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【新研究】eスポーツで脳の老化を予防できる可能性 ― 賞金総額700億円を稼ぐスター選手のキャリアを通して

オリンピックの正式種目化も検討される「eスポーツ」。ゲームが脳にとって良い効果をもたらすとする、新たな科学研究があるようです。

By and Imad Khan
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 世界的に名を馳せるゲーマー、ジョセフ・マルケスさんの手元の動きは速すぎてとらえられないほど。右手の親指がいくつものスイッチのうえを動き回り、左手の親指は忙しくシフトレバーを操っています。

 しかしながら、そんな彼も「大乱闘スマッシュブラザーズ」の大会に参戦中に25歳のジャスティン・マグラスさんと対戦した際には、旗色は良くありませんでした。

写真右が、eスポーツ界で「大乱闘スマッシュブラザーズ」のプレーヤーとして活躍するジョセフ・マルケスさん

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JOE BUGLEWICZ / GETTY IMAGES

 27歳のマルケスさんは、1分間あたり325回の操作を行っており、毎秒5回、なんらかのインプット操作を行っている計算です。モニタ上で展開される視覚情報を把握し、反応し、思考し、戦略を立て、実行する、という一連の操作をミリ秒単位でこなしていきます。

 指はボタンを叩き続け、操るキャラクターは目にも留まらぬ速さで動き回ります。しかし、気を抜くことは許されません。

 2018年8月に開催された『EVO2018(=格闘ゲームの大会)』ではスター選手だった彼も、2019年の「大乱闘スマッシュブラザーズ」の大会では敗者復活戦に回る結果となっています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Big Leff's Big Ride
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 マルケスさんほどのスターが、敗者復活戦に回ってしまったことに関して、彼はそれをくよくよと思い悩むようなことはありませんでした。

 「プレイしているときには、何も考えないようにしています」と語るマルケスさん。「MangO(マンゴー)」というプレイヤーネームで知られる彼は、プレイヤーとしての10年間、一環してその方針を守り続けてきました。

 彼はeスポーツと呼ばれる賞金総額700億円の世界で戦う競技選手であり、所属チーム「Cloud9」のスター選手です。マルケスさんが初めてトーナメントに出場したのは2007年、その翌2008年には優勝を飾っており、以降ベストプレーヤーのひとりとして不動の地位を築いています。

 彼の競技するeスポーツは、選手寿命の長い世界ではありません。

 伝統的な各種スポーツは頭脳と肉体を酷使するものですが、eスポーツはメンタルを消耗する世界なのです。知識量、対物知覚のセンスや、ゲームの構造や機能についても学習し続けなければならない世界で、脳の限界に挑んでいるのです。

 競技に求められる反射神経や正確性などの能力は、20代半ばをピークに以降は低下してゆくものであり、それゆえeスポーツの世界には主に20代前半の競技選手がひしめき合っているのです。つまり、27歳のマルケスさんの「ゲームオーバー」の日は、刻々と迫りつつあるのです。2018年は自己のキャリアとしては最低の第6位という成績で、「スマブラ」のシーズンを終えました。

 「この手が反応し続ける限り、プレイを止める気はありません」とマルケスさんは言いますが、そのためには加齢による認知能力の劣化を、どうにかして遅らせなければなりません。

 多くの選手たちが、科学の進歩にも期待を寄せています。優れたトレーニング法が確立されれば、マルケスさんに限らず他の選手たちもその能力を維持するのみならず、むしろレベルアップさせてゆくことさえ可能になるかもしれないからです。

脳の反応年齢の衰えは、急激です

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Getty Images

 カナダ・ブリティッシュコロンビア州のサイモンフレイザー大学で行われた研究によれば、人々の脳の反射速度は24歳という年齢を境に低下しはじめます。

 16歳から44歳の間の3,305人のゲーマーを対象にした調査のため、科学者達が用いたのが『スタークラフト2(StarCraft II=日本語版未発表ですが、世界的に人気ある定番ゲーム)』というリアルタイムで非常に多くの判断を求められるゲームになります。

 このゲームで視覚(Looking)から行動(Doing)までの反応時間を計測することによって、プレイヤーがゲーム画面上で起こる出来事に対し、いかに迅速に対応しているのかを調べるわけです。そこで同等の技術レベルを持つ39歳と24歳のプレイヤーとを比較すると、そこには約150ミリ秒の差が生じていることが判明したそうです。15分間につき、おおよそ30秒の差が生じているということになるわけです。

