もし衝突が起きれば甚大な影響も

 2020年9月、日本のH-2Aロケットからのものと見られる小さな破片、いわゆる「宇宙ゴミ」が、クルーを乗せた国際宇宙ステーション(ISS)に接近し、あわや衝突という緊急事態が起きました。

 衝突が予想された1時間前に、地球上の管制塔からの操作によってISSにドッキング中のロシアの無人補給船の推進装置を噴射させることで、宇宙ゴミの進路を避けることに成功したということです。ISSの本体に衝突する可能性のあった宇宙ゴミの接近ですが、衝突の危険性はその2週間で3度目となる事態だったのです。

 1957年にソビエト連邦(当時)がスプートニクの打ち上げに成功して以来、人類はこれまで1万個以上の物体を衛星軌道に乗せてきました。それらの人工物同士が衝突し破壊や爆発が起きれば、地球低軌道上に巨大な破片の雲が発生すること事態も想定されます。

 仮にそのような事態が起きれば、私たちが航行や通信、偵察などの目的で利用している約3300機の人工衛星が危機的状況に脅かされることになるのです。

宇宙ゴミへの対策が始まっています

 現在、アメリカ航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)などの世界各国の宇宙関連機関が商業的パートナー企業や研究機関などと協力し、地球軌道上の宇宙ゴミの除去に向けた取り組みを進めています。

 中でも、東京に本社を置くアストロスケール(Astroscale)社は磁力を用いたドッキングプレートを使って、役目を終えた人口衛星や宇宙船を軌道から引きずり出す方法を模索しています。もしこの試みが成功すれば、今後一般的な除去方法として各国で採用されることとなるかもしれません。

 そのアストロスケール社による世界初の宇宙ゴミ回収実証衛星「ELSA-d(エルサD)」の打ち上げが2021年3月20日に成功。今後、宇宙ゴミの除去に向けた実証実験がなされようとしています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Astroscale's Space Debris Removal Mission, ELSA-d - ConOps Video
Astroscale's Space Debris Removal Mission, ELSA-d - ConOps Video thumnail
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 ELSA-dのプレスキットによると、その実験とは約175kgのサービス衛星と約17kgのターゲット衛生を使い、軌道上を漂う故障した宇宙船を捕獲し移動させる試みです。ターゲット衛生を老朽化した宇宙船に見立て、サービス衛星がそれを安全な軌道まで誘導もしくは地球大気圏に再突入させる計画です。

 サービス衛生とターゲット衛生には強磁性体のドッキングプレートを装備し、それらが超強力な磁石で引き合うことで密着し捕獲を可能にするのです。今回のミッションでは、この新たなやり方を試す3種類の実証実験が行われる計画になっています。

 1回目の実験ではターゲット衛星がほぼ回転していない状態で切り離し直後に捕獲を行い、2回目の実験では回転するターゲット衛星を捕獲します。3回目はサービス衛星がターゲット衛星を見失った状態を設定し、地上のセンサーと機内のセンサーを使ってターゲットの発見と捕獲を行います。

 宇宙ゴミの除去を目指すのは、アストロスケール社だけではありません。イギリスのサリー大学のサリー宇宙センターが行っている「リムーブ・デブリス(宇宙ゴミを取り除こう)」プロジェクトでは、2018年に宇宙ゴミを寄せ集める実験を行い、2019年には宇宙ゴミ捕獲用の銛(もり)を使った実験を成功させています。

 ESAはスイスのクリアースペースSA社と提携し、2025年には「クリアスペース1(CleaseSpace-1)」を打ち上げるミッションを計画しています。

 ところで、あらゆる宇宙ゴミはそれぞれが形も大きさも異なって存在しているため、1種類の除去方法ですべてに対応できるわけではありません。

 「もしそれぞれ個別の宇宙ゴミの形状に合せて、専用の捕獲装置や衛星をつくらなければならないのであれば、コストがかさむのは明らかです」と語るのは、アストロスケール社のクリス・ブラカビーCOOです。

 さまざまな宇宙ゴミの中にあって最も大きな脅威となるのは、打ち上げ後に切り離される巨大なロケット部分です。ロケット部分には未使用の燃料や不安定な電池が内臓されていることも多く、崩壊や衝突の危険性も考慮に入れなければなりません。

 テキサス大学オースティン校で航空力学を研究するモリバ・ジャー博士によると、「最初に除去しなければならないのは、それら時限爆弾と化した宇宙ゴミなのです」ということになります。

宇宙に漂う「宇宙ゴミ」による衝突の危険性。今後どのように対処すべきか?
NASA//Getty Images

 約419.6トンという巨大な国際宇宙ステーション(ISS)を、より安全な軌道へと移動させるとしたら、どのような手段が考えられるのでしょうか? その方法としては、テキサス州ヒューストンにあるNASAのジョンソン宇宙センターの管制官からの操作で、プログレス補給船の8つの推進装置を噴射することで移動させるのです。

 冒頭で紹介した2020年9月に起きた衝突危機の際には、150秒間にわたりその推進装置を噴射させることで事なきを得ました。もし、このロシア製の補給船がISSにドッキングしていない状況であれば、同じくロシアのズベズダ・サービスモジュールに搭載されているブースターを起動させることになっていたでしょう。

 衛星軌道を移す間にもISSを安定した状態に保つ必要があるため、推進装置はISSの重心を逸らさずに作動させる必要があります。また、ISSはその際に時速1万7000マイル(約2万7350キロ)以上で移動することになりますが、通常は時速2マイル(約3.2キロ)以下の速度で動いているということを考慮しておく必要があるでしょう。

 最終的にアストロスケール社が目指すのは、地球軌道に乗るあらゆる宇宙船に磁気によるドッキングプレートを組み込んでおくことです。そうすることで、将来的に宇宙ゴミの残骸を効率的かつ安価に除去できるようになるかもしれません。

 この宇宙ゴミへの対策として、今後さらにさまざな方法が試されることになりますが、大量に散らばる宇宙ゴミを確実に捕獲し除去できるようになるまでにはまだ何年もの時間が必要となります。

 世界各国の宇宙機関、そして商業衛星を打ち上げる企業が宇宙ゴミによる衝突事故を回避するための努力を怠れば、「どれだけ派手なミッションを行ったところで、その成果は無駄になってしまうでしょう」とジャー博士は警鐘を鳴らします。

 「いくつもの組織や団体が、他の存在を無視してそれぞれが独自の取り組みや判断を行っています。このような状況こそが、「コモンズの悲劇(多くの人が利用できる共有資源が乱獲されることによって、資源の枯渇を招いてしまうという経済学における法則)を引き起こす原因にもなり得てしまうのです」と、ジャー博士は警鐘を鳴らしています。

Source / POPULAR MECHANICS
Translate / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です