[目次]

▼ 加齢による認知機能への好影響とは

▼ 加齢によって生じる偏見

▼ 脳寿命を延ばす、画期的な方法

▼ 脳の若さを保つための3つの方法


2021年にジョー・バイデン氏が78歳で史上最高齢のアメリカ合衆国大統領に就任して以降、「大統領に年齢制限を設けるべきではないか」という疑問が世間で囁(ささや)かれるようになりました。そのまま大統領の2期目まで満了すれば86歳という高齢になり、また対抗馬のドナルド・トランプ氏もそのときには82歳ということで、その疑問はなかなか深刻な意味を持ちつつあります。80代の人物が大統領の職責を全うするに足るだけの認知的柔軟性や精神的強度を持ち合わせていると、はたして本当に言えるのでしょうか?

ジョーバイデン 米国大統領
Drew Angerer//Getty Images

「脳の老化には逆らえない」というのが、今日の生理学的な知見です。日本では、厚生労働省が発表した資料『認知症ケア法-認知症の理解』資料の中で、「40歳を過ぎると、脳の萎縮が始まり、65歳頃までに肉眼的にも明らかな萎縮が見られるようになる」とつづられています。その具体的な割合は研究によってさまざまですが、ある研究では、「人の脳は40歳を過ぎると10年ごとに約3パーセントずつ縮みはじめ、80代になるとそれが5パーセントに及ぶ」と具体的な数値も示されています。

これは、「情報処理速度が遅くなり、つまり記憶をたぐり寄せたり無駄な思考を回避することがどんどん困難になっていく」と言えるはずです。血管が硬化し、そこにプラークの蓄積するようになった脳に至っては、それらの機能がさらに低下する可能性が高まります。

ただし、脳の劣化が私たちの日常生活に及ぼす影響について、これまでの認識を覆そうと試みる科学者も存在します。カリフォルニア州サンタモニカにあるパシフィック・ニューロサイエンス研究所(Pacific Neuroscience Institute)で認知健康科学部門のディレクターを務めるスコット・A・カイザー博士*1は、「脳の容積が減少することは確かだが、それが脳全体の機能に大きな影響を及ぼすか否かは、まだはっきりとしたことが分かっていない」と述べています。そして。深い洞察力や感情のコントロール、高い判断力の求められる職務は、高齢であっても経験豊富な脳のほうが適している場合もあるという見解です。

また脳の機能は、必ずしも年齢によって左右されるものではありません。つまり、年齢はさほど問題ではないという見方になります。ノースウェスタン大学ファインバーグ医学部の神経学者マレク・マルセル・メスラム博士*2は、「時間の経過が脳の機能に及ぼす影響は、個人によって大いに異なる」と言います。

「年輪を重ねた脳の利点を認めるべきではないか?」という文化的議論も、新たに熱を帯びています。大統領選の高齢であろうがなかろうが、進めて然(しか)るべき議論と言えるでしょう。

加齢による認知機能への好影響とは

「年齢を重ねるにつれて視野が広がるばかりでなく、情報処理の精度が増すことで、判断力が高まる場合もある」と言います。「積み重ねてきた人生経験が知恵として蓄積され、直観的な判断力が磨かれるということです」と語るのは、モダン・エルダー・アカデミー(Modern Elder Academy)の共同創設者であり、また『職場で生きる知恵:現代における年齢の重ね方(Wisdom at Work: The Making of a Modern Elder)』の著者でもあるチップ・コンリー氏*3です。

いわゆる「結晶性知能(※編集注:経験や学習などから獲得される知能のこと)」という概念によれば、人は蓄積してきた知識によって判断力を高めていくということになります。「パターン認識能力が高まり、複雑な問題をより的確に理解できるようになるのです」とコンリー氏。つまり、「状況を速やかに判断し、より迅速に問題解決の道筋を見いだせるようになる」ということです。

ドナルド・トランプ
Pool//Getty Images

脳内のシナプスの結合は高齢になっても変わらずに継続するという、「神経可塑性(※編集注:しんけいかそせい=脳は加齢と共に硬化するのではなく、生涯を通じて変化し続ける柔軟な性質を備えている、という考え方)」と呼ばれる概念*4があります。

それは、新たな局面や状況に適応するための脳の能力は、いつまでも成長し続けるという解釈になります。また、「認知予備力(※編集注:脳の病理や加齢の影響を受けても認知機能の低下を抑える個人の潜在的な能力のこと)を高めることで、脳の健康状態が悪化するようなことがあっても、認知機能の低下を遅らせることができる」とも言います。

