イータ・オブライエン(Ita O'Brien)という名前を聞いたことがない人も、海外ドラマ好きの方なら彼女の関わった作品を観たことがあるはずです。オブライエンは、「インティマシー・コーディネーター」という最近ハリウッドで一般的になってきている仕事の先駆者であり、映画やドラマの撮影現場でセックスシーンの演出を担当しています。

 業界で求められているこの困難な仕事に含まれるのは、演技の指導だけではありません。同意やコミュニケーションのために常に話し合い、脚本家や監督のビジョンを尊重しながらも、俳優の安全を確保しなければなりません。

 #MeToo運動やハリウッドで横行する性的暴行やハラスメントへの反対運動を受けて、インティマシー・コーディネーターは映画やテレビの撮影現場に欠かせない存在となっています。しかし、オブライエンは「俳優の安全を守る方法を標準化するまでにはまだまだ長い道のりが必要で、業界ではまだこの役割が飽和状態に達しているとは言えない」と考えています。

 オブライエンはこれまで、『Normal People(原題)』『The Great(原題)』『ウォッチメン』『セックス・エデュケーション』、最近では『I May Destroy You(原題)』といった作品に携わってきました。

 『チューインガム』で一躍人気となったミカエラ・コーエルが脚本、監督、主演を務めたこのドラマ。ロンドンに住む陽気な若い作家のアラベラが薬を飲まされ性的暴行を受けた後、自分の生活に疑問を抱き、人生を立て直そうとする物語になります。

 お酒を飲まされて性的暴行を受けたコーエル自身の経験が元になっている『I May Destroy You』では、白黒はっきりつけにくい厄介な同意の問題や男性間での性的暴行、性交の途中でコンドームを外すといった暴行、生理中の性交など、普段テレビではあまり描かれない問題を取り上げています。オブライエンはこれらのシーンに命を吹き込み、コーエルら俳優たちと密に連携して、脚本を完全かつ安全に実現させました。

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I May Destroy You: Trailer - BBC
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 オブライエンがインティマシー・コーディネーターになるまでの道のりは、3歳でバレエを習い始めたことから始まりました。

 大人になるまでトレーニングを続け、ミュージカルのダンサーや俳優として活躍したのち、セントラル・スクール・オブ・スピーチ・アンド・ドラマで「Arts in Movement Studies」の修士号を取得しました。2009年に自身の演劇を上演した際に、ムーブメント・ディレクターや教師として働きながら、親密なシーンを演じる俳優の安全を確保するためのプロセスや方法を模索し始めました。このときのプロセスと実践を使って作成された「Intimacy on Set」ガイドランは、現在業界の標準になりつつあります。

 第4話で男性による性的暴行に苦しむアラベラの友人、クワメ役を演じるパーパ・エッセイドゥは、「ESQUIRE」US版とのインタビューの中で、インティマシー・コーディネーターをスタント・コーディネーターになぞらえ次のように話しています

 「インティマシー・コーディネーターなしで、このレベルの親密性が求められるシーンを演じるなんて正直想像できません。「正気の沙汰ではない」と思えるほどです。誤って頭を切り落とさないように監督する人を現場に置かずに、『グリーン・デスティニー』の撮影をするなんて考えられませんよね? インティマシー・コーディネーターも、これと同じように欠かせない存在なのです」と…。

 エッセイドゥと同様にオブライエンも、「インティマシー・コーディネーターはスタント・コーディネーターと同じくらい当たり前の存在になるべきだ」と感じています。そこで彼女は、映画やテレビの撮影現場での仕事に加え、ガイドラインを元にインティマシー・コーディネーターを養成する組織「Intimacy on Set」を設立しました。

 ロンドンの自宅にあるオフィスから「ESQUIRE」US版のインタビューに答えてくれたオブライエンは、シーンの演出のプロセスや『I May Destroy You』に出てくる性描写の重要性、自身の性的トラウマと闘っている俳優へのケアの方法などについて話してくれました。


ESQUIRE US版編集部(以下、エスクァイア):インティマシー・コーディネーターになるまでの道のりと、「Intimacy on Set」ガイドラインを作成した経緯について教えてください。 

イータ・オブライエン(以下、敬称略オブライエン):2008年から2015年までは講師をしていました。教えていた内容や教え方を少しずつ磨いていってガイドラインを作成し、2017年の夏にはイギリスの俳優労働組合であるEquityから、共有してほしいと依頼を受けました。

