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「スイス(Switzerland)」という国の名を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? 私(筆者ラマニ)は、世界最高の腕時計が生まれる「ロレックス」製造工場(スイス・ジュネーヴ)、ラグジュアリーウォッチ&ジュエリーの「ショパール」(スイス・ジュラ地方)など…名だたる高級腕時計から、アッパークラスの人たちがバカンス先として選ぶ美しく伝統的な高級スキーリゾート地と、エレガントでラグジュアリー、贅沢な印象を抱きます。かつてインタビューをしたプライベートジェットのチャーターをてがける企業「ビスタジェット(VistaJet)」の創業者もスイス人でした。

そして読者の皆さんの中には、そんな「贅沢な(luxury=ラグジュアリー)」という言葉の意味に内包された、ある種のネガティブな印象を持つ人も少なくないはずです。例えば、限られた人しかアクセスできない貴重なリソース(資源)で“贅沢な”モノ・コトが生まれ、無駄の多いリソースの使い方やエネルギーの過剰消費…そんな想像が結びつくかもしれません。

ですが、そういった事実と現実があったとしても、この状況を変えることができたとしたら…、「ラグジュアリー」の本当の意味を再構築することが可能かもしれない…私はそう考えます。

「デザイン思考」というアプローチが「ラグジュアリー」を持続可能に共生させる

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持続可能な社会を目指す理由と必要性はさまざまありますが、今回のスイス取材で私が明らかにしたい解決方法は、「リソースの使い方の改善」です。どうすれば良いのか、「サステナブル」な社会に大きく舵をとり、それを実践するスイスの取り組みをいくつか紹介していきます。

その中で最初におさえておきたいのが、「人間中心のイノベーション」という考え方です。

「人間中心」と聞くと、どこか「利己的・自己中心」で自然と対立した考え方と勘違いしてしまいそうですが、これは人間をデザインの中心に置いた、新しいイノベーション手法を意味します。

技術革新のように課題があってイノベーションを起こすのではなく(技術中心のイノベーションではなく)、人や社会の課題そのものを探すところから生まれてくるイノベーションです。

ライフスタイルをつくる街づくり

例えば、スイスのような中世の名残が色濃く残る街であっても、「古い構造を残しているからこそ、柔軟性がある」とも言えるのです。なぜなら、レストランに使われたり、高級ブランドのショップに使われたり、またはラグジュアリーホテルに生まれ変わるこもとあるのです。

構造やデザインに変化がなくても、その建物内部の使われ方には時代に合った柔軟性があるというワケです。

そんなスイスの中世都市の構造を、新しい技術とデザインによって持続可能性をもち再現され、訪れた人が「懐かしい…」と思えるような建築物を次から紹介していきます。

【資源の使用量削減1】
チューリッヒ空港の「The Circle」:周囲の環境がデザインした建築物

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チューリッヒ空港の隣に建つ「The Circle(ザ・サークル)」。建築物の形やデザインは、周囲の状況によって生み出されたものです。

「ここにしかない環境」とは:

  1. 片側がカーブした高速道路
  2. 反対側に都市の森
  3. 航空交通に妨げないような建物の高さ制限
  4. 高速道路より上に建築がはみ出ても認める法律

空港に隣接する森は、30~40年の若木の森。かつては牛が放牧されていたそうです。ですが、スイスの法律では一度森に指定された場所は触ることができないのです。全ての条件を考慮し、日本人建築家の山本理顕(やまもと りけん)氏は、建物の空間を最大限に活用したバナナ型の建築物をイメージしました。

建築家・山本理顕氏の設計により、the circle は空港と公園をつなぐ要素となっています
Courtesy of THE CIRCLE, Riken Yamamoto
建築家・山本理顕氏の設計により「The Circle」は空港と公園をつなぐ要素となっています。

この不格好とも言えるユニークな形状は、「グリッド(格子)システムを用いて設計されている」と言います。

この「グリッドシステム(Grid system)」とは、カラム(列)とロー(行)で構成されたシンプルな構造を指します。

2.7mのグリッド(格子)を基本に、この巨大な構造物の各部をデザインされています。中には2つのホテル、コンベンションセンター、病院、レストラン、ショップ、アートスペース、オフィスなどが入っています。

