インスタグラムでは現在、「#ExclusionZone(立入禁止区域)」というハッシュタグを含む投稿が2万件近くあります。これらの投稿には、極めて高い評価を得た米HBOの最新ドラマシリーズ「チェルノブイリ」の一場面を引用したものもあれば、ウクライナでの原発事故の詳細を記した書籍の写真もあります。
 
 しかし、これらの投稿の大部分は、1986年4月に避難区域になり、未だに安全に生活できない2600平方キロメートル圏内で撮影された写真です。ある写真は、床板の間から植物が生える放棄された体育館を捉えています。また、ある写真には、プリピャチの遊園地に残された錆びついたバンパーカー(ぶつけ合って遊ぶ遊園地の乗り物)が写っています。住民が慌てて逃げ出した街や見捨てられた建物を捉えた写真の数々には、ディストピア的な要素もあります。少なくともこの地に、観光客たちが押し寄せるまではそうでした…。 
 
 自然災害の被災地への観光は、昔から一部のスリルを求める人のためのものでしたが、米HBOのドラマシリーズ「チェルノブイリ」をきっかけに、この地域を訪れる観光客の数は増加しています。

 「ロイター」紙が話を聞いたソロイースト・ツアーズという旅行会社によれば、2019年5月に同地域を訪れる観光客の数は前年同月比で30%増加しているといい、「チェルノブイリ」がオンエアされて以降、6〜8月の予約もおよそ40%増加したと言います。 

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 チェルノブイリ立入禁止区域からの投稿には、被災地に残された大切な持ち物を記録するための写真もありますが、中にはプロが撮影したような写真もあり、インフルエンサーが瓦礫と化した家々を悲しげに見つめたり、ガスマスクを付けてポーズをとったり、白い作業衣の下に着たTバックを露わにするような写真さえあります。また、空に銃を向ける軍服を着た男たちや、発煙筒から色のついた煙を放出する集団も捉えられています。

 人々の投稿の中には、横転したクルマが残された森や、静止した観覧車の写真が何度も登場します。見捨てられたプリピャチの街は人々にとって、危険な高放射線区域の内側を体験しながら、歴史の一部を写真に残したある種のシークレット・シネマ(体験型の映画イベント)的な行楽地のような役割もはたしているかのように映っています。

 HBOのドラマシリーズ「チェルノブイリ」では、ソビエト連邦時代のウクライナや当時そこに住んでいた人々を忠実に再現しています。ですが、観光客がアップロードする写真の数々に映し出されているのいは、原発事故被災地という悲劇の真のストーリーを訴えるというよりも、ハリウッドの撮影現場訪問…あるいはディズニーランドでの自撮りと見紛(みまが)うようなものもあるわけです…。

 それは、正式な名称「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」となる「ホロコースト記念碑」でポーズを取った投稿、あるいはカリフォルニアの珍しいスーパーブルーム現象の花々を踏み荒らすインフルエンサーたちの投稿と同様に、不謹慎極まりないソーシャルメディア上の行為なのです。

 とは言え、これはまったくの予想できなかったことでもありません。

 チェルノブイリ原子力発電所を囲む地域は、HBOのドラマシリーズ「チェルノブイリ」がオンエアされるはるか以前から、「危険なテーマパーク」というフレーズで宣伝されてきました。

 2018年、チェルノブイリでは初のレイブパーティーが開催され、「警告」を意味する黄色で塗られたお土産店では、偽物のガスマスクや放射能アイスクリームのような記念品が販売されてきました。

 現地の観光業界はそんなわけで活気づいており、中にはウクライナでのバチェラー・パーティーのパッケージツアーの一環で、立入禁止区域への日帰りVIP旅行を提供する業者も出ているほどです。

 旅行サイト「Oddviser(オッドバイザー)」では、チェルノブイリの日帰りツアーを組んでおり、その概要の中で「インスタ映えする何百枚もの素晴らしい写真を撮影できます」としています。そして、このツアーが「非常に刺激的な感情をもたらしてくれる」と約束しているのです。

 また、チェルノブイリツアーで人気の別の企業は、同地域について「文明が滅んだ後の世界」と売り込んでおり、そこが過去の災害現場というよりは想像を絶する未来の恐怖スポットかのように表現しているのです。 
 
 犯罪ドキュメンタリーや歴史的出来事に基づくテレビ番組の流行により、「エンターテインメント」と「現実」の境界線はますます(悲しい方向で)曖昧になってきました。HBOの「チェルノブイリ」は実際にあった犯罪のドキュメンタリーというのではなく、ドラマによる再現といった具合になっています。現実の出来事をもとにしたリアルなディテールは、犯罪ドキュメンタリーと同じように受け止められながら議論されているのが現実でもあります。

 他のドキュメンタリー番組と違うところは「立入禁止区域」と言いながらも、実際に歩き回ることができる地が舞台があることです。ガイド付きツアーでは、原発跡地を中心とする4000平方キロあまりの「立入禁止区域」を訪れることも可能なっています。そしてこれを、心ない者たちは「インスタ映えする場所だ」と判断することによって、新たなる悲劇が始まるのではないでしょうか…。

 ゆえに「オッドバイザー」が売り込むツアーも、「立入禁止区域」への訪問がコンピューターゲーム上だけではなくリアルに体験できるいうことで、ツアーに参加する者が途絶えないというのもの理解できてしまうところも悲しいところでもあります…。

 「チェルノブイリ」の脚本家であるクレイグ・メイジン氏は、同番組のポッドキャストの中で、災害現場を訪れる感覚を宗教的体験に例えていました。

 「当時の人々が歩いた場所を歩くのはとても奇妙で、同じ空の下にいるということで、当時の彼らにある意味で親近感が湧いてくるんです」と、メイジン氏は語っています。 
 
 SNS上では現在も、この立入禁止区域で撮影された写真が上がっています。

 確かに、その写真は原発事故が起こった場所と同じ空を捉えていますが、この地域が「SNS映えする写真」と言えるほど、人々がそこで起こった悲劇に抱く感情が薄まっているとは…誰も認めることはできないでしょう。

From Esquire UK 
Translation / Wataru Nakamura 
※この翻訳は抄訳です。