その後、ハーヴェイ・ワインスタイン氏の一件があり、業界は「改善していかなければならない」と声を上げるようになりました。しかし、この時点でもまだインティマシー・コーディネーターは標準的に使われてはいませんでしたね。

私を初めてインティマシー・コーディネーターとして採用したのは、『セックス・エデュケーション』です。「性的な内容なのと、出演者が若いので、ぜひ参加してほしい」と依頼されました。

ガイドラインのプロセスを取り入れるため、特にリハーサル時には密に協力していました。が、私がリハーサルの必要性を訴えると、「時間がかかりすぎる」と言われてしまうことが多いです。特に初期の頃は、必要な時間とスペースを確保するために押し問答しばかりしていました…。

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『セックス・エデュケーション』予告編 - Netflix
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インティマシー・コーディネーターとスタント・コーディネーターを比較する人がいますが、実は私も「リハーサルの時間が必要だ」と言ってから、スケジュールにスタントのリハーサルが入っていることを見つけて、「私もこれが必要なんです」と主張するのに使っています。

スタントが入る場面で、「じゃあカメラの前に立ってもらって、剣を渡すから、そのまま流れでよろしく」なんて言うことはまずありません。そんなやり方は馬鹿げていると誰もが知っているのに、親密なシーンの撮影ではまさにそのとおりのことが起きているんです。

2018年4月以来、大きな学びと大きな発展が見られています。インティマシー・コーディネーターではなく、プロセスや手順で何とかできないのかという専門家の声が聞かれてきましたが、今では素晴らしい作品に携わり、安全に制作できる喜びを常に味わうことができています。

エスクァイア:俳優と親密なシーンを演出する際の、プロセスを教えてください。

オブライエン:撮影が始まる前に、開始するのがベストです。そして、脚本家と監督のビジョンをまずは尊重することが重要になります。例えば『I May Destroy You』の第4話で性的暴行のシーンが出てきますが、現場にはパーパとサムソン(・エジュウォール、マレク役)、サム・ミラー(共同監督)、そしてミカエラがいました。

ミカエラが場面のあらすじを口頭で説明し続けるので、私は「でも、台本に書いてないわよ。他は細かいところまで書いてあるのに、どうしてその内容は書かなかったの?」と尋ねました。すると彼女は、「みんなに読んでほしくなかった」と言うので、「あなたの望むシーンをつくるには、書いてもらう必要がある」と伝えました。すべての詳細がそろったところで、基本となるカタチをつくることができます。シーンで重要になってくるのは、ポジションなのです。

そしてカタチが決まったら、「どこを触ってもいいか?」「どこを触られたくないか?」の合意を確認します。特に後者の、「したくないこと?」を確認するのが重要となります。「身体のどの部分を演技に含めるか?」を確認したら、シーンを通してみて、ポジションや触る場所について合意を取っていきます。性器同士の接触がある場合は、リハーサル時は間にクッションを置いて、なるべく快適に進められるように心がけています。

ita o'brien
Sven Arnstein
セット上で指導するオブライエン。

細かいところまで確認していくことも重要です。例えばアナルセックスのシーンの場合には、「脚が平行になっているのか?」「外に向いて開いているのか?」という点は確認すべきことです。

サムソンは、「脚は平行になっているべきだ」と言うでしょう。こういった細かい点が間違っていると、クィア(Queer:性的少数者)のコミュニティーはすぐに気づきます。詳細にまで正確性を突き詰めなければなりません。すべてリハーサルをして、実際の撮影は数カ月後になります。

撮影の前夜には監督や俳優と再度打ち合わせをして、懸念点がないか確認し、衣装もチェックします。撮影当日も同じです。台本をもう一度読み、動きを確認し、もう一度合意を得ます。シーンのリズムをつくり、リズムをひとつずつ細かいところまで尊重して再現することで、はっきりと身体の構造を見せることができるのです。俳優がこれを理解していれば、撮影時に感情を加えて演技することができるというわけです。

エスクァイア:『I May Destroy You』で担当したシーンのほとんどが、合意のない強制的なセックスシーンですよね。親密なシーンと暴力的なシーンとでは、演出のプロセスは異なりますか?

