自然派高級リゾートの先駆者、「シックスセンシズ ホテル リゾート スパ」。自然環境そして地域社会との共生を理念に掲げ、企業の社会的責任を実行し続けてきたこのホテルグループ。サステナブル・ステイを名乗るアコモデーション(宿泊施設・宿泊設備)は次々に登場しています。しかし、「サステナブル」の明確な基準はないことが多く、実のないものも存在しているのが現状と言えます。そんななか際立っているのが、2023年スイスにオープンしたばかりの「シックスセンシズ クラン-モンタナ」。 ウェルネス系ホテルブランドの元祖とも言えるシックスセンシズが、「サステナブル ステイ」のためにゼロから構築したその場所に、エスクァイア日本版が日本のメディアとして初めて潜入しました。 

a city with snow covered mountains
© Six Senses Hotels Resorts
シックスセンシズ クラン-モンタナ(Six Senses Crans Montana)
Adress:Route des Téléphériques 60
3963, Crans-Montana, Valais
Switzerland reservations-cransmontana@sixsenses.com
+41 58 806 20 20 HP

ハイジの世界。アルプスに抱かれるリトリートリゾート

客室はわずか45室。現在、建設中の新館が完成しても合計78室(うち17室はサービスアパートメント)という小さ目の規模感。だからこそ丁寧なサービスが提供され、ゲストの情報があらゆる部署で共有されていることを実感できる、キメの細かさが心地いい。そのうえ、クリーニングスタッフに至るまで丁寧な対応が徹底されているなど、世界トップクラスのホテルスクールやマネジメントスクールで有名なスイスならではのサービスレベルを生で感じることができます。 

ミニマム43平方メートルとなる客室は窮屈さなど皆無。木の温もりが感じられるインテリアに、バスタブに浸かりながら眺めるアルプスの山々の景観には脳内がリフレッシュされるよう。

a bedroom with a large window
© Six Senses Hotels Resorts
スーペリア・テラス・ルーム(Superior Terrace Room)43~52㎡

シックスセンシズと言えば、もちろんスパ。セレブ御用達と名高い最高の施術を受けるもよし、6種類もあるサウナで整うもよし。でも、いちばんのおすすめはプール。半野外のプールは夜、泳いで外側に出ると、水面に浮かびながら高地ならではの透き通った空の向こうに満点の星を眺めることができます。

six senses crans montana pool with a person standing in it
© Six Senses Hotels Resorts
スパ内の半野外プール。無数のウッドスティックが降ってくるように配置された天井は圧巻。

さまざまな自然体験も用意。私が試したのはアルプスの山歩き。いわば遠足ですが、ガイドに連れられ、アルプスの壮大な自然をじっくり味わうと同時にクラン-モンタナに雪解け水を水道として引いた先人の努力を学べます。この雪解け水がぶどう畑を含む周囲の農業を発展させたのですが、垂直に切り立つ崖に水道を設置する際には多くの命が犠牲になったそうです。

そして何よりここはスキーリゾート。ホテルの目の前がスキー場のスロープになっており、冬は“スキーコンシェルジュ”から最適な装具やルートなどアドバイスをもらったら、ホテル内のレンタル施設で装着。そのまま滑走することが可能です。

しかし真の意味で感嘆するのは、これら高級リゾートの基本的価値をしっかりと押さえながらも、徹底したサステナビリティ追求を実行している点です。

a deck with a table and chairs on it with snow and trees in the background
© Six Senses Hotels Resorts
日本食レストラン「Byakko」。名前の由来はもちろん「白虎」から。テラス席の目の前がゲレンデ。

サステナビリティ追求のためのホテル建設

クラン-モンタナは、高級スキーリゾートとして世界的に知る人ぞ知るスポット。ジュネーヴ空港からおよそ1時間、鉄道駅シエール/シダール駅(Sierre/Siders)からケーブルカー(Funiclaire)に乗り換え、岩の急斜面を上った終点のモンタナ・ギャール(Montana Gare)が最寄り駅。

