高級車市場におけるアウディと言えば、ニッチかつ独特なポジションがその定位置となりつつあるように思えます。BMWのようにスポーティでなければ、メルセデス・ベンツのように威厳を誇るわけでもありません。常にその中間的立ち位置にある存在。現代的な佇(たたず)まいを備えつつ、過度な負担をドライバーに強いることなく、快適かつ過不足のない存在であり続けてきたのがアウディなのです。

そんなアウディ車の結晶とも呼ぶべきなのが、この2022年型「S8」です。まさに「傑作」と言える境地にある1台と言えるでしょう。

11万6900ドル(約1660万円超)というアウディ「S8」は、アウディセダンのラインナップの中でも特に高値な1台となりました。リムジンにも例えられる「A8」を起源に持つ「S8」ということで、同社の「S」および「RS」のラインナップに搭載されているデュアルオーバーヘッドカム、4.0リッター直噴ツインターボV8エンジンを採用しています。

最高出力は6000rpmで563馬力、最大トルクは2000rpmで約800N・mという高い性能を誇ります。そのパワーは8速オートマチックトランスミッションを経て、全輪駆動システム「クワトロ」へと送られます。

装備されている48ボルトのマイルドハイブリッドシステムが発車時と停車時、惰性走行時の補助のみならず、トリックサスペンションの補助としても作動します。標準的な四輪操舵システムとトルクベクタリングリアディファレンシャルも実装されており、まさに充実の極みと言っても過言ではありません。

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Brian Silvestro

この「S8」をひと目見れば、「なぜアウディが、これほどまでに高く支持されているのか?」をすぐに理解することができるはずです。全長196.7インチ(約5メートル)という巨体を誇りますが、ウルトラブルーメタリックの塗装がその大きさを感じさせない素晴らしい効果となっています。

今回のテストドライブ用に選択したのは漆黒のホイール、エンブレム、サイドミラーなどが装備されたブラックオプティックパッケージということで、フロントエンドの主張がやや強いものの、それ以外は決して派手ではなく、むしろエレガントな印象が際立っています。

インテリアですが、カーボン製インレイとバッヂが多少目を引く以外は、ほぼ「A8」と同様のデザイン。「A8」のキャビンと言えば、同価格帯の車の中でも最高の快適さを誇るものですから、これが悪いはずなどありません。運転席に座ればすぐに、3つのスクリーンが目の前にあることに気づくでしょう。メーター類とインフォテインメントシステムに加え、クライメートコントロールが装備されているのです。

インストゥルメンタルパネル(インパネ)のスクリーンには便利な情報が満載されており、その充実ぶりには圧倒されてしまいます。ただし、そこに過剰さなどなく、クラスターのセットアップも2種類のレイアウトから選択してカスタマイズすることが可能です。インフォテインメントおよびクライメートコントロールが両画面がダッシュボードの大部分を占めていますが、これらも実に見やすく、また操作性も高く設計されています。ただし、運転中にタッチスクリーンの操作をするのはいかなる場合においても困難さがつきまとうため、例えば空調などは従来どおりのスイッチやツマミがあれば、より直感的な操作が可能だったかもしれません。

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Brian Silvestro

タッチスクリーンの難を挙げるとすれば、触覚フィードバックの精度です。容易く操作できるスクリーンではないのです。スマートホンやタブレットのようにちょっと触れるだけでは反応してくれず、スクリーンを押し込むほどの強さでなければ入力信号を感知してくれません。

「S8」もまた大型アウディ車の例に漏れず、広々としたハイウェイでこそ、その輝きを存分に発揮します。クロスカントリー用のクルーザーとして匹敵する性能の車を他に見つけようと思えば、少なくとも2倍の出費は覚悟しなければならないだろうというのが、今回私(この記事の著者であるブライアン・シルベストロ氏)がニューヨークからメイン州ポートランドまで往復1100マイル(約1770キロ)の距離を走って得られた結論です。