オブライエン:ステップは同じですが、身体面、感情面、心理面での意識とケアが必要になります。被害者役はもちろんのこと、加害者側の役者にもケアが重要となります。演じている人物と役者個人をしっかり切り分けられるようサポートし、技術や演技力を役に注ぎ込めるようにしなければなりません。暴行のシーンでは身体的なリハーサルをさらに重ねて、身体に覚えさせます。そうすることで、俳優は感情面により集中できるようになっていきます。

セルフケアを優先することも大切です。俳優たちには撮影で起きたことを、すぐに手放して、自分自身へとすぐに戻るために何をすべきかを話をし、撮影日を締めくくるようにしています。それは、役として体験したことを引きずってほしくないからです。また翌日には、仕事に満足できているか聞いたり、何か不安なことがないかを確認しています。

エスクァイア:このドラマ『I May Destroy You』は、ミカエラ・コーエル自身の性的トラウマが元になっています。彼女が自分のトラウマを何百人ものスタッフの前で演じるにあたって、どのようなケアを行いましたか?

オブライエン:私は2014年に、この性描写を演じる際の合意の必要性に関して気づかされたえた作品に参画しました。そのときに私は、俳優たちに被害者と加害者の両方の立場から、路上でその身に降りかかるキャットコール(通りすがりの女性に対して、性的誘いを表す口笛やひやかし)について考えてもらったのです。このときから私は、被害者へのケアに関する意識が高まったのだと思います。みんな口笛を吹かれたとか、触られたと言うような体験については問題なく話すことができたのに、自分がその行為の加害者だと想像してほしいと言うと、口を閉ざしてしまったのです。

そこで私は、アーティストたちのウェルビーイング(良好性状態)に取り組んでいる統合心理療法士であり演出家・演者でもあるルー・プラット(Lou Platt)に仕事をお願いすることにしたのです。

進行中のプロジェクトにおいて、作家や監督や役者のトラウマの引き金になりそうな題材を扱わなければならないというときには、ルーに必ず電話をしていました。今回も製作チームにミカエラや他にも援助が必要な人のため、ルーにサポートを依頼してもいいか? 相談しました。そして、事態が悪化した際にはルーを現場まで呼び寄せたりもしました。そうです、電話での会話で解決するときもあれば、撮影現場で対面する必要なときもあったわけです。

ita o'brien
Sven Arnstein
セット上で指導するオブライエンさん。

ときに、「時間をかけるということこそ重要なこと」になりうるのです。

業界は、こういったステップが時間の無駄であると恐れています。が、リハーサルや役者との会話に時間をかけ、相互に納得できれば、結果的には撮影時間が短くなるのですから…。そして、質のいい演技が引き出せるわけです。効率が上がり、シーンにリズムが生まれ、何度も繰り返すことができるのです。

感情的、精神的なサポートが必要な人がいたら、15分でも時間を取ってあげることが重要となります。そうすれば俳優はリセットすることもでき、落ち着きを取り戻し、最高の演技をすることができるというわけです。

そこで時間を取らずに強行すれば、その動揺がカメラに映ることになるのですから…。私は感情的、心理的要因の専門家ではありません。ですが、不快に感じている俳優の身体の変化を見つけたり、「はい」と言いながらも身体は嫌がっているのを見つけて対処することこそ、私の仕事だと思っています。

エスクァイア:第3話でアラベラとビアージョが生理中にセックスをし、ビアージョがアラベラのタンポンを引き抜いて経血を触るシーンがあります。生理について、テレビでこれほど率直に描かれているシーンは今まで見たことがありません。ですがミカエラという人物を描くにあたって、このシーンはなぜ詳細に描写するほど重要だったのですか? そして、そのときの撮影のプロセスはどのようなものでしたか?