終点で待っていたのはメルセデス。もちろんEV。車内備え付けのミネラルウォーターは「No Plastic Water」という名前で、アルミ缶入りでした(スイスはアルミの回収・再生率が高い)。

a person standing next to a car
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ケーブルカーを降りた先で待っていてくれたドライバー。

硬い岩山のくぼ地を利用した『バットマン』の要塞かのような坂道をしばらく進むと、ついにエントランスが出迎えてくれます。

建築材は輸送時のCO2削減のため、全て近接する山の木材を使用。かつ、壁材は建築現場から出た廃材を再利用したものとのこと。安定した岩盤は年間を通して温度を一定に保ってくれるそうで、自然を利用した熱エネルギーの節約が期待できます。 

a close up of a rock wall
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遠足中、山肌に現れたスレート。近隣の家の屋根材としても使用されている。
six senses hotel entrance with a large stone wall
© Six Senses Hotels Resorts
エントランスやホテル内の石壁は、この土地が誇る資材である花崗岩やスレート(粘板岩)。

熱エネルギーの回収・再利用

驚くべきは熱エネルギーの「再利用」システム。極寒の地では、如何にホテル内の熱エネルギーを無駄に「漏らさないか」が鍵。そのため、あらゆるエネルギーが回収されています。その最たる場所がキッチン。大量の熱を放出する料理現場からは換気扇を通じて排気されますが、この排気に含まれる熱を特殊なポンプで回収し、シャワーなどに必要な温水に利用しているのです。 

a room with machines
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特別に入らせてもらったのは、熱回収ダクトなどが設置された“テクニカル・ボイラー室”。

さらにテーブルウォーターなどの飲み水は、全てホテル内で製造。ペットボトルのミネラルウォーターの提供をゼロに抑え、プラスチックと運送に係るCO2削減に貢献。加えてレストランの食料の8割をスイス産にすることで、さらなるCO2削減を実現しています。驚くのはホテル内の本格的日本食レストラン「Byakko」でさえ、使用食材の6割がスイス産であるという点。これは山の中で養殖できる魚を利用したりと、可能な限りの努力の結晶です。

a plate of food
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「Byakko」の握りずし。サーモンに見えるものは土地で獲れるマスの一種。

1日125kgをたい肥化

地産地消を徹底しても、野菜切り落としや食べ残しによる環境負荷は不可避。ここでも1日125kgもの生ごみが生まれるそう。ですが、その生ごみをシックスセンシズ クラン-モンタナは、なんとすべてコンポストに。それを可能にしているのが、たい肥マシーン。AI制御で最適な発酵を進め、効率の良いたい肥化に成功してるとのこと。

とは言え、この機械をはじめ壮大な熱回収システムも、飲み水製造マシーンも、全てとてつもないコストがかかっています。どうしたら、そんな投資が可能になるのか…シックスセンシズ クラン-モンタナのサステナビリティ担当、ドミニク・デュボワ氏に訊(き)きました。

a rectangular electronic device
© Six Senses Hotels Resorts
サステナブルベンチャーが開発したコンポストマシーン

サステナブル担当が語る「奪わないサステナビリティ」

デュボワ氏によれば、「スイスのゴミは埋め立てる土地が少ないため、基本的に焼却処理。ですが焼却はエネルギーコストが高く、事業ゴミ収集にかかる費用が(日本とは)比べ物にならないほど高い」。その一方、リサイクルゴミとして出すと政府が無料で回収してくれる。つまり、“ゴミ”分別の労力(不純物が混ざるとリサイクルがしにくくなるため厳しい)が経済的価値を生み出す仕組みを、国が先導しているというわけです。これがもし、すべてのゴミ回収が同じ値段なら、分別の労力はするだけ損することに。

大幅にコストが削減されるシステムならば、企業がそこにコストをかける理由になり、かつ、働く人々ひとりひとりの努力も無駄にならない。国がそういった「持続可能性のある持続可能性追求」のシステムを構築しているというわけです。労力を割いても1銭の足しにもならない状況では、サステナブルはただの精神論で終わる…。それを十分に理解した政策と言えます。

