繊細過ぎる…などと、いかにも定説であるかのように語られます。

ですが、この車の楽しさを知ればそんな偏見も覆えることでしょう。5気筒エンジン、四輪駆動、普段使いのパフォーマンス性能も抜群なことで名を馳せた初代「クワトロ」を彷彿とさせる、まさに「アウディの原点」と呼ぶべき1台ではないでしょうか。5気筒エンジン最後のモデルとして恥じない、見事な仕上がりとなっています。

※本文中に表記されている「RS3」のスペックは欧州仕様車のものとなり、一部国内モデルと異なる場合があります。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です