メルボルンの不動産業界において、オーストラリアの都市で高価な家を売るキーポイントとして、「『Aesop(イソップ)』の特徴的な茶色いボトルのハンドソープを、常に見えるところに置いておくことだ」、という内輪のジョークがあります。見込み客がミッドセンチュリーの家具や大理石のキッチントップ、床から天井まである大きな窓に心を動かされていない場合でも、バスルームにオリエンタルで爽やかな香りがする石けんを置いておくと、契約が成立したりするという逸話が浸透しているようです(笑)。

 そんなオーストラリアの洒落たハンドソープと不動産業者の冗談はさておき、実際に高級な身だしなみ用品と憧れのインテリアの世界の間には、より深い共通点が増えているように思えるのは確かです。

 新型コロナ(家で過ごす時間が増えたり、手を洗う習慣など)の影響もありますが、女性だけでなく男性も、自分の身体と同じように生活空間も香り高く、手入れの行き届いたものにしたいという欲求に駆られているのだと推測します。キャンドルにディフューザーや線香など、「家の香り」はいいに越したことはありません。そこには確かに魅力を感じるはずです。センスが良いと言われている男性が、自宅の棚にロゴも可愛いフランスのフレグランスメゾン「Diptyque Paris(ディプティック)」をストックしていたら…かなり素敵ですよね?

aesop
AESOP
「AESOP(イソップ)」の洗練されたインテリアの店内。

 「顧客のほとんどが、家は五感に訴える必要があることを理解しています」と、デザインを軸にした不動産会社であるThe Modern Houseの共同創設者、マット・ギバードさんは言います。「天然素材の無毒な製品が、求められるようになっています。主要な部屋にそれぞれの個性を与えるために、香りの設計を立てていた顧客もいました」とも…。

 イギリスで影響力のあるセレクトショップ「End Clothing」のホームウエアとライフスタイルを担当するバイヤーのダニエル・クロウさんも、「キャンドルと家庭用フレグランスは、私たちのビジネスの中では小さい範囲ですが、大きな成長を見せています」と話しています。

 「ロックダウン中、多くの顧客、特に男性がこのような製品を手に取るようになりました。家の雰囲気に、より注意を払うようになったのだと思います。イギリスではいまや多くの方が自宅で仕事をしているので、日々の生活を少しでも快適にしたり、生産性を向上させたりするためには、こうした小さなことにも気を配る必要があります。個人的には家具から装飾品、キャンドルに至るまで、家の中にあるすべてのものがある種の喜びや興味を呼び起こすようなものであってほしいと思っています」

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 有名なブランドには、高級ボディケア製品で知られるオーストラリア生まれの「Aesop(イソップ)」や、タトゥーとひげが特徴的なベン・ゴーラムによって設立されたスウェーデン生まれの人気ブランド「Byredo(バイレード)」などが挙げられます。「Byredo」は香水やキャンドル(Bibliotèchqueシリーズは、「End Clothing」のベストセラーです)に、Cotton PoplinやTree Houseといった名前の家庭用フレグラウンスを販売しています。

 ニューヨーク発のおしゃれブランド「Le Labo(ル ラボ)」の、メープル材を再生してつくられたホームディフューザー「Santal 26」(1万6500円)は、ブルックリンのロフトで漂よっているような特徴的な香りとなっています。「Diptyque(ディプティック)は、バンドエイドの高級フランスキャンドル版といったように、ある種の贅沢なインテリアの代名詞になっています。

 これらのブランドは単に、「香水の香りを漂わせてほしい」、「にヘアワックスを使ってほしい」、「天然の歯磨き粉で歯を磨いてほしい」というだけではなく、家全体を美しくて香りの良いもので満たしたいと考えているのです。

 ロンドンの高級調香師トム・ダクソンさんは、ロックダウン中に自身の石けんとハンドケアのブランド「Gloved」を立ち上げました。「従来の香水がこれからどうなるかわからないけれど、手洗いの習慣がなくなることはない」と考えたのでしょう。

 「私たちのホームコレクションが、『典型的なイタリアのひとときを表現したい』と考えるのは偶然ではありません」と、「Acqua di Parma(アクア ディ パルマ)」の製品開発・イノベーションディレクターのパオラ・パガニーニさんは言います。ピエモンテ州オメーニャでパティオを提供するLa casa sul Lagoは、「湖畔の別荘で週末をすごすときに感じるくつろぎ」、モリーゼ州イゼルニアにあるカフェレストランCaffè in Piazzaは「おいしいコーヒーの味」、ミラノにあるラウンジバーAperitivo in Terrazzaは「友人とテラスでおいしい食前酒を飲むときの活気」を表しており、他にもたくさんの製品を展開しているそうです。

  2020年、私たちのほとんどは精神的にも肉体的にも隔離された状態にあり、テラスでテラコッタの屋根を見下ろしながら楽しむ食前酒や、きらめく湖畔で飲むカフェマキアートなど、日常から逃れたいという欲求があるのは当然のこと。しかし男性陣は、本当にたくさんのキャンドルを買っているのでしょうか? 数字がその主張を裏づけているようです。

 世界的な小売店調査会社であるNPDによると、2020年3月、イギリスにおける高級ホームフレグランスの売上高は、37%増加したそうです。高級キャンドルの売上高も、2019年の同時期と比較して6%増加しました。分析会社Vendによる2019年の別の報告では、イギリスのキャンドル市場は現在、19億ポンドの価値があると書かれています。

 ハイファッション界の大物たちが、ベルガモットの香りに手を出そうとしているのも頷けます。「グッチ」、「ディオール」、「ルイ・ヴィトン」も近年、香りや家具、ホームウエアの世界へと足場を広げています。

 イギリスのクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンが率いるファッションハウス「Loewe(ロエベ)」では、ジェンダーレスなホームフレグランスやキャンドル、籐のディフューザー、石けんの新しいシリーズが社内の調香師ヌリア・クルーレスさんによってデザインされ、「植物菜園のエッセンス」を反映したものとなっています。そこではジュニパー、ハニーサックル、ラシャスピー、アイビーなど、数多くの香りが展開されています。

 「ホームセンツシリーズは、『ボタニカルなインスピレーションと、温室を復活させるというコンセプトに焦点を当てるべきだ』と、ジョナサンにはっきりと言われていました」「香水では非常に珍しい香りを取り入れたいと課題を与えられ、何度も実験を重ねました」と話すクルーレスさん。その結果、すっきりとしたカラフルな、少し教会を連想させる、センスよく装飾されたスペインの夏の家やモロッコのリヤドで見つけられそうなものができあがりました。人々の目に止まるような製品になっています。

「ロエベ」の庭に焦点を当てたホームフレグランスシリーズのキャンドル。
Loewe
「ロエベ」の庭に焦点を当てたホームフレグランスシリーズのキャンドル。
「ロエベ」ホームフレグランスシリーズのキャンドル。
Loewe

 「スタイリッシュな家には、特徴的な香りがあるべきです」と、クルーレスさんは続けます。「誰かが家に来たときに、『あなたの家の匂いが好きだわ、あなたらしい』と言ってもらえるのが大好きなんです。洗練された香りは、うるさすぎることなく、さまざまな部屋を包み込んでくれます。誰もが快適に感じられ、あなたの個性や装飾に合う、ちょうど良い量になっています」

 ファッション業界や主流な身だしなみ製品の業界でさまざまな物が見直されている現在、靴はどのような立ち位置でしょうか? 昔ながらの香水やスーツはどうでしょう? 家の快適さや見た目、雰囲気、そして香りについて、これまであまり多くの会話がなされてきませんでした。コロナ危機以前、家の香りについて考える暇など、誰にもなかったからです。誰も気にしていませんでした。多くの人にとって家とは、荷物を置いて、ネットフリックスを観て、寝て、仕事に戻るための場所でしかありませんでした。

 「現在、ハンドソープやキャンドルなどの一見重要ではないように見えるホームアクセサリーは、来客にセンスと洗練された雰囲気を伝えるための控えめなアイテムとなっています。手頃な価格で手に入る贅沢なのです」と、ニューヨークを拠点とするライターで、「Stüssy(ステューシー)」や「Thom Browne(トム ブラウン)」などのクライアントと仕事をしている代理店Public Announcementの創設者であるクリス・ブラックさんは言います。

 ブラックさんは、人々が美的なアドバイスを求めるために質問できる「Ask Chris Black」というコラムを書き、ネット上でトレンドをつくっていることでも知られています。「キャンドルでは、『Diptyque』のウード『Byredo』のアンブルジャポネ『Norden』のJoshua Tree『Malin+Goetz』のLeatherが好きです。インセンス(お香)では、『松栄堂』の春陽Kuumbaのサンダルウッド『Astier de Villatte』のAoyamaがお気に入りです」

 「自宅やオフィスにいい香りをさせることが、主流になるべきです。誰もが楽しむべきシンプルな楽しみだと思います」と、彼は締めくくっています。

 2017年ごろのミレニアル世代の観葉植物ブームのように、高級なキャンドルやホームフレグランスを所有するというアイデアは、センスを上げるための小さな証になりそうです。誰もが憧れますが、大きな家具や世話が必要な植物とは違い誰でも実現可能です。住んでいる場所に関係なく、あなた自身のタイミングで楽しむことができます。

 世界中がパンデミックにより外出制限がかかる以前、私はロンドン・ソーホーのブロードウィックストリートの角にある「End Clothing」へ旅に出ていました。昔はロンドンの薄汚い一角だったこの場所で、明るく真っ白な壁とガラスに囲まれた店内には、「Stone Island」や「Aime Leon Dore」、「アシックス」や「ナイキ」、「AMI」や「Acne」が並んでいました。2階には素晴らしい身だしなみ製品のコーナーがあり、大理石とステンレスに囲まれた深い四角いシンクには、「Aesop」、「Malin+Goetz」、「HAY」、「Escentric Molecules」などの最新製品がずらりと並んでいます。

 そこで、ゴアテックスのコートを着て、新品のスニーカーを履き、ヘアスタイルをばっちり決めた若い男性が何十人も立ち止まって製品を観察しているのに気がつきました。何十万円もするデザイナーズウエアや珍しいスニーカーを着こなす彼らは、インテリアや身だしなみ製品、ホームウエアのコンセプトに困惑し、少し気まずい思いをしているようでした。

 その様子は、Supremeやスニーカーといった最も人目につくファッションアイテム以外で、初めてセンスが求められている瞬間のように見えました。完璧に見えるような方でも、私たちは皆、何かしらのカタチで同じような経験をしているのです。

 「香りがはっきりと感じられる部屋に入るのは、気持ちがいいだけでなく、あなたが気を配っているのだという主張にもなります」と、End Clothingのクロウさんは言います。「スニーカーや服だけでなく、家の中の空間の香りや雰囲気にも注目してみましょう。『Byredo』や『19-69』のキャンドルも、「コモン・プロジェクト」や「Nike x Sacai LDV Waffle」のスニーカーも同じこと。あなたについて何かを語るアイテムなのです」

Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。