 反応速度の低下の科学的理由のひとつとして、N-アセチルアスパラギン酸(NAA)という、私たちの脳神経系に高い濃度で存在している遊離アミノ酸の減少が研究によって挙げられています。

 髄鞘(ミエリン鞘=脊椎動物の多くのニューロンの軸索の周りに存在する絶縁性のリン脂質の層。神経パルスの電導を高速にする機能がある)へのアセテート(酢酸)の取り込みを補助することが、NAAの持つ役割のひとつ。脳内で伝達される情報の速度と最適化を増進させるため、細胞を絶縁する機能を有しています。このNAAの減少に加え、記憶保持を司る前頭葉と海馬の萎縮によって、情報処理能力の低下が起こると推測されています。

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 ゲームをプレイすることで、さまざまな能力の活性化がなされている可能性は否定できません。種類の異なるゲームにより、脳の異なる機能が刺激されているのです。つまり、あなたのXboxだって、正しく用れば脳の「ワークアウト」にひと役買ってくれるのです。

 しかし、無休状態のトレーニングに肉体がついていかないのと同様の理由で、脳を使うゲームにも、その適量があると言えるでしょう。

 ずっとプレイし続けることが良いとは言えません。「スマブラ」や「ストリートファイター」のような格闘ゲームは思考の高速化のトレーニングになり得ますし、「フォートナイト」や「グランド・セフト・オート」のようなオープン・ワールド型のゲームは、加齢による海馬の萎縮を遅らせることができるかもしれません。eスポーツを巡る科学的理解については、まだまだ未知の領域であり、科学者やプレイヤーはその正しい用法をさらに追求して(同時に議論を戦わせて)いるのです。

 マルケスさんはそのような研究調査には、さして関心を示していないようです。競技選手達の多くにとっては、練習は重ねれば重ねるだけ良いというのが共通認識となっています。トーナメントの出場選手名簿にあるマルケスさんの紹介文には、次のように書かれています…「オンラインでもオフラインでもとにかく一日中、スマブラに明け暮れている」と…。彼がその生活を変える気配はありません。

 「もしかしたら、私の反射速度はやや遅くなっているのかもしれません」とマルケスさん。「でも、いざゲームが開始されれば、誰にもできないような技を見せてやるという自信はあります」ということ。

 確かにマルケスさんの持つ経験値の高さには、生物的な衰えを補って余りあるものがあるのかもしれません。彼はまだ自分の脳のポテンシャルを使い切っていない可能性があると指摘する、マーク・キャンベル博士のような研究者もいます。

 3年前、キャンベル博士はアイルランドのライムリック大学でレロ・eスポーツ・サイエンスリサーチ・ラボという研究室を立ち上げた人物です。

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 キャンベル博士によれば、多くのeスポーツ選手(=eアスリート)の現役引退の理由は、「日々の厳しい(そして絶え間ない)トレーニングによって燃え尽きてしまうためだ」と言います。

 トレーニングの量よりも質に意識を向け、断続的なトレーニングを行うべきではないかと、博士は提言しています。博士によれば、人間が集中力を保っていられる時間は通常15分間ほど。つまり、「eスポーツ選手の“トレーニング”もただノンストップで長時間プレイし続けるよりも、短時間の集中的なブロックに分割すべきだ」と言うのです。

 例えば15分間をコントローラーのスキルアップ、15分間を戦略面の向上、そして15分間の実戦プレイなどに分割するという考え方になります。「目的を明確にしつつ、トレーニングに取り組むということです」と、キャンベル博士は言います。

最も脳にいいゲームとは?

