あらゆる事象に環境への配慮が求められる、そんな時代。だが、取り残されがちになる問題は山のようにある
例えば、劇場やライヴ・ハウスのロビー、レセプションパーティの会場入口などに並ぶスタンド花の後始末も、そのひとつ。そこに解決案として提案されたのが「フラダンボ」。恵比寿のフラワーショップ『GINKGO』のオーナーフローリスト山岡まりさんが、「これ、もしかしたら私が変えられるかも」と、たったひとりで開発に取り組んだ、ほぼ100%リサイクルが可能なダンボールを使ったフラワースタンドだ。
「夢は、ルイ・ヴィトンのロゴがプリントされた『フラダンボ』が並ぶこと!」という山岡さんに、その開発ストーリーをインタビュー。
――「フラダンボ」。なんとも親しみやすいネーミングですが、フラワー × ダンボールという意味ですね。ところで、日本のペットボトルのリサイクル率が高水準を達成していることは話題になっていますが、ダンボールのリサイクル率はそれをはるかに上回る95%以上だそうですね。
山岡:そうなんです。「フラダンボ」をつくろうと考え始めたころに、取引のあるダンボール会社の営業の方からそのことを聞き、「もしかしたら、私はサステナブルな取り組みをしようとしている?」って気づいたんです。
―― 開発を思いついたのはいつだったのでしょう。
山岡:2020年の終わりごろです。私のお店は恵比寿駅から少し離れた場所にあるのですが、コロナ禍で外出ができないからこそ自宅に花を飾って楽しみたいという方がけっこう来てくださいました。男性のお客さまも増えていたんですよ。一方でイベントやお祝い事のための、大きなサイズのアレンジ花の注文が全くと言っていいほどなくなりました。
―― 確かに、自粛ムードで大勢の人が集まる場はなくなりました。
山岡:これからどうなるんだろう?って考えたときに、イベントの規模は小さくなるだろうと思ったんです。それなら飾る花のアレンジも小さいサイズになるだろうから、宅配便で発送できるようなサイズのダンボール製のフラワースタンドを、店のオリジナルでつくってみようと思いました。
―― そのタイミングで、ダンボールが資源循環の優等生だってことを知ったのですね。
山岡:そうです。ダンボールのリサイクルの流れなども詳しく説明してもらいました。それで、今から新しいものをつくるのなら環境にやさしいものでなければ、という意識が強くなりました。
劇場のロビーやレセプションパーティの会場入口、開店祝いとして店舗の前に並ぶスタンド花は、それまでスチール製のパイプスタンドをベースに使うことが一般的でした。イベントが終わってからのパイプスタンドの後始末は、もらったお客さまが大型ゴミとして廃棄するか、花屋さんに回収を依頼することになります。
でも、すべての花屋が回収に対応するとは限らないので、受け取った方やイベントの会場側が悩まれていることも多いということを耳にしてはいました。また、一度限りで廃棄されることもあり、それは環境的な意味でも、当事者のひとりとしても、心苦しいと思っていました。なので、ほぼ100%再生ができるダンボールでフラワースタンドをつくることには「積極的な意味がある」と…。
―― デザイナーとか、開発スタッフ的な仲間はいらっしゃるのでしょうか。
山岡:いえ、私ひとりです(笑)。でも、ダンボール会社の方がとても協力的で、最終的には大手のダンボールメーカーのデザイナーがデザインを手がけてくださいました。
こだわり抜いたのは高級感
―― これだけは満たしたい、という条件はありましたか?
山岡:ふたつあって、ひとつはサイズです。遠いところにいる相手にもオリジナルのスタンド花を贈ることができるようにしたかったので、折りたたんで花と一緒に宅配便で発送可能なサイズが必須でした。形は、「だいたいこんな感じ」というイメージが私の中にあったので、それを具体化してもらいました。
もうひとつは、「チープなものにはしてはいけない!」という思いが強くあったので、それを製作サイドにしっかりと伝えました。
―― ほんとにダンボールなの?と思うほどの高級感があります。
山岡:高品位なデジタル印刷による仕上がりで、それも「フラダンボ」の大きな特徴です。インクはUVインクのため、環境面では、リサイクルのときのインク成分を除去する工程で通常より多く水を使用しなければならないという欠点があります。ただし、メリットとして、必要なとき必要な分だけ印刷できるため無駄な用紙を消費しないという点が挙げられます。
―― 必要な分だけということは、1点だけのオリジナルプリントの注文を受けることを考えたわけですね。
山岡:ブランドロゴやコーポレートカラーでオリジナのルスタンドをつくれば、ブランド力を訴求する展示ツールになります。推し活のメンバーカラーのフラワースタンドをつくるなんていうこともできちゃうわけです(笑)。
高級感のあるデジタルプリントで、カラーは一枚からオーダーが可能
―― 「フラダンボ」でアレンジしたスタンド花の出来上がりサイズは、どれくらいでしょう。
山岡:床からおよそ160センチから、180センチほどの高さになります。
―― 花のアレンジもかなりのボリュームになるかと思いますが、強度や組み立てに関してなど、実用的なことで苦労したことはありませんでしたか?