そのためスイスでは、建築資材すらも可能な限り再利用することによって利益を得ることができるのです。そうして先述の通り、高級リゾートの内壁に使えるほどの資材がリサイクルされているのです。

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とことん分別すると言うゴミ収集所の全貌は社外秘でした。ですが、一部だけ写真撮影を許可してもらいました。

必要なのは“加える”サステナビリティ

「私たちは、ゲストから何かを“奪う”サステナビリティは追求しません。必要なのは、ゲストの活動にサステナビリティを“加える”ことです」

高級ホスピタリティビジネス本来の価値を失わずに、持続可能なものにしていくにはどうしたらいいのか? 「だって、サステナブルだから」を理由に何かの楽しみを無くすことではなく、どうしたら持続可能にできるのか? ――デュボワ氏はこれらを徹底的に考え尽くすことで、リゾートライフ自体における“持続可能”の真なる価値を追求したということ。

確かに、何かを「しない」安易な解決方法を続けていけば、最終的には“人間はその活動を止めればいい”ということになるわけで、それは最終的に“人間の生命の否定”にもつながるでしょう。

こういった安易な持続可能性から脱却するために最も必要なこととは? デュボワ氏はこう説明してくれました。

「サステナブル担当者は、コストを覚悟するべきなのです」 

a large kitchen with a large table
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ホテル内にある”アースラボ”がデュボワ氏の職場。CO2算定から目標設定、日々の分析、そしてゲストへのレクチャーまでをここで行う。いちばん奥に見えるのは飲用水製造機。

サステナブルにはお金がかかる

「エコロジー=エコノミー」と捉えるのは、昔の寓話と言えるでしょう。「家計にも優しいからティッシュペーパーを半分に切る」といったレベルの発想では、もはやこの気候変動には追いつかないことは自明の理。今やサステナビリティは、最も資金を必要とする分野になったのです。

ところが準備資金もないのに「できることをする」をいい訳に、とりあえず外部アピールが第一目的のガタガタなシステムを構築している現状は(かなり)よく見られます。所詮、サステナブル担当者もイチ会社員(かつ、中には信仰的とも言えるほど視野が狭くなっている人も)、自分の成果のためにバラックのようなツギハギのサステナビリティシステムを構築するだけで終わる可能性もあります。

そこでデュボワ氏は、そんな罠に自らが陥らないよう「自身のポジション自体を変えたるよう進言したのです」と言います。

a person standing next to a display
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ドミニク・デュボワ氏はスイスのホテリエスクールを卒業したのち、コスタリカのリゾートに就職したことからサステナビリティ担当としてキャリアをスタートさせたとのこと。「コスタリカは唯一無二の自然無くして観光が成り立たない国。いわばそこで“目覚めた”わけですが、かの地の経験が今の自分に役立っています」

サステナビリティ担当者は責任を負うポジションと権限をもつべき 

「私はこのホテルの創立メンバーのひとりであり、取締役のひとりでもあります。それは、そうするように社長に直接交渉しました。でなければ、『本当の意味で持続可能性を追求するシステムは構築できない』と思ったからです。 社長に直接進言でき、相談ができるレポートラインを確保しなければ、私の話を各部署の管理職は真剣に聞かないでしょう。その決定に責任を負えない人間の話を、誰が納得し行動まで起こしてくれるでしょうか?」

彼は、社員のトレーニングから、20万匹のミツバチの世話をしてもらう地元養蜂家との口約束の「契約」まで、全てを手掛けています。そして、そこにどれだけのコストをかけるか?まで。 そこまでの決定権を、彼は握っているのです。

a laptop computer on a table
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毎日の廃棄物排出量を部署ごとに日々整理し、月ごとに取締役たちにレポートするのもデュボワ氏の責務。

