ニューヨーク州ニューヨーク市に本社を置き、アメリカ国内での発行部数は「USAトゥデイ」、「ウォール・ストリート・ジャーナル」に次いで第3位となる日刊新聞紙「ニューヨーク・タイムズ」。

このビッグメディアのニュースルーム(ニュース編集室・報道局)を代表する労働組合員が(2022年8月の時点で総従業員約4700名のところ)約1000人の従業員に対しての包括的なデータを分析をしたところ、「黒人とヒスパニック系のスタッフは、白人のスタッフに比べて高い業務査定を受ける可能性がはるかに低い」という結果が出たということです。

アメリカの労働組合「The News Guild-CWA(ニューズギルド)」(※)によれば、「業務査定は従業員のボーナスの額に影響するため、金銭的な影響もある重要な争点」と指摘。そんな中で当の従業員たちは、「『NPR』が示したこの差は、新聞社が対処できていない根本的なシステム上の問題」との意見を表明しながらも、「だかれこそ、より重要である」と表明しています。

さらに従業員たちは、「その格差が士気をそぎ、何人かの同僚たちが早々に退職する一因になっている」と言います。

※ジャーナリストやその他の報道関係者の、仕事における正義を追求する労働組合

この調査は、新聞社と「ニューズギルド」の労働協約をめぐる交渉の真っただ中である2022年8月23日に発表されました。「ニューヨーク・タイムズ」は2021年に期限切れとなった前回の労働条件のまま、いまだ運営されているのです。

「ヒスパニック系では高得点を得る確率を約60%減らし、黒人では高得点の確率を約50%減らしています」と、「ニューヨーク・タイムズ」の社員が代表する「ニューズギルド」組合支部の報告書は述べています。「NPR News」と発表前に共有したこの調査は、新しい評価システムが導入された2018年までのデータからの算出したものになります。 

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

この間、黒人社員の業務成績は平均して上昇し、ヒスパニック系社員は低下するなど、多少の変動はありました。その一方で白人社員の成績は一貫して、他の同僚よりも優れていると評価されています

「ニューヨーク・タイムズ」の上級広報担当者ダニエル・ローデス・ハ氏が語ったところによれば、同社は「ニューズギルド」の懸念を真剣に受け止めながらも1年前に同様の異議を確認した上で、「偏見を反映していない」と判断。またこの担当者は、「当社は『ニューズギルド』の最新の分析を評価している最中でもあります」と語っています。

同氏は「NPR」の取材に対し、「公平な業績評価制度を持つことは、従業員を公平に育成し成長を支援するための最も重要な手段のひとつです。私たちは公正で公平な業績評価制度を約束し、継続的な改善に取り組んでいます」とも語っています。

「まだまだ長い道のりが必要」

この分析に参加した同紙の経済記者で、「ニューズギルド」のメンバーでもあるベン・カッセルマン氏は、「私たちは2年近く前に、これに対して率直な疑問を抱くようになり、この分析を開始しました。『人種の違いで業務評価に格差があるのかどうか?』を解明したかったのです。その答えが『ノー』であることを望みました。ですが、明らかにそうではなかったのです…」と、「NPR」に語っています。

ベン・カッセルマン氏は、「ニューヨーク・タイムズ」紙での報道と仕事を愛しており、同僚たちと評価の仕組みを解決するため、会社にこの問題を提起したそうです。「ニューズギルド」によれば、同社はそれに対して「調査結果の重大性を最小限に抑えようと、誤った理屈を使って説明した」と示唆しています。「ニューズギルド」がこの種の方法論を専門に分析する学者にインタビューした際に、この報道姿勢に対して嘲笑されたそうです。

「『ニューヨーク・タイムズ』だけが特殊なわけではありません。同メディアは、より多様なスタッフを育てようとしています。私も『彼らが真剣にそうなることを望んでいる』と信じています。ですが、多様なスタッフを育てるということは、多様なスタッフを雇うこと以上に重要なのです...この(騒動の)一連の流れこそが、まだまだ(多様性実現のための)長い道のりが残されていることの証拠です」

ベン・カッセルマン氏は以上のように語り、社員の多様性に取り組む多くの企業は、『多様性のある社員たちを雇いさえすればよい』という考えだけに留まり、雇ったあとの公正さへの取り組みには至っていない点を指摘します。

一方、前出の「ニューヨーク・タイムズ」の上級広報担当者ダニエル・ローデス・ハ氏は、「現在の状況は2021年2月に開始した、“誰にとっても働きやすい新聞社”にするための『Multi-year Action Plan(複数年のおよぶアクションプラン)』と呼ぶものに深く関わっている」と説明しています。彼女によるとこの計画には、タレントマネジメントと給与・福利厚生の責任者を新たに採用することが含まれているそうです。また全社的な融和を促進し、ニュースルームの文化に対処するための新しい部署の設置も含まれているとのこと。