「S8」の比類なき快適さの一端を支えているのが、予測機能を備えたアクティブサスペンションです。6000ドル(約85万円)と、アドオンとしては高額なアイテムです。が、これだけは絶対にあって損のないオプションと言えるでしょう。

これは各ホイール付近に設置された4つの電動アクチュエータにより、的確に作動するシステムです。48ボルトの電動システムによって、わずか0.5秒という短時間で各ホイールの高さを個別に3.3インチ(約8.3センチ)ほど上下させる機能がオンボードに備わっているのです。バックミラーに組み込まれたカメラとの連携によって前方の路面の凹凸を識別し、サスペンションの適切な高さをアクチュエータに伝える仕組みなのです。カメラが路面を読み取る頻度は1秒間あたり18回ということで、アクチュエータが常にサスペンションに指示を送り続け、まるで雲の上を思わせるほどの乗り心地を実現しているというわけです。

そして、このサスペンションが担うのは滑らかな走行だけに留まりません。「S8」のドアハンドルに手をかけるとアクチュエータが即座に反応し、車体を2インチ(約5.8センチ)ほど持ち上げ、楽々と乗降できるようサポートしてくれます。

ありがたい機能は他にもあります。搭載したサイドインパクトセンサーが、他の自動車の衝突やそのタイミングを予測してくれます。衝突が起きそうなタイミングで超高速モーターがサスペンションを最大まで引き上げ、ボディの強度の最も高いサイドシルで衝撃を吸収するよう調節がなされるのです。「天才的技術の結晶」と言えますが、今回の道程では幸いにしてその機能を使わずに済みました。

このハイパーアクティブサスペンションによって、ある程度の自律性能を備えているのが「S8」です。最高レベルに設定したときの全輪駆動システム「クワトロ」のグリップ性能は絶大であり、後部のトルクベクタリングデフとの相乗効果により、タイヤを唸らせることもなく楽々と最大トルクが発揮されます。軽快かつ超クイックなステアリングラックと四輪操舵システムと相まって、ブレーキの制動力は「S8」が実際より小型であるかのように錯覚してしまうほど力強く安定しています。ただしステアリングは感触に乏しく、本気で回そうとすればすぐにノーズがぶれてしまいます。つまり、スポーツセダンとは別物なのです。

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Brian Silvestro

ハイウェイなど高速走行が可能な道路こそが、この「S8」を駆るよろこびを最大限に感じられる舞台であると思いました。アイドリングに近い状態ですでに最大トルクを発揮しており、レッドゾーンに向けて一直線に加速します。トランスミッションの反応はそれほどクイックではありませんが、つまり、その必要がそもそもないということに他なりません。

低速域においてもシフトチェンジによる違和感は微塵もなく、パドルシフトの反応も十分満足のいくものです。ただし「M5」レベルのフィードバックやパフォーマンスを期待するべきではないという点だけは、あえて申し添えておきます。

この「S8」こそ、アウディというブランドの特徴を凝縮したような1台と言えるかもしれません。最先端の技術が盛り込まれたシャシー、徹底的にモダンなインテリア、小さなビルならなぎ倒せるように感じさせるほどのトルクを併せ持つ「S8」ですが、その性能が最大限に発揮されるのは、快適なドライビングエクスペリエンスに感激を覚える瞬間です。

端正で控え目なパッケージにはあらゆる技術が詰め込まれており、年間を通じていかなる気候下でも素晴らしい走りを実現する1台、それは「S8」なのです。エンスージアスト向けのセダンか? AMGの新型「Sクラス」のような注目を勝ち得る車か? と問われれば、それは全く異なる存在というわけです。つまりは、ニュルブルクリンクでの最速ラップや、超先鋭的なガジェットであることなどにこだわらない人々のための車として、最高峰のポジションに立つ車ということです。

さらにこの「S8」を例えるなら、「目的地まで可能な限り早く、そして快適に、余計な心配事などせずに到着したい、そのような人々にこそ最適な1台」と言わせていただきます。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です