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KAREN BLEIER / GETTY IMAGES

 取り組む対象がスポーツ一般であっても脳トレであっても、こと学習に関わることであれば、神経科学の研究が参考になります。効果あるトレーニングの種類の多さは、いまや数え切れないほどです。ゲームが異なれば、私たちの神経回路が得る影響や恩恵もまた変わります。

 例えば、オープン・ワールド型ゲームをプレイすることで前頭葉に及ぼされる好影響を、マルケスさんの場合は受けていません。

 オープン・ワールド型のゲームをプレイすることで、三次元的な空間認識が高められる可能性があるのです。1996年にNINTENDO 64用のゲームとしてリリースされた「スーパーマリオ64」などは、そのごく初期の一例として、2014年にドイツで行われた研究の対象にもなっています。

 研究チームにより集められら複数の成人男女が、毎日少なくとも30分間2カ月間に渡り、「スーパーマリオ64」をプレイすることになりました。その後、脳の調査をおこなった結果、空間認識、情報処理、記憶力、戦略的思考、運動能力などを司る脳内の各部分に機能の拡張が見られたのです。

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なぜ、そのような現象が起きたのでしょうか? 

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 カリフォルニア大学アーバイン校で神経生物学の教授を勤めるクレイグ・スターク博士は、ビデオゲームが意識に及ぼす影響に関する研究を専門に行っています。マウスを使った研究などで知られる「環境エンリッチメント効果」がその答えであると、スターク博士は言います。

 遊具や迷路などを仕込んだ環境にマウスを放すことで、「新たな情報に触れたマウスが素晴らしい学習能力を発揮する」のだそうです。

 スターク博士によれば、「思わず夢中になってしまうような3Dのゲーム」を与えられた私たちは、そのマウスのような状態になるのだそうです。eスポーツ界におけるオープン・ワールド型ゲームの金字塔、「リーグ・オブ・レジェンド」を例にとって見てみましょう。

 「自分がどこを目指しているのか、どのような装備や能力を備えているのかを、随時、細かく認識しておく必要があるのです」と、スターク博士は説明します。「それゆえ、このゲームをプレイすることで、人々の海馬の好ましい状態が保たれるのです」。

 私たちの頭脳は新たな情報を学習し、それを維持することが可能です。環境エンリッチメント効果を用いて、頭脳を鍛えることができるわけです。「どこか見知らぬ土地に出かけ、そのお手元のiPhoneのGPS機能に頼らずに帰宅するのも良い考えですね」とスターク博士。

脳トレのためのゲーム、というトレンド

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 肉体を使うスポーツを行うアスリートもまた、ゲームによる擬似的体験の恩恵を受けています。

 近年、NFLやNBAのアスリート達のあいだで広く使われている「ニューロトラッカー(NeuroTracker)」という、バーチャル・リアリティを駆使したゲームがあります。3D空間に現れるいくつものターゲットを、正確に認識する能力が培われるのです。

 獲得するスコアに応じて、そのシーズン全体を通じたパフォーマンスや成績の予測さえなされています。軍隊においても、バーチャル・リアリティを用いたフライト・シミュレーターなどが活用されています。NASAもまた、宇宙空間における救助活動や歩行訓練のためにVRシミュレーターを採用しています。

 「グランツーリスモ5(PlayStation用レーシングゲ―ム)』の2011年度のチャンピオン、ヤン・マーデンボローさんは、その後、現実世界でもレーシング・ドライバーとなりました(これは本当の話です。マーデンボローは2011年、9万人の参加者の頂点に立ちました。「そこでの優勝者は、レーシングドライバーのポジションを与えられる」というのが、この大会そもそもの条件だったのです)。

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 eスポーツおよびeスポーツ研究の興隆が、最近またマルケスさんの注目度を高めることとなりました。

 それは、彼の最強のライバルであるアダム・アルマダ・リンドグレンさんとの対決が取り沙汰されたのです。2019年25歳になるリンドグレンさんは、2011年の大会で年上のマルケスさんを下し、悲願の初優勝を手にしています。2018年の『EVO 2018』においてもマルケスさんの操るファルコは、またしてもリンドグレンさんの前に散りました。

 やはり、年齢の問題ではないかって? マルケスさんの考えは異なります。

 「年齢がそれほど関係あるとは、僕は考えていません」と、マルケスさんは言いますが、リンドグレンさんは既にある決断を下しています。

 「今後、『スマブラ』のシングルスの大会にはエントリーしない」と、YouTubeを通じて発表を行ったのです。マルケスさんは、まだ引退など考えていません。「年齢を重ねることで賢くなる面もありますからね…」と、マルケスさんは言います。

 もしそれが、正しいゲームであればの話になりますが…。

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From Men’s Health
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。

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