振付師ジャスティン・ペックの父親は10歳のとき、彼は父親(ペックにとっては祖父)に連れられ、当時大旋風を巻き起こしていた新たなブロードウェイミュージカルを鑑賞しに行きました。それは1957年9月にウィンター・ガーデン・シアターで開幕し、その初演は700回以上のロングランを記録した不朽の名作「ウエスト・サイド・ストーリー」です。

これは唯一無二の才能が制作に結集した「ドリームチーム的」作品と言っていいでしょう。原案・演出・振り付けは名振付師のジェローム・ロビンズ。音楽はレナード・バーンスタインであり、歌詞は先の11月26日に91歳で亡くなられたスティーブン・ソンドハイムが担当。ウィリアム・シェイクスピアの悲劇を、現代を舞台によみがえらせたラブストーリーであることは言わずもがな…です。

ペック(34歳)は、マンハッタンのリンカーンセンター内にある自身のオフィスで、「父が初めてこの作品を観たときには、心から感動したそうです」と語ります。彼はかつてロビンズもそうだったように、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のアーティスティック・アドバイザーであり、今日のダンス界で最も影響力を持つ人物の一人です。

「祖父はあまりミュージカルは好きではなく、どちらかというと演劇に興味を持っていました。それでも、『ウエスト・サイド・ストーリー』はことのほか印象的な作品だったらしく、祖父にとってこれは珍しいことでした。祖父は『ロミオとジュリエット』を、“実に大胆にアレンジした作品だ”と絶賛していました」

pictured justin peck
Ryan Pfluger

「ウエスト・サイド・ストーリー」は、ペック自身にとっても現在の彼を形づくった重要な作品でした。

カリフォルニア州サンディエゴで過ごした子どもの頃に、俳優のナタリー・ウッドとリチャード・ベイマーがマリアとトニーという不運な恋人を演じた1961年の映画版を観て、「男性ダンサーが、動きと演技で物語を解釈するのを初めて目にした」と説明しています。その後、スクール・オブ・アメリカン・バレエ(SAB)で学んでいた10代の頃、NYCBで演じられたロビンズの代表的作品「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」(上演時間40分)を観ることができ、さらにその後、彼自身がNYCBに入団してからは、この組曲が彼が主役を務めた最初の作品の一つとなりました。

ペックは、その偉大な業績からは意外なほど穏やかで控えめな物腰で、「私は、この組曲を内と外の両面から知ることになったわけです」と語りました。

新『ウエスト・サイド・ストーリー』の
錚々たる制作スタッフ陣

夢のような話(『ウエスト・サイド・ストーリー』の新たな映画版の振り付けを担当するというチャンス)が舞い込んできたとき、ペックがその決断に重圧を感じたのは、彼がこうした経歴を歩んできたからこそと言っていいでしょう。

「とても心が躍った瞬間でもあり、それと同時に少し怖くもなりました。それは、私がこの作品に大きな敬意と称賛の念を抱いているからです。オリジナル版の『ウエスト・サイド・ストーリー』は振付師としての私の歴史、そして、私の家族の歴史にも組み込まれているもので、だからこそ、何というか畏怖(いふ)の気持ちが湧いてきたのです」

その裏側には、この新作の監督を務めるスティーブン・スピルバーグからの依頼であるから…とか、加えて、『エンジェルズ・イン・アメリカ』でピューリッツァー賞を受賞した劇作家トニー・クシュナーが脚本を執筆しているから…ということだけで怖気づくようなペックではありません。スフィアン・スティーヴンスやスティーヴ・ライヒなどのミュージシャンとも既に仕事をし、トニー賞をはじめとする数々の賞も受賞している人物です。「ニューヨーク・タイムズ」紙では、「米国で最も著名なバレエ振付師」と評されてもいるそんなペックを製作陣に迎えることは、彼らが希望するのも当然のことなのです。それでもペックは、できるだけ差し障りのないカタチでいくつか質問したと言います。

「私はただの再構築や、オリジナルの振り付けの再演のために参加するのではないということを確認したかったのです。それは私がやりたいことではありません。私は創造的なプロセスに興味があるので…。そして、それを追求する方法について、実に忌憚(きたん)なく、共通の認識を持つことができたと思っています」、とペック。しばらく「厳しいやりとり」を交わした後、ペックは「イエス」と答えたと言います。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『ウエスト・サイド・ストーリー』本予告60秒 2022年2月11日(祝・金)公開
映画『ウエスト・サイド・ストーリー』本予告60秒 2022年2月11日(祝・金)公開 thumnail
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オリジナル版とスピルバーグ版の違い

オリジナル版の「ウエスト・サイド・ストーリー」が、ミュージカルシアターにとって、そしてペックの祖父のように「ミュージカルシアター」という言葉にあまり興味を持っていなかった人々にどれほど重要な影響を与えたかについては、語り尽くせません。

