米IT起業家のブライアン・ジョンソン氏(AC/DCのリードシンガーではありません)は、45歳の肉体に18歳並みの外見と機能を取り戻すプロジェクト「ブループリント」に、年間約200万ドル(約3億円)を投じています。彼は30人以上の医師やヘルスケア専門家のサポートを受け、自身のさまざまな身体機能を追跡管理。1日に110種類以上のビタミンを摂取しながら、食べるもの全ての成分をモニタリングするという徹底ぶりで、もはや年齢不詳の身体を追求することがフルタイムの仕事になっています。

そうして自らが実験台となり、その中でわかったことを全て「ブループリント」の知的資産にし、他の人々がより長く若さを保つために役立てようとしています。ただし、これにあやかりたいと願うなら、この複雑で莫大な費用のかかるアプローチを再現できるだけの資金とリソースを持っている人に限られますが…。

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そして、そんな億万長者はジョンソン氏だけではありません。例えば2021年にマサチューセッツ工科大学が運営するTechnology Review, Inc.が運営する科学技術誌『MIT Technology Review』のウェブ版に、「アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが、人間の寿命を延ばすことを望む新しいアンチエイジング新興企業であるAltos Labs(アルトス・ラボ)に投資した」と報じられました。このように富豪たちは何十億ドルという多額の費用をかけ、不老にチャレンジしているようです。ですが、永遠の若さを求める彼らもいずれは、「物理法則」という残酷な障害物に突き当たることになる…かもしれません。

消耗の物理学

cut up face showing old and young woman
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人間が老化する理由は、いくつか考えられています。進化論的には、「生き物(人間、動物、植物問わず)は必ず老いて死を迎え、世代交代をしなければならない」という説があります。この説では、「私たちの身体がある時点で自己修復機能を停止するという事実は、設計上の欠陥ではなく一つの特性」ということになります。

この説に代わり、また時にはこの説とともに唱えられている「老化消耗説」もあります。生物物理学者でナノ力学専門家のピーター・ホフマン博士は、科学誌『ノーチラス・マガジン』の中で、「細胞の複製や体内の必要な場所への栄養素の運搬まで、さまざまな機械的な動きを実現する多様な『分子マシン』が存在している」と雄弁に語っています。「分子機械」とも呼ばれる「分子マシン」 は、(1マイクロメートル <μm=0.001mm=1.000m×10-3>から数ミリメートル程度の)ミクロスケール、そして(1ナノメートル <nm=0.000000001mm=1.000m×10-9>から100ナノメートル程度の)ナノスケールで制御された機械的動きを起こす分子あるいは分子複合体のことを言います。

さらにホフマン氏は、「これらの分子マシンが仕事をする際には、何千もの水分子に取り囲まれながら、1秒間に何兆回もランダムな衝突を起こしています。これは物理学者たちが遠回しに『熱運動』と呼ぶものになりますが、『暴力的な熱カオス』と言ったほうが適切かもしれません…」 と論じています。

「ではなぜ、熱力学第二法則*が老化の原因と考えられるのか? それは、熱力学第二法則は多様な分子の挙動を支配しており、老化に関する他のさまざまな理論の究極的な原因を説明するものだからです」

※熱力学第二法則:「熱は熱いものから冷たいものへ移動するが、その逆は成立しない」というもので、それは「エントロピー増大の法則」と「クラウズスの原理」、そして「トムソンの原理」で説明されます。興味のある人は、ご自身でぜひお調べください。かいつまんで言えば、冷えたコーヒーは、自然と外部の熱を吸収し、ホットコーヒーにはなることはない」ということになります。

「こうした熱力学的な運動は、分子機械が仕事をするためのエネルギー源を供給しますが、分子間の結合を切断する役割も担っている」ということ。そうして同僚とこの作用を実験室で再現したホフマン氏は、次のように続けます。

「受けた力に対してプロットされた分子結合の残存確率は、年齢に対してプロットされた人間の生存率と似ていることがわかりました。(中略)つまりこれは、タンパク質の結合が切れることと老化、そして老化と熱力学的な運動との間に関連性がある可能性を示唆しています」

これを言い換えれば、私たちは基本的に生きているだけで“消耗”を経験しているということ。ただし無生物とは異なって、私たちはそのような損傷を受けてもシステムを修復することが可能であることはわかっていること。ですが、それでもその修復には限界があるということになります。

老化研究の第一人者であるレナード・ヘイフリック博士(解剖・微生物学)は、「ヘイフリック限界」(ヒトの細胞は細胞分裂できる回数が決まっており、限界になると細胞分裂を停止し、加齢に伴って別の形態をとる)という法則を提唱しました。自身生涯をかけた研究の結果、ヘイフリック氏は「老化消耗説」を支持しています。

ヘイフリック氏は、2015年にカリフォルニア大学サンフランシスコ校で行った生物学的老化に関する講演で、「宇宙に存在する万物には、同じ理由で老化てしていきます。それは、あなたの『クルマ』がどんどん魅力的になっていくのと同じ。車自体そしてその設計図にもなんらその指示はないのに、経年変化することを知っているいるからです」と述べました。

