2024年1月2日、羽田国際空港で炎上する旅客機を多くの人が画面で目撃しました。乗客乗員379名が誰一人欠けることなく脱出に成功し賞賛の声があがったのと同時に、その後開かれた日本航空の記者会見には、多くの疑問の声が寄せられました。とりわけ機長の名前を聞き出そうとしたマスメディアの姿勢に…。

そうして翌1月3日、「航空安全推進連絡会議(JFAS)」なる団体がこの事故に関する報道やSNSでの情報拡散に関し懸念する日英併記の声明をホームページ上で発表。瞬く間に拡散されました。

普段、聞きなれないこの団体の実体とは? なぜ声明を出すに至ったのか? エスクァイア日本版は直接いくつかの質問をぶつけてみることにしました。対応してくれたのは、同会議所属の現役民間旅客機パイロットでもある牛草祐二氏。そこで見えてきたのは、航空事故に対して何の知識も持たない私たち自身の過ちでした。

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JFAS
航空安全推進連絡会議が1月3日発表した声明

Q.航空安全推進連絡会議とは?

「複雑な背景によって起こる航空事故の撲滅を達成するための、『情報共有組織』と解釈していただいて構いません。安全を守るための友好団体です。1966年に羽田空港沖の事故が連続して起こったことをきっかけに設立されました」

Q.労働組合で構成される理由は?

「パイロット、CA(客室乗務員)、整備士、そして公務員である管制官など多くの専門職が複合的に関わりながら飛行機を飛ばしています。ですが例えば、パイロットと管制官たちとのやりとりにしても、会って話すことはまずありません。そうすると、互いにどんな背景で仕事をしているか理解不足となり、それぞれの立場や状況を理解し合えないという、それぞれ専門性が高すぎるゆえの業界独特のポイントが存在しています。

各専門性を超え、官民の垣根を越えて一緒に話し合わなければ再発防止はできません。しかし、行政機関も混ざっていると法人同士でつながることが難しいため、労働者同士で横のつながりを持つことにしたわけです。ただ、最近は労働組合の解体が進み、LCCなどを含む民間パイロット(およそ5000人中7割程度が加入)でも労働組合がない会社もあります。それがネックにもなっています」

Q.緊急声明を発表した理由は?

「飛行機事故は(よほど犯罪性のある件ではない限り)複雑な背景をもって起こり、誰か一個人の責任を容易に問えるものではありません。例えば、実際にある東南アジアの国で起こったことですが、海外のとあるエアラインが上空で両エンジン停止となり、それでもパイロットは 安全に着陸させることができました。

その後、最終的に航空機用の燃料に不純物が入っていたことがわかります。これに関して言えば、パイロットもその他クルーも、燃料の中身までは確認することはできないのです。このように飛行機は無数の人が介在していて飛んでいるのに、航空機事故に関して専門家ではない警察の人たちが『犯人捜し』目的の捜査を始めてしまうと、本来の事故調査が混乱してしまうというわけです。

今回のように、これだけのインパクトがある日本における航空事故は1985年のJAL123便(の事故)以来だと思います。もちろん、亡くなった方の人数もその要因も違います。ですが、御巣鷹山の事故の場合はテレビの報道を通して間接的に知る部分が大きかったと思います。ですが今回は、東京のど真ん中で起き、ほぼ時差なく目撃することになりました。

世論に与える衝撃が大きいこの航空機事故の記者会見では、犯人捜しと思える事態となりました。『人間はミスを犯すものだ』という考えのもと、ハード面とソフト面両方でカバーしなければ、また同じことが繰り返されます。個人の責任追及は、“トカゲの尻尾切り”とも言えるでしょう。それをしてしまえば、また同じことを別の違う会社や組織が起こす可能性を排除していくことができません。『システム全体で防ぐ』という見方をしないと、航空事故はなくなりません」

航空安全推進連絡会議
JFAS
声明の英語版

Q.声明に織り込まれた航空先進国ではあり得ない、「犯人捜し」と事故調査の混在とは?

「(日本で通常行われるような)警察捜査が運輸安全委員会の事故調査に介入することで全体像の把握が阻害されている現状があります。ICAO(国際民間航空条約)Annex13(付属書)には『刑事捜査と事故調査は分離しなければならない』と解釈されますが、この国際的原則の考え方がまだまだ理解されていないのだと思います。

刑事捜査は、誰かを罪に問うための捜査になります。事故調査は、原因を突き止め再発を防止するための調査。つまり目的が異なるのです。ここで事故調査報告書が警察捜査に利用されて裁判証拠になると、有罪の証拠として利用されかねない。そこで当事者は、言えるはずの内容を言えなくなるのです。結果、情報不足で再発防止の事故調査が正しく行われない可能性がとても高くなるというわけです。

JALの開いた会見の場で記者から機長の実名を尋ねる声がありました。それは誰か個人を吊し上げ、責任を個人に帰結させたがる、”村社会”的発想と言えるでしょう」 

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mu_mu_//Getty Images
全員脱出を達成し、称賛されているJALのクルー。この飛行機はたまたま「脱出扉の数+1人」の人員数でしたが、JALを含む国内航空会社では「脱出扉の数マイナス1人」の客室乗務員数も少なくありません。 脱出にかかった時間も含め、安全向上のためにはさらに見直す必要も当然出てくるはずです。

Q.国際基準の事故調査のためには世論が変わる必要がある?

「車の運転と違い、飛行機は多くの専門職が複雑に連携して飛ばしています。そこではヒューマンエラーが必ず起こります。管制官が正しい指示を出しても、(何らかのエラーで)結果が伴わなければ全員が吊し上げ的発想で追求される今のやり方は変えていく必要があると我々は思っています。

一方でマスコミはマスコミで、世論の求めに応じた内容を報道するわけです。

ですので、少しでも多くの皆さんに航空事故での犯人捜し、責任の個人追及などに関して、その思いをとどめていただき、慎重な判断を待っていただきたいと願っています。

今回の声明の本当の理由は、そこにあります。『誰が犯人か?』ではなく『何があったのか? その背景を知りたい』という声がもっと盛り上がっていけば、いずれ自然と『警察の捜査よりも事故調査が先じゃないか?』ということになると思います。」 

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SCM Jeans//Getty Images
能登半島地震の支援のため、昨年大晦日から突入していたストライキを中断したジェットスターの労働組合に向けて、ストライキ自体を否定的に見た意見がSNS上で溢れました。ですが、同社労組もまた、この連絡会議に加盟しています。彼らの活動自体が安全に貢献する一部を担っていることを忘れてはならないはずです。

メディア業界も現在労働組合の解体・弱体化が進み、複雑化する問題点に対応できていないのではないか――。インパクトの大きな航空事故の記者会見で世論に問題視されたメディアの姿勢は、現場で働く人々が繋がれていれば防げたかもしれない。そして何より、その分野をよく知らない人間が勝手な憶測で犯人捜しをすること自体が、実は巡り巡って現場を混乱させている。そんなことも浮き彫りにした気がします。