キム・ジョーンズは、2018年にディオール メンズのクリエイティブ ディレクターに就任して以来、自身が影響を受けたアーティストにインスピレーションを得たコレクションを発表し続けてきました。

例えばディオールの2022年秋冬メンズコレクションでは、「ビートジェネレーション(1950~60年代にアメリカ文学界に登場し、当時のアメリカの保守的な社会体制や価値観に異を唱えた作家たちの活動)」を代表する作家ジャック・ケルアックの追想するものでした。

それ以前も、2021-22年秋冬メンズコレクションではスコットランドの現代画家ピーター・ドイグの作品が取り上げられ、2020-21年秋冬メンズコレクションでは、ジュエリーデザイナーやスタイリストとして活躍した型破りでパンクなクリエイター、ジュディ・ブレイムを偲(しの)ぶモチーフがコレクションの根幹となっていました。一見結びつきがないような顔ぶれですが、これらの人々は革命的な精神と画期的なアプローチをしていたという点で一貫しています。

この流れを踏まえると、ジョーンズが2024年春メンズコレクションのテーマとして、80年代の伝説的クリエイティブ集団「バッファロー(BUFFALO)」を率いたスタイリスト、故レイ・ペトリ(Ray Petri)に目をつけたのも納得です。

スコットランド生まれのペトリは、ハイファッションと地味なイギリスのサブカルチャーの要素を融合させ、「二項対立」や「境界線」といった概念を打破するルックをつくり出しました。がっしりとした男性のスカートスタイルや、テーラリングを取り入れたスポーツウェアなどがその例です。ジョーンズはコレクションノートで、次のように記しています。

「ペトリのスタイルには常々興味があり、実際に私の仕事の一部として取り入れています。この新ラインでは、大胆でインパクトのある表現の中に、セレモニーのコードやクラシカルな装飾をさりげなく忍ばせています。マスキュリン、デコラティブ、プラクティカルが今シーズンの統一テーマです」

ディオール
Dior
ディオール
Dior

こうした背景から生まれたスーツは、ジョーンズの過去のコレクション同様、自由な解釈で展開されています。古く、堅苦しいコードを排し、現代性を本質に据えたシルエット。ワイドレッグのボトムス(裾までまっすぐな幅広パンツ)、ブローチをあしらったラペル、オフィスウェアに適した色合いのジップダウンシャツ。また、デミキルトや「CD」ロゴ入りのアーガイルニット、ベレー帽やチャンキーブーツといった小物など、ペトリのスコットランドのルーツをより直接的に取り入れたアイテムもあります。

伝統的な要素にひねりを効かせるデザインアプローチは、今やメゾンの歴史への敬意と明確な進歩性を両立するデザイナーとしてその名を確立しているジョーンズにとっては当然のもの。それよりも、このコレクションには優れたテーラリングへの欲求、むしろニーズがあるということが示されている点を指摘すべきなのかもしれません。

確かに、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によるロックダウンで、アスレジャーや在宅仕事着スタイルに取って代わられてしまったスーツスタイルでしたが…。以前とは少し違った形ではあっても、再びドレスアップしたいという人々の気持ちが高まっていることをこのことは物語っていると思えます。そう、スーツは復活しているのです。そしてそのスタイルは、かつてないほど型にとらわれないものとなっているのです。

ディオール
Dior
ディオール
Dior

もちろんスーツは、このコレクションの中のほんの一部にしか過ぎません。シアリングの襟が付いたパファージャケットやトロンプルイユ(だまし絵)のデニム、ゆったりとした膝丈ショートパンツといったアイテムも、カジュアルの既成概念を覆すものという印象です。つまり、カジュアルなアイテムはより構築的に、これまで細身のシルエットだったテーラードフィットはよりリラックスしたものになっているのです。

ジョーンズはこれを、「テーラリングの可能性の追求だ」と語っています。

「ただ単に固く、構築的なショルダーデザインの窮屈さから解放され、よりソフトで柔軟なスタイルへとシフトとするという問題ではなく、コンストラクションという点を超越したテーラリングの可能性が問われているのです。

私たちはまさに、『スーツ』の構成要素とは何かという問題と向き合っています。そこにあるのは、セルフスタイリングの重要性です。強制されるのではなく、好きなものを好きなように着るという自由があるということなのです」


source / ESQUIRE UK
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です