山岡:ダンボールは思った以上に強度が高く、「フラダンボ」の耐荷重は153.9キロになります。完成した製品を正式に発表したのは今年の9月の東京インターナショナル・ギフト・ショーだったのですが、その前に、お祝い花をよく出される顧客の方にモニターとして使っていただきました。その時点で、“転倒”といった事故も大きな問題もなく、“見た目もよい”ということで喜んでいただけました。
みんなに使ってもらいたいから特許申請中!
―― 開発はスムーズに進んだということですね。
山岡:そうですね。ただ大変だったのは、形になってからでした。
始まりは自分のお店で使うことでしたが、いろんな方に相談したり意見を聞いたりすることで、より多くの方に使ってもらうことが目的になっていました。どうやって世の中に出そうか? どう広めようか? という事業展開の仕方を考えなければなりませんでした。
いくつかの公の機関に相談に行きましたが、「そういうものを使う人がいるの? お祝いの花なんて胡蝶蘭でいいじゃない」なんて、あしらわれることもありました。それでも親身になってくれる担当者もいて、その方のすすめで、東京都が中小企業を応援する施策のひとつ「東京都経営革新計画」の承認を受けました。
―― 特許については?
山岡:「フラダンボ」登録商標を取得して、特許を申請中です。特許内容は今はお話することはできませんが、今までのスタンドフラワーをより美しく見せてスタンドとしての実用性と強度を実現するための工夫が施されています。
「フラダンボ」を多くの人に使って頂くようになるためには、私の力だけでは足りません。多くの企業に生産してもらったり、お花屋さんたちに安心して使って頂くために、商標を取得して、特許を申請しました。
―― それにしても形は普通すぎるというか、極めてシンプルです。
山岡:そうですね。でも、この形は黄金比なんです。
―― どういうことでしょう?
山岡:私は出身地である京都でフラワーデザインを学んだのですが、そのときの先生は、世界中のトップフローリストによるデザインコンテスト「インタフローラワールドカップ」で3度も日本代表になったという伝説的な方です。
「フラダンボ」を先生に見ていただきたくて、京都でも有名な老舗である先生のお店を訪ねました。そうしたら、かなり昔そのお店でつくっていた木製のフラワースタンドと、サイズも形もよく似ていることがわかったのです。花を美しく見せる器の大きさや高さなどの要素が動かし難い答えがあることを確信しました。
―― それで黄金比であると…。では、お披露目となった東京インターナショナル・ギフト・ショーでの反響はどうだったでしょう。
山岡:全国各地から花屋業界の方たちが集まってきていたのですが、かなりの方が足を止めて見てくださいました。口をそろえて、「パイプスタンドのような回収の必要がないことがありがたい」と言われました。
回収には、手間も人手も費用もかかります。車を出すわけですから、ガソリンも消費します。廃棄するときも事業系ごみとなり、回収料金がかかります。昔から当たり前のように続けてきたことですが、正直みなさん困っていたのだと実感しました。
「フラダンボ」を使うことに価値があると世界に広めたい
―― 「フラダンボ」が全国に広がる可能性が見えてきたわけですね。
山岡:そうですね、全国の花屋さんに購入していただければ広がるのですが、そう簡単にはいかきません。「フラダンボ」の料金表を見て、みなさん「高い!」と(苦笑)。
―― いったい、いくらなのでしょう。
山岡:プリントの基本カラーはブラックとホワイトの2色展開で、私のお店「GINKGO」では、アレンジしたお花込みで2万5000円(税抜)から注文を受けるようにしています。
ダンボール製品は量産できれば単価も下げられるので、なんとか頑張って「フラダンボ」の価値を知っていただき、広めたいところです。
―― ところで、ルイ・ヴィトンのロゴがプリントされた「フラダンボ」が並ぶことが夢とのことですが…。
山岡 先日、以前からのお客さまであるエネルギー商社の秘書課の方から、会社のロゴをプリントした「フラダンボ」のスタンド花をオーダーしていただきました。そのとき、リサイクルが可能なダンボールでつくられた「フラダンボ」で花を贈ることは、「私たちは環境問題に対して高い意識をもった会社なのです」と宣言していることになる、と言ってくださったのです。
それを聞いて以来、いつかきっと「フラダンボ」の価値を知ったルイ・ヴィトンからのオーダーを受ける日が来るだろうと信じているのです。
―― そういうことなのですね。ルイ・ヴィトンのモノグラム・パターンの「フラダンボ」がショーウィンドウに並ぶ日を楽しみにしています。
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