子どもが自認する性と現在自分の身体に与えられた性との間に違いがある際に、医療によってその違和を解消するために受ける「gender-affirming health care(ジェンダー肯定医療福祉)」。これに親がアクセスした場合、親権を剥奪し、代わって州が親権を取得する法案がフロリダ州で2023年4月20日可決されました。

性別違和は生活をしていくうえで非常なストレスを生み出すことで知られており、トランスジェンダーの人々の自殺率は一般数倍(5倍~8倍 ※オタワ州立大調査 n=6800)とする調査結果も出ているほど。そのため、トランスジェンダーの若者の医療へのアクセスは「命の問題」とされています。

この共和党の動きは、明らかなトランスジェンダーと関係者たちへの迫害行為であり、世界中で非難の声が出ています。英「インディペンデント」紙などは党派を超えた支持者をもつアメリカ自由人権協会(ACLU)の立法ディレクターで、フロリダ州の上級政策顧問カーラ・グロス氏の「恥知らず」という声を取り上げています。

また「ワシントンポスト」紙は、2023年4月21日配信の記事で「この法律は明らかにひどい政策であり、保護者が子どもの福祉に関する決定をすることを支援すると主張している保守派が特に偽善的であると言えます。提案された法律は違法であり、確実に憲法違反だ」と非難しました。

activists gather outside the ronald reagan presidential library to protest against ron desantis
David McNew//Getty Images
2023年3月ロナルド・レーガン・ライブラリー前で、レインボーフラッグとともにデサンティス=フロリダ州知事を「民主主義を破壊するファシストの青写真だ」と非難するデモ隊。

漂う宗教の臭い

ACLUのグロス氏はまた、このような法案が出ること自体が「トランスジェンダーの人々が他の人々と同様に日常生活を送ることが不可能になり、公衆から虐待や敵意を引き起こす」という懸念も口にしています。

フロリダ州議会は公共の場での非シスジェンダー、非ヘテロの表現自体を排除することを目的とする3つの法案を、4月19日の水曜日に承認したばかり。これは明らかに合衆国憲法だけでなく、多くの先進国に当然のように定められている「表現の自由」に反しているのではないでしょうか。

いわゆる反ワクチン、反移民とわかりやすいトピックでロン・デサンティス知事は市民を対立させてきましたが、今度は反LGBTQを打ち出し、小学校低学年までの児童に性的指向や性自認について学ぶ機会を与えないようにする法律、通称「Don't Say Gay(ゲイと言ってはいけない)法」を2022年3月に成立させてもいます。これは、「いきすぎた性教育に警鐘を促しているだけだ」と軽視する意見も出ているものの、承認したデサンティスのオフィスが「グルーマー対策(※)」と呼んだ時点で、性的マイノリティに関する情報を伝える性教育を虐待と位置づけ、LGBTQコミュニティを狙った攻撃であることとも取れるのです。

  • ※ groomers=加害者が子どもを性的虐待目的で手懐けること。本来性犯罪に関する用語をLGBTQの認知・啓蒙を進める人々を反LGBTQ側が非難する手法として使用している。

一方でデサンティス知事は2021年6月に、公教育の場で少なくとも1分間の宗教的祈りを捧げる時間を確保する法律にもサインし、2023年4月13日には妊娠6週を超えた人工中絶を原則禁止する法案にも署名。いずれも宗教的イデオロギーの対立が顕著なトピックであり、実際福音派などの宗教右派組織からの強い支持を集めていることが報道されています。

対立軸をより鮮明にし、分断を煽(あお)ることで強い基盤をつくり、トピックに関係ない多くのマジョリティが次第に抱き込まれていくポピュリズムは、非常に効果を得やすいことが目に見えて明らかになっています。

そうした中、個人の身体の決定権にまで踏み込んでいき、州政府が個人の身体の権利を奪っていく動きは、治療行為自体を犯罪認定したノースダコタ州や治療の提供を犯罪化したテキサス州のようにいくつかの別の州にも広がっています。

トランスジェンダーの子どもの親から親権を奪い、州が手にすることになれば、キリスト教保守集団の支持が目的である以上、次はシスジェンダーやヘテロセクシュアルに彼らを「矯正」していくコンバージョンセラピーが待っていることは容易に想像できるはず。この法律は、そんな時代を逆行する行いが「公に実施されるようなディストピアにつながりかねない法律」と言っていいでしょう。対岸の火事と眺めているだけでは、あまりにも危険と言えるのではないでしょうか。