つまり、感情をうまく抑制することのできる高齢者であれば、トップの地位に立って効果的な判断を下すことだって可能と言えるでしょう。例えば甚大なハリケーン被害が生じた場合、その日のうちに適切な行動を起こし、被災者に寄り添い、地政学的な危機的状況に即座に対応しなければなりません。マサチューセッツ工科大学(MIT)で加齢研究を行うエイジラボ(AgeLab)の研究員アダム・フェルツ*5は、「若い脳の処理速度だけが全てではない」と語ります。

加齢によって生じる偏見

「高齢のリーダーに何を求めるか(また、どのような価値を見いだすか)? という議論を進めるためには、高齢化にともなうメリットについても知っておく必要がある」と指摘する専門家もいます。

バイデン大統領の足がもつれたり、言葉が出てこなくなったり、またトランプ前大統領が歴史的な重大事件を覚えていなかったり(「いま人類は“第2次世界大戦”の危機にひんしている」というトンチンカンな発言もありました)といった衰えは、必ずしも認知能力と関係しているとは限りません。

「指導者の年齢についてめぐる議論は、正しい文脈に沿って行われているとは言いにくい」とフェルト氏は指摘します。個人の能力の衰えに対する正当な懸念と、高齢者差別とは区別して考えなければなりません。

「世界有数の投資家であり、経営者、慈善家のウォーレン・バフェット氏に対して、『もう93歳なのだからそろそろ引退すべき』と言える人などいないはずです」と、コンリー氏は言います。

「アンチエイジングについては既にあれこれ言われていますが、私が伝えたいのは、アンチエイジングの反対、つまりエイジングを称賛する“プロ=エイジング”の考え方です。人々は以前よりも長寿になり、よりバイタリティに満ちており、昔では想像もつかなかったほど活発です」とコンリー氏。つまり、年齢や歩き方、話し方などにとらわれず、その人自身がどのような考えの持ち主であるかに意識を向けるべき…とうことになります。

「新しい経験を恐れてはいないか? 新しいアイデアに対してオープンマインドでいられているか? 好奇心はまだ旺盛なままか? そのようなことから個人の認知的なコンディションが分かります」と、コンリー氏は続けます。

「シナプス間に新たな接続が生まれ続けているのなら、若々しさと活力とが保たれているということです」

ですが、現在のアメリカ合衆国議会が史上最高齢となっているためか、「政治家に年齢制限を設けるべきである」とか、あるいは「脳の適性検査を義務化すべきである」というような議論が絶えません。「70歳を迎えた時点で、全国民に認知機能検査を受けさせるべきだ」という意見さえ聞かれます。

明確にしておかなければならないのは、70歳という年齢が認知障害の一つの目安ではないということです。ただし検査を開始するには、良いタイミングと言えなくはないかもしれません。「脳の老化は個人によって進行が異なる」と、メスラム博士は念を押します。

「例えば5歳児を何人か比べても、身長や語彙(ごい)力、認知能力に大きな差は見られません。しかし85歳の人々を比較すれば、何もかもが全く異なるのです。85歳でのアルツハイマー病の発症率が3割強ということを考慮すれば、アルツハイマー病を患っている人もいて当然です。ただし、なかには“スーパーエイジャー(※編集注:中年の平均値と同じくらいの認知機能を持つ80歳以上の人)”も混じっているかもしれません。その運命を決するのは、遺伝、環境、ライフスタイル、それまでの波乱に満ちた人生の全てです」

今日における一般的な認知機能検査では、第1段階として医師による問診や図解テストなどが行われています。血液検査や脳スキャン、それから発話パターン認識ソフトなどによって、認知機能に関わるより正確な結果が将来的に検出されるようになるでしょう。

認知障害を患ったとしても、希望を失うべきではありません。アルツハイマー病に対するさまざまな治療法の研究が進められていますし、また長寿医療への関心の高まりにともなって老化タンパク質の薬学研究も行われています。

neurocognitive fitness for men over 70
Blake Kale

「脳寿命」を延ばす、画期的な方法

認知能力に寄与する新薬に期待したくなるのは当然です。ですが、誰にでも簡単に実践できる効果的な方法があることも知っておくとよいでしょう。社会的な人間関係や、加齢に対する考え方によって、認知能力の健全性に差が出るという新たな科学的知見もあります。

シカゴ大学のスーパーエイジャーズ・リサーチ・イニシアチブ(SuperAgers Research Initiative)*6を率いる神経科学者のエミリー・ロガルスキー博士*7は、「社会的なつながりを持つことがいかに健康な脳寿命に寄与するか」についての研究を進めています。「“友情”の正反対にある“孤独”によって、体内で炎症が起きやすくなったり、血圧が上がったり、血栓が増加したりすることがある」とロガルスキー博士は言います。