25万5750平方メートルの延床面積を2.7mグリッドをベースにすることによって、片側は600mの高さのあるガラスファサードの超高層ビルが道路に斜めに張り出ているようなつくりになっています。もう片側は、チューリッヒの街並みを模した街のように小さく分割して、人々が滞在できるスペースとして設けられています。

このモジュール設計の柔軟性は、空間の多様な活用を可能にするだけでなく将来の変化にも容易に対応できるため、資源の使用量削減にもつながるとのこと。

さらに「The Circle」では、夏の余熱を地下にある850本の基礎杭に蓄え、冬の暖房に利用することや屋上にはソーラーパネルを設置し、回収システムによりエネルギーと水を最小化する設計になっています。隣に8万平方メートルの森林は空港公園として保全され、建物の二酸化炭素排出量をさらに削減につながっています。

ミシュランガイドに掲載されてるレストラン「sablier」
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レストラン「Sablier」

「The Circle」内を歩くと、モダンでラグジュアリーな空間を感じることでしょう。時計ブランド「オメガ(OMEGA)」ストアの隣にハイアット リージェンシー ホテルがあり、ホテル内にはミシュランガイドに掲載されてるレストラン「Sablier」もあります。そしてこの建物は、エネルギーや水の効率だけでなく、未来の変化にも適応できるように設計されているのです。そこには、「The Circle」のサステナブルな魅力が隠れています。

「The Circle」公式サイト(英語)
Google MAP

【資源の使用量削減2】
研究者たちが生活しながら実験を行う研究プラットフォーム「Nest(ネスト)」:建築物の未来を探る

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Reshma Ramani

「Nest(ネスト)」は、資源やエネルギーの利用を持続可能で循環的なものにするために、建築の境界を探る研究施設です。地球上に80億人という人口に達した現代(『世界人口推計2022年版』によると世界人口は2022年11月15日に80億人に達し、2023年にはインドが中国を抜いて世界で最も人口が多い国になると予測)、ビルやインフラを建設するための建材の需要は高まる一方で今後40年間、世界中の建設需要に対応するために、毎月だいたいニューヨークシティ丸一つ分のコンクリートが必要になるとも言われているそうです。

当然コンクリートだけではなく、建物には木材や石材、金属など多くの貴重なリソースが必要となってきます。そこで「Nest」は、パートナーとともに「他にどんな素材を活用することことが可能か…」、そしてそれが「デザインや機能にどのような影響があるのか」の研究に取り組んでいます。

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RESHMA RAMANI
「HiLo」の天井。

例えば従来のコンクリート製の天井や床は、大量の鉄筋で補強された強固なコンクリートブロックでで設計されています。「Empa(Swiss Federal Laboratories for Materials Testing and Research)」が開発した「HiLo」の天井(写真上参照)は、物理学の知見に基づき、コンクリートの量を70%、鉄筋の量を90%削減することに成功しています。

圧縮力を利用し、構造上必要な部分だけに余分な材料(コンクリートや鉄筋)で補強することでこれを実現しているワケです。

解体後のシナリオも
想定し再利用可能

さらに魅力的なのは、建物をつくりながら、それをどう解体するかを考えるという発想です。現在、ビルを解体するときは文字通り壊し、砕き、破壊しています。「Nest」ではレゴブロックのように建物を組み立てたり、分解したりできるシナリオを想像し、開発しています。ドアノブや照明器具、壁などの小さな部品から、部屋やアパート全体を取り外して別の場所に配置したり、再利用したりできるような建物の構造をデザインを想像しているのです。

研究者たちが生活しながら実験を行う研究プラットフォーム「nest(ネスト)」

プラスチックの人工大理石

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研究者たちが生活しながら実験を行う研究プラットフォーム「nest(ネスト)」

カーペット壁

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研究者たちが生活しながら実験を行う研究プラットフォーム「nest(ネスト)」

