• 新しいスキルを身につけるためには変動性(variability)、つまり新しい文脈・方法論で 動きを練習することが極めて重要です。
  • 第二言語の習得、スポーツのトレーニング、人工知能の開発などから言えるのは、あらゆる種類の新しいスキルを身につけるためには変化、 つまり訓練方法の多様性が重要であるということです。
  • その変動性をどのように実践に取り入れるのかについては、まだ不透明な部分があります。

1984年の映画『ベスト・キッド』の主人公ダニエル・ラルーソーは、アパートの管理人にして空手の達人であるミスター・ミヤギから空手を習います。ですが、最初はフェンスのペンキ塗りや車のワックスがけをさせられることから稽古はスタートします。

ラルーソーのその後を描いているのが、ドラマ『コブラ会』です。2022年9月にNetflixで配信が始まったシーズン5を観ると、ラルーソーはミスター・ミヤギの方法を受け継ぎ生徒を指導しています。映画でもドラマでも、少なくとも最初のうちは生徒たちは実際に空手を「する」のではなく、空手を「学んで」いるのです。まず彼らは、自分の学びたい防御や蹴り、突きの技術とは全く関係のない動きをやらされるというわけです。 

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『コブラ会』シーズン5 配信日決定 - Netflix
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そして生徒たちがペンキ塗りやワックスがけといった雑用に飽きた頃、ミスター・ミヤギはこれまで生徒たちが学び、完成させた動きが実は攻撃を防いだりバランスを保ったりするのに役立つことを明らかにします。

最近の研究はさらに一歩前進し、ミスター・ミヤギの指導方法と、あらゆる種類の学習における変動性の重要性との間に、決定的な関連性があると示しています。今年初めに雑誌『Trends in Cognitive Sciences』に掲載された論文では、スポーツのスキルや言語など新しいことを学ぶとき、どのように変動性を応用できるのかを示してくれました。

学習における変動性とは?

学習者に変動性を提示することは、何も新しいことではありません。これまでも教師たちは「(英語しか使えない生徒に)ラテン語を学ぶと論理的思考が身につく」「筆記体を練習すると、他の運動ができるようになる」といったことを生徒たちに言い聞かせてきました。これは、クロストレーニング(一種目ではなく複数種目を行うこと)のようなものです。しかしこの新しい研究では、同じような概念が次々と専門分野で発見され、またそれらが再発見されてきたことを示しています。非常に似た変動性のパターンが、「多様性効果(diversity effect)」「文脈的干渉(contextual interference」といった異なる用語で説明されてきたのです。

「これは学習の基本的な特性のように思われます」。オランダのナイメーヘンにあるマックス・プランク心理言語学研究所の認知言語学者リモール・ラヴィヴ氏が雑誌『Popular Mechanics』に語っています。氏はベルギーのブリュッセル自由大学やウィスコンシン大学マディソン校の同僚と共に、さまざまな環境において変動性が学習を促し、能力を向上させることを発見しました。しかし最適な量、最適な種類のバラエティを見つけ適切なタイミングで導入することも重要です。

例えば子どもに鳥の種類を教えるとき、いきなりダチョウやペンギンからは始めないでしょう。おそらくもっと一般的でよく目にする鳥、スズメなどから始めます。「極端な事例は混乱を招きます」とラヴィヴは説明します。「(基本的な)鳥がどのようなものであるかを知ることで、『なるほど、ペンギンは特種な鳥なのだな』と想像できるようになるのです」。

一方で、すべての鳥が同じ色や形でないことを子どもに学ばせるために適切な量のバラエティ(多様な例)を教えることも重要です。鳥の中には、ペンギンのように飛翔しない種類もいます。つまり、鳥とは何かということを学ぶには、そのカテゴリーの広さを理解することが大切なのです。 

多様な事例からの学びは時間かかる。とは言え、コスパのいい学習が優れているとは限らない

学び始めたばかりの学習者…つまり、初心者に多様な例をたくさん提示すると、何が鳥で何が鳥でないかを掴む感覚を身につけるのが難しくなります。それゆえ少ない事例、例えばタカとワシだけを繰り返し学習すれば、初心者はたくさんの多様な鳥を提示された人よりも自信をつけ、より早い速度で(鳥とは何かを)学習しているように見えるかもしれません。

しかし、だからと言って長期的に見たときに、最初の学習速度の早いように見えたそんな猛禽類(もうきんるい=鋭い爪とくちばしを持ち、他の動物を捕食する習性のある鳥類の総称 、)の専門家―つまり猛禽類しか学んでない初心者―が「鳥」というテーマを完璧に習得し、目の前で気取って歩いているクジャクをどう捉えればいいのかわかるようになるとは限らないのです。

