普段は色柄のスーツやシャツタイを自在に使いこなし、ハイレベルなスーツスタイルを実践するウェルドレッサーたち。果たして彼らは、「基本のビジネススタイル」をいったいどう着こなすのか? 控えめにして実はこだわり満載。そんな正統の美学を探ります。今回は、ユナイテッドアローズ クリエイティブ アドヴァイザーの鴨志田康人さんです。

自由な時代だからこそ、
規律あるスタイルが刺激的

目下、クラシックファッションの世界で最も著名なウェルドレッサーのひとりとして知られる鴨志田康人さん。「仕事服とは違う、自由に楽しむスーツスタイルを日々模索している」と話しますが、一方で正統派ビジネススタイルも決して嫌いではないそう。

「ビジネススタイルにとって最も大切なことは、個性を消すことだと考えます。目につく遊び心や自己流の装いは不要。極力オーソドックスに徹し、装いは身だしなみと心得ることが肝心です。こう聞くと退屈そうに思えるかもしれませんが、個性を消すことにもある種の愉しさがある。

私はアイビーでファッションに目覚めたのですが、そこは“〇〇すべし”、“〇〇すべからず”というルールが絶対視される世界でした。ルールを知り、忠実に守る。これがアイビー党の悦(よろこ)びだったわけです。私にとって個性を消す装いは、そんな自分のルーツを再訪すること。ファッションが多様化し、自由な服装が浸透しつつある今こそ、様式美を重んじたスーツスタイルもいいなと改めて感じます」

スーツ
Yuko Sugimoto(Yukimi Studio))
スーツは黒と紺の糸を混ぜたヘリンボーン。「紺無地の場合モヘア混や粗引きの平織り、冬ならフランネルなど、素材に表情のあるものが好みです」と鴨志田さん。シャツは基本のポプリン生地。上質かつデリケートすぎない120双あたりが鴨志田さんの定番。「スーツが表情あるヘリンボーンなので、白無地シャツだとさっぱりしすぎに感じます。なのでブルーシャツを選びました」とも言います。

さらに、“〇〇すべし”の時代を経験していない世代にとっても、正統派ビジネススタイルは魅力的に映るはずと続けます。

「定型やルールのないファッションに親しんできた方々にとっては、こういうストイックな世界が新鮮に感じられることもあるようです。“なんでもあり”が当たり前だからこそ、規律のあるスタイルが刺激的に映る。われわれの世代とは逆コースですね」

スーツ
Yuko Sugimoto(Yukimi Studio))
靴はストレートチップではなくパンチドキャップトウ。「ビジネススタイルにおける最もオーソドックスな靴だと思います」

「なぜそういう現象が起こるのかと考えれば、やはり正統の装いには不朽の魅力があるからではないでしょうか。個人的にも、50〜60年代のアメリカンクラシックスタイル、グレーやネイビーの無地スーツに白シャツと黒のニットタイを合わせ、ハットをかぶるような着こなしは今でも最高に格好いいと思います」

スーツ
Yuko Sugimoto(Yukimi Studio))
時計はカルティエのタンク。貴重なプラチナ製。

どこで奥行きを出すか。
それが“ただの普通”を脱する鍵

個性を消し、基本を順守する。それでいてなお、鴨志田さんの着こなしには際立つエレガンスが漂います。“平凡な普通”にならない秘訣はどこにあるのでしょうか?

「やはりクオリティでしょうね。例えば、シャツの丁寧な仕立てや上質な生地の光沢。繊細なリネンのチーフが生み出す美しいドレープ感。それぞれのアイテムが宿すクオリティの相乗効果が、ベーシックな装いにも奥行きをもたらしてくれるのです。普通なものほど、クオリティにこだわりたいですね」

スーツ
Yuko Sugimoto(Yukimi Studio))
薄マチのドキュメントケースは、クラッチバッグのように抱えて持つことが多いそう。
ユナイテッドアローズ クリエイティブ アドヴァイザー
鴨志田康人さん

1957年生まれ。ユナイテッドアローズに創業メンバーとして参画し、現在はポール・スチュアートのディレクターとしても活躍。美大出身で、服飾だけでなくアートや建築にも造詣が深い。


Photograph / Yuko Sugimoto(Yukimi Studio)
Composition & Text / Ryuta Morishita, Hiromitsu Kosone
Edit / Masahiro Nishikawa, Kazumoto Kainuma