そしてこう続けます。

「ではなぜ、熱力学第二法則(熱現象の不可逆性)が老化の原因と考えられるのか? それは、熱力学第二法則は多様な分子の挙動を支配しており、老化に関する他のさまざまな理論の究極的な原因を説明するものだからです。この法則は現在の技術で検証可能であり、実験することができます。そして普遍的なものであり、生物と無生物の両方に当てはまるものです」と。

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「エントロピー(分子の乱雑さ)」という概念は、ドイツの理論物理学者ルドルフ・クラウジウスが初めて提唱したとされています。熱力学第二法則、いわゆる「エントロピー増大の法則」では、「外界と熱のやりとりがない環境で物理的プロセスが不可逆的である場合、系(物理用語で考察の対象を意味する)と外界のエントロピーは増大する。最終エントロピーは初期エントロピーより大きくなるに違いない」とされています。

例えばリンゴを食べるとき、その果実は低エントロピー状態から始まり、咀嚼(そしゃく)し消化され、体内燃焼システムに取り込まれるという過程が進むにつれてエントロピーが増大します。エントロピーは、私たちの複雑な身体システムにおける何十億もの異なる分子プロセスの間で増大します。長く生きれば生きるほど、より多くのエントロピーを経験することになります。そうして新たなエントロピーの機会が生まれるたびに、新しいエントロピーのプロセスが次々と開始されるということになります。

身体全体の老化を
遅らせることはできるか?

私たちの身体が受けるダメージは、部分的に元に戻す修復能力があります。ですが、200種類約37兆個もの細胞が互いに影響し合っているため、連鎖的にその影響も波及します。さまざまな分子損傷を検知して全てを元に戻すには、修復システムが追いつかないということなるのです。

ホフマン氏は、『ポピュラー・メカニクス』誌に次のように語っています。

「人間の身体というのは、『多様な活動がさまざまなものと非常に複雑に連動するシステムの階層的ネットワーク』であり、DNAが少しでも損傷すると修復メカニズムに影響が及び、修復スピードが少し遅くなる…この積み重ねになります。(中略)原理的に全てを修復することは可能なのですが、実際にはシステムの複雑さがそれを不可能にしてしまうのです」

最近の研究では例えば、DNAからアミノ酸配列の情報が“転写”され“翻訳”されて行われるタンパク質合成は、生物の加齢に伴って低下することがわかっています。細胞内のほとんどの働きはタンパク質が関係しており、組織の構造と機能を担っているため、この結果が老化として現れることになります。

young and old hands point together
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もちろん、細胞や臓器への損傷を減らすような生活をしていれば――つまりは、座ってばかりで運動不足でいる状態や、アルコールの飲み過ぎなどを避け、身体の活動維持に適切な栄養を摂っていれば、身体の自己修復能力に過剰な負担をかけることを抑えられるので、老化のプロセスを遅らせることができるかもしれないのです。

一部の科学者の中には、「若いマウスから輸血を受けた老齢のマウスが長生きした」という研究結果を発表しています。ですが、この結果は必ずしも人間には当てはまらないでしょう。 そこでこの他、人間が定型的に老化を遅らせられる方法は実際あるのでしょうか? その答えに関してホフマン氏は、「イエス」と話しています。

それには低温が有効な場合があり、低カロリーの食事も有効であろうということ。回虫とマウスを使った研究では、時間的に変動しない中程度の静磁場にさらされると、身体システム全体の老化を遅らせる可能性があることが示されています。しかしその一方で、逆に電磁場での暴露が老化を促進する可能性があることが示された研究もあります。そう、ホフマン氏も認めるように、老化とは非常に複雑なプロセスなわけです。

老化自体は病気ではありません。病気には原因があり、誰もが必ず経験する普遍的なものではありません。一方で老化とは、全ての生物に普遍的なもの。その唯一の原因は時間の経過となります。

ホフマン氏は「ビタミンC、B、Aを多く摂取し、身体に良いとされる果物を食べ、美しい場所に住み、毎日瞑想し、エクササイズも怠らな生活を送っていれば、幸運なら110歳まで生きることができるかもしれません。とは言え、160歳までは難しいでしょう」と語っています。衛生、医学、栄養などの要因の改善により、人間の寿命は過去100年間で倍に延びましたが、ほとんどの科学者は「1997年に122歳で亡くなったフランス人女性ジャンヌ・カルマンさんがつくった史上最高齢記録以上に、延ばせる可能性は低い」と考えています。

一方、私たちの身体のサイズで考えると、人間の寿命は既に論理的に妥当な寿命をとっくに超えているようです。若干の顕著な例外を除き寿命は多くの場合、その動物の大きさに比例しています。ネズミの寿命は平均2年、ゾウは60年、シロナガスクジラは90年とされています。それを踏まえると人間は、20世紀頃まではほとんどの人がそうであったように、40歳前後が寿命ということになります。