例えば新しい言語を習得する際、曜日を表す言葉を練習し、次に食べ物を表す単語を勉強すると話がカレンダーやスーパーマーケットでの買い物に限定されてしまうかもしれません。だからラヴィヴ氏は、例え初期の学習速度が遅くなっても、多様な会話のトピックや設定から学んでこそ、言語が可能にする多くの組み合わせで新しい文章や考えを考えだしたり、理解したりすることを身につけられると話します。「この方法はコストをはるかに上回るメリットをもたらします」。

これは人工知能(AI)など他の分野にも及んでいます。例えばコンピューターが機械学習の技術を利用して顔認識などのタスクで重要な細部とその中の変化の量を特定するためのアルゴリズムの構築に役立てられるのです。そしてコンピューターも、AIに学習させるためのデータを作成したエンジニアにその学習内容をフィードバックできるのです。使用する顔写真の数が限られていると特定の場面では有効なAIでも、見たことのない特定の個人を識別するように求められると効果を発揮できない可能性があります。つまり顔認識プログラムのトレーニング用データの変動性を制限すると、人間の顔がどのようなものなのかを十分に網羅した典型的な一覧をシステムに与えられないかもしれないのです。

スポーツにも有効な変動性と反復

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The Karate Kid (1984) - Wax On, Wax Off Scene | Movieclips
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ミスター・ミヤギの指導方法は、身体活動の習得と最も密接に関係しています。そこで運動活動の専門家に、ミスター・ミヤギの方法が現実に通用するのかどうか訊いてみました。

テネシー大学の運動学者ジャレッド・ポーター氏は、新しいスポーツのプレーを学ぶには変動性が重要であると語ります。実際、「今日使われている多くの練習方法がうまく機能しないのは、そのためだ」と、雑誌『Popular Mechanics』に語っています。とは言え、ミスター・ミヤギの指導方法がそのまま絶対的に最良な選択肢であるかどうかについては懐疑的でもあります。

ほとんどの人は、変化に富んだ練習をしていません。ほとんどのコーチは、少年少女向けの野球やサッカーチームにいた時代にそういった練習はしていないのです。競技の一部分を何度も何度も練習することは、そのスポーツ全体を巧くプレーするための最短、もしくは最良の方法ではありません。

例えばゴルフの場合、「練習場に行って、ドライブを50打、アイアンを50打、そしてグリーンに行ってパットを50回練習するのがラウンドを学ぶ最善の方法ではない」とポーター氏は語ります。

そのような練習をしている間は、それぞれのショットがうまくなっているように感じるかもしれません。しかし、研究によると「クラブとショットをランダムに連続して打つ練習のほうが、実際のラウンドでよりよい成績に繋がる可能性が高い」と氏は説明しています。それはティーグラウンドからホールまでショットごとに、クラブを変えながらボールを運ぼうとするときに必要な調整を身体とが学んでいるからです。

ポーター氏はこれを、「反復練習はしているけれど、反復しているわけではない(練習なのだ)」と説明しています。このような練習を始める前に彼は、アスリートたちにこう警告しています。「快調な練習には思えないだろうが私を信じてくれ。この科学を利用するんだ」。

だからこそ、この新しい研究が変化の有用性を支持している点が彼の心を捉えたのです。「これは言語学や運動学習、認知科学にのみ存在する現象ではありません。人間の経験全体に及ぶものなのです」。

ミスター・ミヤギの方法には本当に効果があるのか?

「雑用を通して空手を教えることは、必ずしも武術の文脈に沿ったものではないため最適な方法ではない」というのがポーター氏の意見です。

さらにこう言います。「床にやすりをかけたり、車にワックスをかけたりする技術を教えるのであれば、それは素晴らしい方法だと思います。私はダニエルに、(やるのであれば)実際に防御や蹴りをする武術の文脈の中で、そのような動きを練習してもらいたいと思っています」。

変化が重要なのは、初心者にとってだけではありません。ポーター氏は高度な技術を身につけた人にも、「より変化に富んでいることがより重要になる」と語っています。

運動学習の専門家が必ずしもミスター・ミヤギの方法をすすめないとしても、コーチや教師はそこからひらめきを得られます。運動から言語まであらゆる分野のスキルを身につける上で、トレーニングに変化を持たせることが助けになるのはさほど驚くことではありません。

ラヴィヴ氏を驚かせたのは、この原理がさまざまな分野に一貫してみられることでした。「これは研究者としての私も、あまり意識してこなかったことです」と語っています。 

※この記事は抄訳です

Translation: Yoko Nagasaka
Edit: Keiichi Koyama 

From: Popular Mechanics