飲み物のパックは圧縮した乾式壁

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他にも、一回使用されたカーペットで壁をつくり、防音材として効果が得られるか否かの実験も行っているそうです。屋根で使用した瓦(かわら)は、質感のある壁として第二の人生を歩むこともできるでしょう。

「Urban mining and recycling(アーバンマイニングとリサイクリング)」と呼ばれる方法によって飲み物のパックは圧縮して乾式壁に、デニムのゴミは処理して建物の断熱材に、再生プラスチックは耐久性のある人工大理石に生まれ変わることもできます。

つまりは、地球上からこれ以上素材を採取し続けるのではなく、今あるものを使って今までなかったようなデザインや質感、建築やインテリアをつくり出すということのポテンシャルこそ、実は非常に高と言えるのです。

「Nest」公式サイト(英語)


まとめ

素材は新しくピカピカでなくても、面白くエレガントに(ラグジュアリーに)見せる方法もあるはずです。かつて愛されていた素材の新しい使い方を想像することこそ、人間のイマジネーションが試されるときでもあるのです。本質的に価値のあるものというのは、「空想家のアイデアから生まれるものだ」と私は思うのです。建築のためのサステナブルな素材を想像し、デザインすることも、それと同じではないでしょうか。

スイスの持続可能性のためのイノベーションを取材して…「素材、デザイン、プロセスにおけるイマジネーションと現在のテクノロジーを組み合わせれば、品質と資源を犠牲にすることなく持続可能な変化を起こすことは可能である」と、改めて感じることができました。

ラグジュアリーとは最も純粋な形で、私たちを気持ちよくさせてくれるものではないでしょうか。その定義に従えば、“サステナビリティ”は私たちの生活に溶け込むだけでなく、将来的に資源の使い方を選択する際の中心的な要素になってくるはずです。

今回は、スイス社会における建築の例を紹介しました。今後も建築だけではなく、ファッション、インテリア、キッチン道具…などの多くの分野で、「長く使う」「再利用の使い方を想像する」というものづくりに人間中心のイノベーションと再利用という想像を加味することができたのなら、相反するかのようにも思える2つが融合して「サステナブル+ラグジュアリー」が生まれるかもしれません。そして、そのシナジー効果でさらなる高みへと…。

「一つのものはひとつの使い道しかない」ではなく、「次に、これはどの使い道があるのか」という私たちの想像次第で、限られた資源の使い道は無限に近づくに違いありません(終)。

2025年「大阪・関西万博」に向けた「スイスパビリオン」

2025年に開催される大阪・関西万博。参加する「スイスパビリオン」の3つのテーマのは... 、

  1. ヘルシーライフ(healthy life)
  2. 持続可能な地球(sustainable planet)
  3. 人間中心のイノベーション(human-centered innovation)

スイスは、日本ばかりでなく世界にとっても最重要項目であるこれらのテーマへの認識を、大阪・関西万博に向けてさらに高めていく活動に取り組んでいます。

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パビリオンデザインを最初に発表したスイスのコンセプトは、未来の建築の模範となるものと言えるでしょう。最も小さな「エコロジカルフットプリント(資源消費)」を残す建物をつくることを望んで、物理的な重量が少ないということは、環境負荷の面でも軽くなることを意味します。

「スイスパビリオン」の展示エリアはすべて、内部に支持機構を持つ二重空気膜構造で構成されます。展示用構造物の膜材料の総重量は300〜400 kg 以下と、従来の建物外壁のわずか1%であり、運搬用自転車2〜3台で搬送可能です。

「スイスパビリオン」の「オフィスエリア」は、モジュラー部材を再利用して建設され、万博終了後に部材はまた再利用されます。フォイルは再利用可能で、万博終了後には特別にデザイ ンされた家具に生まれ変わる予定とのこと。スイスのイノベーションの一例であり、素材の再利用の使い方を想像したデザインを提案してます。世界にとって新たな建築物のモデルとなるでしょう。Vitality.Swiss(日本語)

《取材協力》在日スイス大使館