とは言え、野生の動物は滅多に老化することはありません。なぜなら炎症やその他の細胞老化の問題を起こす前に、捕食されたり、病気にかかったり、あるいは飢えによって死んでしまうからです。

🤑何十億ドルもかけて長生きしようとするのは倫理にかなっているか?
ホフマン氏は、「裕福な人々が長生きするために何十億もの資金を投じることには、倫理的な問題もある」と指摘しています。その中での発見が全ての人の寿命を延ばすのに役立つ可能性はありますが、裕福な人とそうでない人では、延びた寿命をどのように過ごすのか? という点で大きな格差があります。米国には、老化および死に対する独特の否定的な見方があります。それもあって、富める国の一つでありながらも、米国人の平均寿命は世界で46位にとどまっているのでしょう。 ホフマン氏は次のように語っています。

「平均寿命が比較的短いのは、米国の社会が高齢化に全く対応していないからです。(中略)人々のストレスは強く、医療制度は非効率的で利用できないことも多いことに加え、適切な運動をするための物理的環境も整備されていません。健康的な食品は高く、安いのは身体によくない食品です。さまざまなものに化学物質が含まれています。私はフロリダ在住ですが、人々は芝生に化学物質を山のように撒いています。ここではもう、昆虫も見かけなくなりました」


そのうえ、ほとんどの人は老後の蓄えが十分ではありません。米国の社会保障制度では生計を立てるのに十分な額を給付されず、年齢差別があり、高齢者は雇用されにくくなっています。年齢を重ねることによる経験の知恵や若者にはない安心感といった利点があるとは言え、こうしたものが弾力のある肌や体力よりも評価されるということは滅多にありません(日本も同様と言えるかもしれませんが…)。

気候変動の影響で、今後30年以内に居住不可能になる場所が出てくることも予想されています。さらに不安やうつに悩む人の割合も急増しているなか、その数十億という資金を寿命が尽きるまでに、人々が過ごす年月をよりよいものにするために投入する価値はあるのかもしれません。

複数の調査研究で、「老化が致命的な病気にかかる最大の予測因子であること」が指摘されていますが、老化自体は病気ではありません。病気には原因があり、誰もが必ず経験する普遍的なものではありません。老化は全ての生物に普遍的なものであり、老化の唯一の原因は時間の経過と言えます。死のリスクは年をとるにつれて高まり、生きているもの全てにとって「死のリスクは100%ある」と言えるのです。

日本の沖縄、イタリアのサルデーニャ島、ギリシャのイカリア島、コスタリカのニコヤ半島、カリフォルニアのロマリンダという世界5カ所は「ブルーゾーン」と呼ばれ、そこに住む人々は一様に百寿者(100歳以上の高齢者)の割合が高い地域とされています。そして、そんなブルーゾーンの居住者は、以下の4つのルールに従ったライフスタイルを送っているようです。

  • 賢明な食生活をしている
  • 自然な運動習慣がある
  • 他者とのつながりがある
  • 人生の目的がある

ブルーゾーンに住む人々は特別な食べ物を食べたり、治療を受けたりしているわけではなく、特別なサプリメントを摂っているわけでもありません。むしろ、実際に長生きしようとはしておらず、老化を止めようともしていないように思えるのです。

不死の追求

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ブライアン・ジョンソン氏は、研究者が実験で使ったマウスと同じように、息子から輸血を受けました。もう輸血はしていないそうですが、「骨格が若々しくなり、夜間の勃起時間が長くなるなど、いくつかの若返りの兆候があった」と、ジョンソン氏は語っているそうです。

しかし今、ジョンソン氏は「不死」という新たな目標を使命としています。

ジョンソン氏の考えでは、「死」はもはや過去のものであり、不必要なことなのです。そのため、同氏の生活のほとんどは体内の分子故障を連鎖的に引き起こす身体のエントロピーを助長しかねないもの(例えば太陽光、ピザ、マルガリータ、夜更かし...といった間違いなく人生最大の楽しみの一部)を避けたものとなっています。

『TIME』誌のある記者がジョンソン氏の自宅兼実験室を訪れ、ジョンソン氏が食べているというチョコレートを味見したところ、そのチョコレートは「ダッチ・プロセス(=アルカリ処理。酸味を中和する)されておらず、重金属が取り除かれ、カカオのポリフェノール含有度が高い産地から調達した原料のみでつくられたもの」だったそうです。その記者の言葉を借りれば、「足裏のような味」だったとか…。

一部の人にとっては、老化の遅延(さらには逆行)を追求するのはベンチプレスで250ポンド(約110キログラム)を上げたり、ニコロ・パガニーニの超絶技巧集「24のカプリース(奇想曲)」をバイオリンで弾けるようになることと同様に、情熱的なプロジェクトなのでしょう。そしてもしかしたらいつの日か、量子レベルで老化が解明され、全ての定めがこの世から消えてしまうかもしれません…。

しかしそれまでは、美味しい赤ワインとカリカリのバゲットを味わうように、ささやかなエントロピー的贅(ぜい)沢を満喫してはいかがでしょうか。

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Popular Mechanics