「The Eras Tour」の興行収入は史上初の10億ドル超え。今最も経済効果を生み出す歌手、テイラー・スウィフトのマーケティング術7｜辰巳JUNKが解説

史上最高となる10億ドル（約1400億円）超えの収益を達成し、ギネス記録に認定された「The Era Tour」。さらに驚きなのは経済波及効果。オンライン調査会社Qustion Proの推定によると、アメリカで生みだされた消費支出は50億ドル（約7300億円）。これは50カ国のGDPを上回る数字です。

「The Era Tour」の経済効果の理由は、膨大なファンたちが公演地域の宿泊施設やお店にお金を払っていったことにあります。

楽曲「You're On Your Own, Kid」にちなんだ「友情ブレスレット」がライブの必需品のようになったことで、工芸雑貨店の売上まで急増したそう。

音楽のみならずビジネスでも革命を起こしてきたテイラーを、「資本主義の女王」と呼ぶファンも出てきています。音楽ビジネスを専攻するノースイースタン大学のデヴィッド・ハーリィ教授も、同意見のよう。

「ドル紙幣の顔をテイラー・スウィフトにすべきだ。彼女は経済上位1％の頂点にいる。資本主義の定義を進化であり（環境にもっとも適した者が生存競争を生きのびる）適者生存とするならば、彼女こそ適応の象徴だ」

「否定された経験は、肯定を受けた経験よりも人生に重要だった」。そんな教訓をNY大学スピーチで語ったテイラー・スウィフトは、キャリアをとおして困難を成功へと変えていった起業家精神の持ち主。

ペンシルベニアの牧場の金融一族として生まれ育ったテイラーは、メリルリンチ（※）に勤務していた父から投資について教えられていったこともあり、幼い頃はフィナンシャルプランナーになるつもりでいたそう。

※ウェルスマネジメント事業を行うバンク・オブ・アメリカの完全子会社

音楽への情熱にめざめると、両親のサポートのもと、11歳のときからカントリーミュージックの聖地ナッシュビルでの営業を開始。ですが当時、カントリーは中年の人々が好むジャンルとされていたため、レーベルの幹部から「少女の歌なんて聴かれないから大人になってから来なさい」と門前払いされつづけていました。

打ちひしがれながらも、ティーンとしての心情を歌う作風を貫いたテイラーは、SNS活動をとおして「共感できるカントリーを求めるティーンたち」の存在に気づいたそう。レーベル契約後、16歳の彼女がデビューするやいなや大ヒットを記録した背景には、業界から無視されていた若きオーディエンスが存在していたのです。

テイラー・スウィフトの音楽の魔法は、パーソナルな心情を歌う日記風の歌詞にあります。これをより魅力的にしているのは、ハリー・スタイルズやジェイク・ジレンホールといった、有名アイドルや人気俳優との華麗なる交際歴。

そのため、曲中「雪山の事故で泣いた彼氏」「プレゼントしたスカーフを姉の家に置き去りにした元彼氏」などが登場すると、ファンたちは夢中になってどの有名人のことなのか語っていくのです。

SNSバズにも適した考察系要素は、テイラーが意図的に仕組んだ戦略でもありました。当時のカントリーとして珍しいティーン女子として成功すると、似たタイプの歌手がたくさん売り出されていったため「敵を攻撃する前に自分を進化させる」戦法によって、ファンがより夢中になる方法を編みだしていったそう。

近年、新作予告などにも盛り込まれている考察要素は、ファンの熱意を持続させる鍵になっています。

一枚のアルバムで複数種のCD、レコードを出す販売戦略はJ-POPやK-POPのアイドルジャンルでおなじみですが、これをアメリカで大成功させたスターこそテイラー。

最新作「ミッドナイツ」では、ジャケットが異なる四種類のレコードをディスプレイできる掛け時計を49ドル（約7000円）で販売して完売させるなど、コレクターズアイテムとしてのフィジカルビジネスを行っています。

この戦略もはたらき、2022年には米国トップとなる169万5000枚のレコードを販売。同年に販売されたレコードの25分の1がテイラーの作品だったそう。

いわゆるファンダムビジネスと言えますが、テイラーが想定した層は熱心なファンだけではありませんでした。2014年に指摘したのは、車社会であるアメリカには、古い車種に乗ってCDを聴いている人が多い事実でした。