オブライエン: あのシーンについては、「これは最高だね」と何度も話していました。黒人女性の脚本家はおろか、女性のキャラクターが生理をテーマにした物語を語ったことが今まであったでしょうか。いつも仕事の最初にプロデューサーに言っているのですが、親密なシーンを撮影するときには、スタッフの性別を考慮するようお願いしています。

例えばヘテロセクシュアル(異性愛)なセックスシーンを撮影するとき、男性ばかりの視線の中で、1人の女優が演技しなければならないことが非常によくあります。非常に無防備なシーンを、女性がたった1人の環境で演じなければならないんです。レズビアンのセックスシーンの場合は、男性ばかりの視線の中で、2人の女優が演技しなければなりません。撮影監督でもアシスタントディレクターでもブームオペレーターでも、現場に女性スタッフが1人いるだけでも大きな違いがあります。

また、製作チームにアドバイスしているのは、「女優の皆さんの月経周期を確認しておくこと」です。これで生理と親密なシーンの撮影が重ならないように調整することができます。ミカエラが伝えたかったのは、そういうことです。彼女は生理中でも隠したりしませんでした。こういったことが当たり前になっていくことが、とても重要なのです。

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NIcholas Dawkes
イータ・オブライエン。

ミカエラが脚本したので、シーンの詳細について彼女と話し合う必要はありませんでしたが、ビアージョを演じたマルアン(・ゾッティ)と話したときに、アラベラがナプキンとタンポンを両方つけていることにとても驚いていました。

世界の人口の半分には約40年間月経があり、1年に12週間、つまり生涯で480週間もの時間を月経に費やしています。人口の半分が生理用品を使っているのにストーリーの中で描写されたり、話し合われたり、スクリーン上に映し出されることは滅多にないのです。今回このシーンに参加できたことを、とてもうれしく光栄に思っています。このシーンを演じることは、とても重要なことだと感じました。

ミカエラが書いたビアージョの反応も気に入っています。気持ち悪がったりせずに、好奇心と優しさを持って受け入れていたからです。そんな気持ちと、血栓の美しさが大好きです。このシーンの演出に携われたことを、本当に誇りに思っています。小道具チームも完璧に仕上げてくれました。「グロテスクすぎたらどうしよう!?」と心配していたのですが、ちょうどいい仕上がりでした。

とてもミカエラらしいシーンだと思います。暴行のシーンでも、ただその出来事を映すだけ。センセーショナルにしたり、誇張したりしません。虐待や暴行というのは、人生の隙間や亀裂の中で発生するもの。ただ、起きてしまうものなのです。クワメの性的暴行は彼の人生に根本的な影響を与えるでしょうが、暴行自体はほんの一瞬の出来事です。生理中のセックスも当たり前にありえることであって、気持ちもいいもの…。センセーショナルに騒ぎ立てるようなことではないのです。

エスクァイア:インティマシー・コーディネーターという仕事に興味がある若者に、アドバイスはありますか?

オブライエン:まずは自分の人生を生きて、経験を積みましょう。20代前半の若い人向けの仕事ではありません。私のプログラムでは、インティマシー・コーディネーターとしてのトレーニングを始められる最低年齢を「28歳」としています。また、俳優と監督のプロセスも理解している必要がありますね。

カウンセラーやセックスセラピストの方から、「自分はいいインティマシー・コーディネーターになれると思うだけれど…」と連絡をもらうことがあります。ですが、この仕事は「心理学の賢者であれば誰もができる…」というほど単純な仕事でもありません。

私たちはスタッフとともに、映画・ドラマ業界の一員として働いているのです。動きについて詳しく、俳優のプロセスについても理解し、それを体現するための訓練を受けている人が必要となります。また、解剖学を理解することで、手先の器用さや身体の動きを使った表現ができることも求められます。これらを身につけて初めて、プロとして、親密なシーンを美しく詳細に表現することができるようになるというわけです。

他にも、誰かが居心地悪く感じていたり、監督がビジョンが実現できていないと感じているときに、それを察知できる力も必要です。いつ手を引くべきかも判断できなければなりません。こういった要素が複雑に求められる仕事なのです。

私のウェブサイトを観てもらうと、プログラムは4つの段階に分けられています。まずは厳格な応募審査があります。第2段階に進めると、6カ月のトレーニングを受けることになります。ここまですべて成功することができた場合にのみ、演劇やテレビや映画の現場で仕事のシャドーイングをすることができます。

それは現場で見習いとして学び、経験時間を重ねることを指します。そして必要時間に達したら、認定のための評価を受けることができるのです。長いプロセスですが、人々の安全を確保する、多くのスキルが求められる仕事ですから、時間がかかるのは当然です。完全に認定を受けて初めて、安全を守りながら刺激的で芸術的なコンテンツがつくることのできるインティマシー・コーディネーターとして、誰からも信頼されるような存在に成りえるのですから。

Source / Esquire US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。