次に乗る車について、あれこれ思いを巡らせる時間のなんと楽しいこと。想像の中では、「次こそEV(電気自動車)」と思いながらも、住まいの充電環境の問題で淡い思いを必死に打ち消す…。特に充電環境のない集合住宅にお住まいの人であれば、気になるEVの購入を諦めざるを得なかったという経験はないでしょうか。
「日本はEVの普及が遅れている」と言われます。2022年の新車販売台数におけるEV(バッテリー式EV・プラグインハイブリッド)比率を見てみると、日本の普及率は3%と、世界平均の14%と比べると大きく見劣りします。ちなみに最も普及が進んでいるノルウェーは88%、中国は29%、アメリカは7.7%です(出典:Global EV Outlook 2023)。さまざまな事情が複雑に絡むだけに、充電環境の乏しさだけをEV普及率が低い原因とすることはできませんが、現時点ではEV普及率が低いことだけは数値上でも明らかです。
そんな中、集合住宅を中心にEV充電サービスの拡充を目指す新たな動きも始まっています。仕掛人はわずか3人から始まったベンチャー、ユビ電株式会社です。
集合住宅居住者は
駐車場の電源を使えない
ユビ電が展開する電気自動車充電サービスは、「WeCharge(ウィーチャージ)」と言います。例えばマンションなどの集合住宅では、部屋からコードを引っ張ってくるわけにもいかず、自宅(自室)の充電設備を駐車場に引くことは物理上ほぼ不可能。一部コンビニやスーパーなどに設置されるような、EV充電設備を駐車場内の共有区画に設けているマンションもあります。ですが、順番待ちや充電完了後の車の移動などのわずらわしさがあり、必ずしも使い勝手が良いとは言えないでしょう。
そんな中、WeChargeは集合住宅の駐車場内に自分専用の充電ポートを取り付けることで、戸建住宅で行われているEVの普通充電と同じように、必要なときに必要なだけのEV充電ができるサービス。街の充電スタンドを探す手間や、他人の充電が終わるのを待つこともなく、駐車するたびに、充電用のコンセントに挿し込んで放置するだけで充電が可能です。
「ウチの会社にもEV所有者は多くいますが、やっぱり自宅充電できる人はEVへの満足度がとても高い」。そう話すのは、今回お話をうかがったユビ電の白石辰郎COOです。「1日の平均駐車時間は、およそ23時間にもなるというデータもあります。車は、大抵の場合は1日のほとんどの時間、駐車しているわけです。なので、車が稼働していない時間を利用して、つまりは駐車場で充電しておけばよいのは明らか」
社長を務める山口典男さんを中心に、実は10年以上温めてきたアイデアということ。もとは通信業界大手ソフトバンクの出身であり、このWeChargeは同社の新規事業制度「ソフトバンクイノベンチャー」で1000件を超える中からグランプリに選ばれて船出を果たした新事業となります。
ソフトバンク時代には、固定電話から携帯電話への移行を具(つぶさ)に眺めてきました。固定電話単位で管理されていたこれまでとは異なり、現在では個人単位での通話使用料や料金が事細かにわかります。ユビ電が目指しているのは、この通信の世界で起きた変化を電力の世界にももたらすこと――。個人の専用充電ポートを設置することで使用目的別の「個体電力」を把握し、いつ・だれが・どこで・何に・どれだけの電力を使用したかを把握することにあります。
白石COOが語る
充電ポートが描く
新たなライフスタイル
「もちろん、電気に色をつけることはできません。ですが、コミュニケーションがパーソナライズされたように、そういった未来が電力にも訪れるはずです」と白石さん。
2011年に「ソフトバンクイノベンチャー」で新規事業化の権利を勝ち取ったものの、すぐには事業化できず、しばらくは実力を養いながら活躍の機会をじっと待つ…いわゆる雌伏(しふく)のときを過ごします。ユビ電を設立して独立した後、満を持して事業を開始したのは2021年のことでした。初年度の充電ポート数こそわずか27基ながら、その後の成長は右肩上がり。マンションやアパート、ビルを中心にサービスを急速に拡大させ、内定したものも含めると2023年の充電ポート数は4000基に達しています。
WeChargeは新築物件への導入が圧倒的に多いものの、技術的には既存の建物への導入も可能。とは言え、電線や配線の露出など美観の面においては、ある程度の妥協が求められることになります。長距離配線が必要になることもあるので、一区画当たりの設置価格は戸建てに比べて2~4倍が目安となります。なので多くの場合は、そこを補助金の申請によって導入のハードルを下げています。
最近では、オートロックや宅配ボックスなどのように、EV充電設備がマンションを選択する基準のひとつになりつつある実感を強めている白石さん。「車がEVになること、そして、自宅充電できることでどれだけ暮らしが便利になるのか。これからは、EVによるライフスタイルの変化についても、より広くアピールしていきたいと思っています」
EVとエネルギーの新しい関係の提案は続きます。