トレーニングにかかる各社員の時給(労働時間に換算しなければ、サステナビリティの名のもとの搾取になる)や、ごみを分別するためにいる専門担当者の給与決定などは確かに、財務的な権限がなければスムーズにやり抜くことはできないことではないでしょう。

ですが、そういった権限をもつと同時に、「専門的で地味な作業も欠かせません」とデュボワ氏は言います。部署ごとに成果を数値化し、不公平な達成目標を強いないようにしたり、現場で働くスタッフからの細かな聞き取りに奔走するだけでなく、毎日ゴミ収集所に出向き、分別が正しく行われているかを確認しに行くそうです。

そういった姿をスタッフたちが何気なく見ているだけでも、その真剣度が伝わるはず。デュボワ氏もその自身の姿勢こそが、スタッフ全体をサステナブル思考へと誘うために大切なことだと自覚しています。とりあえず都合のいいことを口で言っているサステナビリティ担当者とは、一線を画していることが痛感できました。

a person pouring a drink into a glass
© Six Senses Hotels Resorts
養蜂場で獲れた蜜蝋でキャンドルづくり。とりわけ子どものゲストに喜ばれる体験だそう。

高額な宿泊費はサステナビリティのために

「何のためにお金を払っているのか。自覚的になってもらう仕掛けを」

シックスセンシズ クラン-モンタナの宿泊料は、確かに決して安いものではありません。しかし、彼が(以下に記載)説明したように、ゲスト側がその高い宿泊料の理由がサステナビリティにあることをわかるようになっていることに気づきます。

スキーショップのアイテムはスキー板からワックスに至るまで、全て環境負荷の低いものでそろえられ、たい肥を使った農園で作物を維持するスタッフもおり、蜂蜜のため地域の養蜂家も雇い入れ、プールの水は水質汚染を避けるため安価な塩素に代わって特別なUV殺菌システムを採用しています。

さらにシックスセンシズは、各ホテル全売り上げの0.5%を持続性追求のための活動を進める企業・団体に寄付。シックスセンシズ クラン-モンタナも、オオカミ保護の2団体とミツバチの飼育繁殖の団体、種苗バンク、アルプス地域の植物生態系保護団体に資金を提供しているのです。

(純利益ではなく)「売り上げ」全体の0.5%と言えば、相当の割合と言えるでしょう。それほどのコストをかけて地域の環境保全に取り組んでいると知るだけでも、十分に高額な宿泊費を払う動機になり得ます。

a kitchen with a counter and a table with food on it
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アースラボのホワイトボードには、ホテルの理念が分かりやすく図説してある。

さらなる課題:難しい人材確保 

とはいえ、これまでデュボワ氏が胸を張って説明してきたシックスセンシズ クラン-モンタナにも課題が…。最も困難なのはやはり、「人」だそう。

「地域社会のことを考えれば、この土地の人やスイス人を雇うことが最良の貢献でしょう。ですが、『ホテルビジネスの経験があり、フランス語と英語が使えて(クラン-モンタナは仏語圏)…可能ならドイツ語も。最近はスペイン語圏からゲストも増えているため、スペイン語も話せるとなお良し』なんて人材は、もっと稼げる国へと移住してしまいます。悩みどころですね」

サステナビリティを謳(うた)いながら、平気で人材を(ときに、“搾取”の片棒を担いでいることをうすうす感じながらも)安価な海外に求める企業も多い中、社会と雇用の問題にも悩む人物こそが真のサステナビリティ担当者ではないでしょうか。それだけでも、シックスセンシズ クラン-モンタナの誠実さが透けて見えます。

リゾートとして楽しむのはもちろんのこと、今後の持続可能性事業の見本として研修先としても最適であるように思えるこのホテル。まだスタートして わずか数ヶ月。さらなる進化に期待したくなります。

a table in a room
Esquire Japan
仮眠もとれる従業員の休憩室はまるでプレイルーム。労働環境にも当然のように気を配っている。

●問い合わせ先
0120-677-651(IHG内)