こんなにも俳優仲間に気遣われ、守られていると感じたことはありませんでした

「私は、こんなにも俳優仲間に気遣われ、守られていると感じたことはありませんでした…ミュージシャンを断念して俳優になった私は、いつも場違いのような気がしていましたが、今はこの素晴らしい人々の一員になれたような気がしています。ありがとう」

『オッペンハイマー』の演技で主演男優賞を受賞したキリアン・マーフィーは、受賞スピーチでこう発言しました。

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 thumnail
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自国のアカデミー賞“BAFTA(英国アカデミー賞)”で長年無視され続けてきたアイルランド出身の不遇の俳優は、アメリカの俳優ユニオンに感謝の念を述べたのです。 

2023年はまさに、俳優たちが自分たちの肖像権と労働の価値を、スタジオの経営陣に認めさせた年でした。全米脚本家組合と協同して46年ぶりとなるストライキを実行し、脚本家組合が俳優組合より先んじて闘っていたネットフリックスやウォルト・ディズニーなどが加盟する全米テレビ映画制作者協会(Alliance of Motion Picture and Television Producers=AMPTP)と、全面戦争をする構えを見せました。

俳優たちは撮影はもちろん、宣伝活動への参加もストップしたため、ヴェネチア国際映画祭をはじめ、多くの映画祭でハリウッドスターが軒並み不在状態に。『オッペンハイマー』のロンドンプレミアでも、組合員であるキリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモンらが突然試写会場から去るといった“事件”が話題になりました。なぜなら、レッドカーペットを歩いている最中にストライキが宣言されたからです。

80 venice international film festival 2023 sag ストライキ
Mondadori Portfolio//Getty Images
一定特別条件のもと2023年ヴェネツィア国際映画祭に参加したジェシカ・チャスティンは、ストライキTシャツを着てアピール。

組合員16万人のため実質約1400億円の利益を獲得

およそ4カ月におよぶ撮影ボイコットのため、『アバター』『ライオンキング』『ワンダーウーマン』らブロックバスター系の続編が立て続けに延期。当初強気に反論していたAMPTPも最終的に交渉の席につき、ついに一定の条件での新たな契約を呑ませることに成功したのです。16万の組合員にもたらしたその価値は、およそ10億ドル(約1400億円)とSAG-AFTRAは発表しています。

「(スタジオは)CEOに何億ドルも利益をあげておきながら、おろおろと『自分たちは赤字だ』と貧困を訴えるなんて、恥を知れ」

ピケッティング*⁴でSAG会長フラン・ドレシャーは、授賞式会場でこうスピーチしました。

30th annual screen actors guild awards show
Michael Buckner//Getty Images
フラン・ドレシャー

AIを利用して搾取するCEOたちに負けない

「ストライキ全体を通して私たちが話し合った大きなテーマのひとつは、私たちが働く場における人間の存在の重要性でした。そして今夜は、これらの映画に人間の“顔”をもたらす人々を讃える夜です」

今回のストライクは、単なる賃金の交渉を超えた深い意義を持っていると思えるのです。現在、長年にわたって心血を注いで磨き上げてきた脚本や演技への尊重が、根本的な問題として浮上しています。これは搾取と言っていいでしょう。

スタジオやストリーミングサービス提供者が、人々の創造性から生まれた作品を利用し、それらをスキャンしたのちのサンプルから複製および複合・融合を重ねること(ある種の誤魔化しとも思える手法)で、新たなコンテンツを生み出す生成AIたち…この創造物への侵害とも言える行為に対しての闘いでもあったと思えるのです。

とは言っても、「自分たちの労働がAIに取って代わられる」といったレベルの恐れではありません。自分たちのインテリジェンスや姿そのものを無報酬で利用されることに対し、あまりにも無頓着でいる世界中のコンテンツ業界への警告でもあるのです。

ですがこのことは、この業界だけの話ではもはやないでしょう。(労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を目的に組織された)労働組合のようなさまざまな各団体、さらには労働者個人個人が、自分たちの存在価値を見つめ直し、そして自らを讃えながら経営陣と確認し合う時期が来たのかもしれません。


第30回SAG賞(全米映画俳優組合賞)の受賞結果

【映画の部】

アンサンブル・キャスト賞 『オッペンハイマー』
主演男優賞 キリアン・マーフィー『オッペンハイマー』
主演女優賞 リリー・グラッドストーン『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
助演男優賞 ロバート・ダウニー・Jr.『オッペンハイマー』
助演女優賞 ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ『The Holdovers(原題)』

【テレビの部】

アンサンブル・キャスト賞(ドラマシリーズ) 「メディア王~華麗なる一族~」
男優賞(ドラマシリーズ) ペドロ・パスカル「THE LAST OF US」
女優賞(ドラマシリーズ) エリザベス・デビッキ「ザ・クラウン」
アンサンブル・キャスト賞(コメディシリーズ) 「一流シェフのファミリーレストラン」
男優賞(コメディシリーズ) ジェレミー・アレン・ホワイト「一流シェフのファミリーレストラン」
女優賞(コメディシリーズ) アイオウ・エディバリー「一流シェフのファミリーレストラン」
男優賞(ミニシリーズ&テレビ映画シリーズ) スティーヴン・ユァン「BEEF/ビーフ ~逆上~」
女優賞(ミニシリーズ&テレビ映画シリーズ) アリ・ウォン「BEEF/ビーフ ~逆上~」

【スタント部門】

スタントアンサンブル賞(映画) 『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
スタントアンサンブル賞(テレビ) 「THE LAST OF US」


https://www.sagaftrastrike.org/ ※邦訳はこちら(労働政策・研究機構より)
https://www.sagaftra.org/contracts-industry-resources/contracts/2023-tvtheatrical-contracts
https://www.theguardian.com/culture/2023/jul/14/fran-drescher-speech-actors-strike-writers-strike-sag-aftra-hollywood-ceos

*⁴ picketing 争議行為の参加者が,争議行為の対象となる就労場所である事業場や職場の通用門や出入口で、従業員が就労しないように見張りや説得を行う…ストライキをスト破りから防衛する行為