ストリーミングサービスが成長していた当時、音楽業界では「CDの絶滅」がよく喧伝されていましたが、テイラーは毎晩何時間もインターネットを調べてファンが求めているものを考え抜いたそう。マーケティング界隈の流行にまどわされず、ターゲット購買層を見据えることの重要さを示す事例です。

ストリーミング台頭により、音楽界に商業的な危機と創造的な革新が押し寄せていた当時、テイラーが語った名言がこちら。

「唯一の真なるリスクとは、リスクを恐れるあまりリスクをとらないことです」

「芸術に価値はある」信念をつらぬくテイラーは、音楽業界における活動家でもあります。6thアルバム『1989』が大ヒットしていた2014年、突然発表したのが、ストリーミングサービスSpotifyからの完全撤退。アーティストに対するロイヤリティの低さを問題視してのことでした。

翌年には、あらたにローンチされたApple Musicの「3カ月お試し期間」において、アーティストに報酬が支払われないことに抗議しました。収入が少ない新人アーティストやソングライター、ひいては音楽業界が危機に陥ると主張し、Apple社に正当な支払いを要求したのです。

テイラーのキャリアで特徴的なのは、ピンチをビッグイベントに変えていく開拓精神。そのなかでも最大級の効果をもたらしたのが、2019年、彼女いわく「いじめ加害者」だった業界人、スクーター・ブラウン（※）が元所属レーベルを買収したことで、彼女の音楽作品の権利も手中におさめてしまった一件。

自分の子どもと同然の楽曲たちを奪われてしまったテイラーは、絶望の淵の中で旧アルバムの再録を決意。ボーナストラックなど特典がもりだくさんだった再録盤「テイラーズ・バージョン」は、リリースされるたび大ヒットを記録していきました。例えば3rdアルバム「RED」の約1.5年分の売上は、2012年オリジナル版の10倍を記録しています。

※アメリカの音楽プロデューサー、タレントマネージャー、起業家、投資家、フィランソロピスト。SBプロジェクトの創業者。

こうして北米中心に発生したのが、「テイラーユニバース」現象。2020年から2023年にかけてオリジナル作品をふくめ7枚ものアルバムをリリースしていったため、常時テイラーが話題になっている状態が形成されていました。このメディアジャックこそ、アメリカで「マイケル・ジャクソン以来の国民的スター」と評されるほどの存在になった要因です。

再録盤の大成功によりテイラーが至った結論は、「地位は永遠に保障されていないから、アートを創りつづけることが大事」とのこと。

一方、ブラウンが有力顧客を失った後日談も関係しているのか、敵を果敢に攻撃していっても意味をなさないとも学んだそう。

「ゴミは勝手に排出される（自滅する）ものですから」

大衆にディスコグラフィー追体験を授けた「テイラーユニバース」が、ベストヒット公演「The Eras Tour」需要に貢献したことは間違いありません。同ツアーが史上最大収益を達成したことは前述しましたが、その映画版『テイラー・スウィフト THE ERAS TOUR』も、コンサートフィルムとして歴代最高の約2.6億ドル（約380億円）の興行収入を記録しています。

これらの興行ビジネスで注目されたのは、仲介業者を挟まなかったこと。高需要が見込まれた「The Eras Tour」ではブッキングエージェントを雇っておらず、『テイラー・スウィフト THE ERAS TOUR』だと映画配給会社を通さずに映画館チェーン会社と直接契約しています。後者の場合、「チケット売上の57%がテイラー陣営に配分される」と報じられました。

「The Eras Tour」の大成功は、映画『バービー』の大ヒットと重なったこともあり、女性消費者のパワーの証明としても受けとめられました。女性クリエイターの新時代を切り拓いたテイラーは、ビジネスの観点をまじえて未来への期待を明かしています。

「有史以来つづく家父長制社会を稼働させているのは、お金、収益の流れ、経済でしょう。皮肉な見方をするなら、女性的なアイデアが儲かるほど、女性のアートがつくられていくことになります。そのことに大きな希望を感じます」

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