「『ニューズギルド』は昨2021年、私たちの業務査定について同様の問題を提起しました。私たちは独自の専門家による分析を行い、私たちの業務査定が差別的な方法で適用されていないことに確信を持っています」と、同氏は語っています。また、「ニューヨーク・タイムズ」はすでにさらなる改善を約束し、「ニューズギルド」の最新の調査結果を検討しているそうです。 

人の振り見て我が振り直せないメディア企業

「NPR」に寄せられた「ニューヨーク・タイムズ」の記者の証言は、彼らの反論の根拠となるものでした。多くの記者は、「編集者からの熱烈な評価と、毎年末の数値的なスコアの間に激しいギャップがあることに困惑を感じている」と組合に語っています。また「アマゾン」や「スターバックス」など他の大企業の労働環境について、「ニューヨーク・タイムズ」が暴いてきたことを指摘しながら、「より身近な(自らの)懸念に対して、効果的に対処をすべき」と話す記者もいました。

かつて「ニューヨーク・タイムズ」に勤務していたアジア系アメリカ人の女性は、「口頭では肯定的な評価を受けていたにもかかわらず、仕事の評価は平凡で泣いた」と「NPR」に語っています。彼女は「将来が見えない」と言い、競合他社に転職しました(そんな彼女は、新たな雇用主にこの内容を話してもいいか?の許可は取っていないのですが…と言っていました)。

フロリダ在住の「ニューヨーク・タイムズ」紙国内デスクの調査記者で、ギルドの交渉委員会のメンバーであり、同紙の人事部が主催するヒスパニック系のための運営委員会にも参加するフランセス・ロブレス氏は、「2018年、2019年、2020年と編集者から温かい評価を得たにもかかわらず、中途半端な数値評価を受けた」と言います。そして、「それがストレスになったのか定かではありませんが、むち打ち症を患った」と言います。「彼らの理屈が見えないのです。彼らが何を考えているのか、全く理解できないのです」と、ロブレス氏は言います。

彼女の取材より、ブルックリンの元殺人課の刑事が行っていた複数の不正を暴くことに大いに役立ちました。そんなわけでフランセス・ロブレス氏と3人の同僚は、この報道でジョージ・ポルク賞を受賞してます。「AP通信」によると、この刑事が起こした事件20件の評決が報道によって覆(くつがえ)ったそうです。

目覚ましい成果を上げても評価されない――この状況を問題だとして訴えると、2021年に彼女の評価は上がったそうです。「…とは言え同僚、特に若いスタッフにとっては、このような動きは依然として思いわずらう行動であるはずです」と、フランセス・ロブレス氏は言います。

ダイバーシティーの取り組みは上層部の人事も含まれる

メディアの内側と外側とを問わず、多くの組織が多様なスタッフを育成し維持する必要性を認識し、その目標達成を目指してより一層の努力を重ねています。

「ニューヨーク・タイムズ」では、編集長のレベッカ・ブルーメンシュタイン氏がニュースルームの多様性と包括性に焦点を当てるなど、公平性に関する協調的な取り組みが行われています。同紙の最高人事責任者であるジャクリーン・ウェルチ氏は、直近ではフレディマック社で最高多様性責任者を務めるなど、この分野で長年の経験を持っている人物です…。

昨2021年に「ニューヨーク・タイムズ」が公表した最新の数字によると、2020年には社内に占める有色人種の割合は33%、リーダーシップポジションの割合は23%に達しています。いずれも前年比約2%増でした。そして同メディアは、「2025年までにアフリカ系アメリカ人とヒスパニック系の従業員の割合を倍増させる」との目標を掲げています。そうした中、「2020年に同社の労働力は減少した」という前置きをしながら、「黒人/アフリカ系とラテン/ヒスパニック系の従業員の離職率は上昇ている」と報告されているのです。

そしてダニエル・ローデス・ハ氏は、「ニューヨーク・タイムズ」は近々最新の統計を掲載する予定だということです。

企業の誠実な取り組みを阻害。差別や格差を隠す不誠実なコンサルタントの存在

それでも「ニューヨーク・タイムズ」のスタッフの中には、同メディアの取り組みの有効性や誠実さに対して疑問視する声もあります。彼らは組合側がインタビューした専門家の名前を挙げ、「この会社側の分析方法そして解釈は、組合側の分析で見つかった格差をうまく避けるよう設計されているのではないか…」と指摘しています。

企業が自社の良くない多様性面での統計を上手に隠すために雇う、コンサルタントやエコノミストが存在していることを誰もが知っておくべきです。特にその会社が、公平を貫き、権力に対して真実を語ろうとする世界で最も偉大なメディアとして評価されている新聞であるならば、なおさらです」と、フランセス・ロブレス氏は「NPR」に語っています。

正義を謳(うた)う全米でも屈指のメディアが、社内の差別や格差を巧妙にごまかそうとしているとされる今回の騒動。唯一救われるのは、同僚のために立ち上がった労働組合員たちの存在でしょう。“御用組合”として機能していないユニオンも多い中、差別されている自分や同僚のために一緒に声を上げる正義感が、「ニューヨーク・タイムズ」の記者たちの間に残っていたことだけは救いと言えます。