さらに難しかったことのひとつは、モンタギュー家とキャピュレット家がポーランド系米国人のジェット団とプエルトリコ系のシャーク団に置きかえられ、マンハッタンのヘルズキッチンで縄張り争いをしているという設定であり、「America」、「Cool」、「Dance at the Gym」といった名曲に合わせて振り付けるということでした。ナイフを手にした戦いよりもむしろ衝撃的なのは、ストリート・ギャングがハイレグ・キックやダンスのステップ「パ・ド・ブレ」を繰り出す姿…。そして、ギャングとしての威圧感はとどめているわけです。

同作品において
重要な役割をもつ振り付け

また、「ウエスト・サイド・ストーリー」では、ダンスが付け足しのようなものではなく、その映画の生命線そのものであったことも画期的でした。「ダンスがこの映画を貫く言語であることを、観客が最初からわかるように仕立てることが重要だと思うのです」とペック。

「ロビンズが行った巧妙な仕事は、登場人物たちにダンスの身のこなし的なものをさりげなく身につけさせたことです。それはとても微妙なもので、多くの人はほとんど気づくことはできないでしょう。飛行機が離陸するとき、少しずつ動いていき、離陸し始めても浮いていることに気づかないのと同じように。これは間違いなく私が発見した点であり、私の振り付け作品にも取り入れようとしていることです」とも言います。

ジャスティン・ペックが
制作時にこめたこだわり

ペックとこの映画の制作陣は、オーディション期間中に「何千人、何万人」の人に会ったと言います。最終的にトニー役には、『ベイビー・ドライバー』のアンセル・エルゴートが。マリア役には、新人のレイチェル・ゼグラーが選ばれました。彼が最も誇りに思っている点の一つは、子どもの頃から本格的なダンスを習ったわけではないエルゴートのような俳優にも、この作品では替え玉撮影を使っていないことです。

映画『ウエスト・サイド・ストーリー 』
(C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.
映画『ウエスト・サイド・ストーリー』でトニー役を演じるアンセル・エルゴート。父親は、ファッションフォトグラファーとして名を馳せるアーサー・エルゴートです。

「これは、すべてのミュージカル映画で評価されている要素ではありません。ダンスというと、スモークやミラーを使ったものが多いですよね。われわれはそのようなものは使っていません。誰もが純粋に、並外れたダンスパフォーマンスを見せているのです」

リハーサルはいつも、クレイグ・サルスタインやパトリシア・デルガド(デルガドはペックの妻で、生後7カ月の娘がいます)といったペックの仲間の振付師によるダンスレッスンから始まりました。

「私もみんなと一緒にレッスンを受けたのですが、そのことが実にカンパニーとしての一体感を生み出したのです。ご覧になれば、キャスト同士を結びつけている何かを感じることができると思います」。

時にはスピルバーグ監督がリハーサルに、カメラの動きを確認しにきたこともあり、「スティーブンはとてもアクティブに、iPhoneを手にリハーサルの場を歩き回っていました。こんな風に彼とコラボレーションすることは、製作プロセスの中でも特にエキサイティングでした」と、ペックは振り返ります。

これはロビンズがとったアプローチとは、大きく異なる点です。

オリジナル版の振付師は、シャーク団とジェット団を演じる役者に常に役柄を維持することを要求し、彼らの間に実際に闘争心が芽生えるように仕掛けていました(オリジナルのブロードウェイ版でマリアを演じたキャロル・ローレンスは、後にロビンズを『残酷』だったと表現しています)。

映画『ウエスト・サイド・ストーリー 』
(C)2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

「これは、製作プロセスにおける別のアプローチ方法です。ですが、私はそのような方法をキャストに押しつけたくはありませんでした」と、言葉を選ぶようにペックは語ります。「私は常に、コミュニティの一体感を大切にしてきました。他の人々と共同作業をする上で、私はこの方法以外知らないからです」

次のステップについて、ペックの意向は流動的です。最近、彼はライブパフォーマンスに戻ることに喜びを感じていました(このインタビューをしたときは、コロラド州で行われたベイル・ダンス・フェスティバルから戻ってきたところでした)が、現在彼はNYCBの冬のシーズンに向けて、ピューリッツァー賞を受賞した作曲家キャロライン・ショウとの作品に取り組んでいます。ですが彼の大いなる野心は、巨匠ロビンズが「ウエスト・サイド・ストーリー」で、あるいはボブ・フォッシーが「キャバレー」でやったように、振付だけでなく、演出と監督も手掛けることなのです。ペックの控えめな物腰の中にも、そこには力強い意志が感じられます。

「正直に言うと、私は夢を目標、そして現実にするための青写真を持っているわけではないのですが…」とためらいがちながらも、彼は心を奮い立たせるようにこう言いました。「でも、そこに向かって取り組んでいます!」

『ウエスト・サイド・ストーリー』は、12月10日全米公開(日本では2022年2月11日公開予定)となっています。

Source / ESQUIRE US
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。