社会との関わりといっても、どのように関われば脳の健康維持に役立つのかを定量化するのは困難です。親友との長電話、あるいは職場の同僚やカフェのバリスタ、スーパーのレジ係とのちょっとした雑談…社会との接し方はさまざまです。

ロガルスキー博士の研究チームは、ウエスタン大学との共同研究に乗り出しました。500人以上のスーパーエイジャーの胸部、足首、手首にセンサーを装着し、睡眠、身体活動、社交的活動などが脳にどのような影響を及ぼすかを調べているのです。

「これまでは、日常における活動量や睡眠時間などに関する主観的なデータに基づく研究が主流でした」と、ロガルスキー博士は言います。それが今ではデバイスで集積するデータを、脳の構造や機能の測定値と合わせて分析することが可能になっているのです。技術の進歩によって、どのような社会生活が脳の認知機能に寄与するのか? そのエビデンスの発見が期待されています。

また、「信念とともに生きること」がアンチエイジングに役立つことを示唆する研究結果も存在します。加齢を肯定的に捉える人はそうでない人と比べ、平均7年以上も長生きするという有名な研究報告*8が2002年にイエール大学でまとめられています。最近MITエイジラボの研究者テイラー・パツカニック氏*9が行った、85歳以上の高齢者75名を対象にした調査研究でも同様の結果が示されました。

「私たちの持つ老化に対する認識を再定義しなければなりません。高齢でも生き生きと過ごす人々の存在は、老化が決して悪いことばかりではないことを教えてくれます」とパツカニック氏。

調査に参加した被験者の中にはホロコーストの生存者も含まれており、大きな困難を乗り越えた末にこれほど長く生き、人生を回復させたことを彼らは誇らしく感じています。認知機能の衰えなど、どこ吹く風といったところです。

第3、第4あるいは第5のキャリアを模索するようなこと(そしてこれまでの定年退職の年齢が見直されるようなこと)も珍しくなくなった今日、老後の人生になにを期待し得るのかが社会的な関心事となっています。

年齢によって人を区別するという考えは、もう古くなっているのかもしれません。高齢者をいたわるだけでなく、今や、「高齢者がいかにしてその後の人生を切り開いているのかに注目すべき時代」と言えるでしょう。

脳の若さを保つための三つの方法

1:多様なワークアウト

「有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせは、脳にとって魔法のような効果を及ぼします」と述べているのは、ニューヨーク州のマウント・サイナイ・アイカーン医科大学で老人病学の研究を行うオードリー・K・チュン博士*10です。

運動によって心拍数が上がることで脳の血流が増え、血圧が安定することで脳へのダメージが予防されるということ。そこでは、レジスタンス運動(※編集注:スクワットや腕立て伏せなど、狙った筋肉に抵抗をかける動作を繰り返し行う運動のこと)も重要で、「神経細胞の成長や脳の適応能力を保つのに役立つタンパク質の循環が促進されるから」と言います。

2:学習意欲

よく学ぶ人ほどアルツハイマー病を患うリスクが低いのは、「認知予備能力」の高さによるものとされています。「学歴とは無関係に、好奇心を失わず生涯学習に努めることもアルツハイマー予防に役立つ」という説もあります。

3:ノンアルコールビールで乾杯

「グラス何杯かの赤ワインが健康に良い」という説があったことを、覚えている人も多いでしょう。ですが、2021年にイギリスで行われた調査の結果、アルコール摂取はその種類や量を問わず、脳の縮小を促すことが判明しています。それは、2万5000人以上の飲酒者を対象にした調査*11です。

「今や、アルコールが神経毒として作用することは常識です」とチュン博士。ということで、飲酒は1日一杯までにとどめるか、できればノンアルコールのビールやワインに限定するのがよいようです。


脚注

*1: 厚生労働省が発表した資料『認知症ケア法-認知症の理解

*2:Pacific Neuroscience Institue

*3:Northwestern Medicine

*4:Chip Conley

*5:厚生労働科学研究成果データベース「老化脳における神経の構造可塑性制御分子の発現と機能に関する研究」を参照」

*6: Adam Felts

*7:The University of Chicago

*8:Alzheimer's Association

*9:You Could Live 7 Years Longer With This Mind Change

*10:MIT Agelab

*11:Mount Sinai

*12:medrxiv

Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です

From: Men's Health US