ウクライナ人モデルのクリスティ・ポノマール(21歳)は、家族がウクライナの首都キエフの防空壕に身を潜める中、自身は新型コロナウイルスに感染してしまいます。そのため、パリにあるホテルの一室で隔離を余儀なくされました。パリのファッションウィークが終了したあとの2022年3月8日(火)には、彼女はキエフへと戻る予定だったのですが…今もなお新型コロナウイルス感染症に罹患しており、母国には帰れません。いいえそれどころか、キエフの空港は閉鎖されています。そして両親も、「キエフには近づかないように」と彼女に伝えているのです。

「家族もボーイフレンドもみんな、『今は戻ってこないで。君まで防空壕の中で寝る必要はないし、それは誰のためにもならない』と口をそろえて言うので、私はここにとどまることにしました。いつ帰ることができるのか? 全く見通しがつきません」

現在、彼女がウクライナに帰る手段はクルマか電車しかありません。ですが、ロシア軍はウクライナ人の避難を防ぐために道路や橋を破壊していますし、さらにウクライナ側のほうもロシア軍のキエフ侵攻を遅らせるため、少なくとも1本の橋は破壊しています。つまり、その移動の道のりはかなり長く険しいのです。そればかりか、明らかに命を危険にさらすことになります。

paris, france   january 24 editorial use only   for non editorial use please seek approval from fashion house kristy ponomar walks the runway during the schiaparelli  haute couture springsummer 2022 show as part of paris fashion week on january 24, 2022 in paris, france photo by peter whitegetty images
Peter White//Getty Images
スキャパレリ(Schiaparelli)のランウェイに登場したポノマール。

ポノマールは現在の生活を、こう語っています。「所属するイタリアとフランスのモデルエージェンシーにホテルを提供してもらい、必要な物資を調達してもらうなどの支援を受けています」とのこと。

さらに、もし彼女の家族がウクライナを離れたいという意志があり、それが可能であれば、自らのもとに家族も受け入れると申し出てもいるようですが、そんな彼女も「でも今は、ただただ家に帰りたいだけです」「家族もボーイフレンドも犬も、私の人生はすべてウクライナにあります」と言います。

そんな21歳のモデルであるポノマールは、ロシアのプーチン大統領とウクライナ侵攻に対する投稿やコメントによって、SNS上からニューヨーク・ミラノ・パリへと続くファッションマンスリーにおいてもかなりの騒ぎを巻き起こしました。

ロシアがウクライナへの侵攻を開始した現地時間2022年2月24日(木)の彼女は、ミラノで開催される「プラダ(Prada)」の2022-23年秋冬のショーに出演する日。そこで彼女はショーのバックステージで涙を流している写真と共に、他のウクライナ人モデルたちと一緒に反戦抗議を示す写真をインスタグラムに投稿します。そこには、こう綴(つづ)られていました。

「戦争なんてクソくらえ! プーチンが憎い! 故郷に帰って安全に暮らしたい! たった今、プラダのショーに出たばかりだけれど、私の人生で最もつらいショーでした。でも私は、ウクライナのために歩きます。私をサポートしてくれたプラダの皆さんに感謝します。#nowarinukraine」
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ポノマールはその日、ショーに向かうための準備をしていたときに母親から、「家の外で爆発音がしたから、侵攻が始まったと思う」という電話を受けたそうです。そして、「バックステージで3時間ぐらい泣き続けた」と話す彼女は、ランウェイを歩くためになんとかして自分を奮い立たせたます。ですが、ショーが終わると同時に崩れ落ちてしまったということ。

「プラダのチーム全員が、私に『もし何か必要であれば、いつでも言って』と声をかけてくれました。また、ラフ・シモンズも私のところに来て、『本当につらいでしょうから、ランウェイを歩きたくなければ言ってください。もし歩けなくても、何の問題もありませんから』と言ってくれました。ファッション業界は今、ウクライナ人モデルたちにとても親切にしてくれています」

家族が爆撃に怯えながら身を潜めている間、自身がパリにとどまらなくてはならない状況は、想像を絶するほどつらいことです。が、ポノマールは自身と同じくパリから出られなくなってしまったウクライナ人モデルたちを見つけ、定期的に連絡を取り合っていると言います。

「出会ったその日から、私たちはお互いに連絡を取り合うようになりました。一緒にストライキに参加して、『何か必要な食べ物はある?』『困っていることはない?』『お金は足りている?』などと声をかけ合い、助け合っています」

「多くのモデルが、長期滞在できるほどのお金は所持していないのです」と話し、ファッションウィークに参加しているほとんどのモデルは16歳や17歳で、とても怖がっているということ、そして彼女はグループ内でも最年長に属しているということを教えてくれました。

さらに、ウクライナ人以外の多くのモデルたちも、サポートをしてくれているということ。現地時間3月1日(火)の「サンローラン(Saint Laurent)」のショーでは、ポーランド人モデルとロシア人モデルが、彼女のところに来て声をかけてくれたと話します。

「最近では、多くのロシア人モデルたちがウクライナ人を無視するようになっていたので、とてもうれしかったです。彼らはウクライナが戦争状態にあるのは、ウクライナ人のせいだと思っているようです」「私はロシア人の悪口を言っているわけではないので、とても不思議な気分でした。ロシア人全員が、『プーチンはいい大統領だ』と思っているわけではないことも知っています。そしてロシア人は、実際に会えばいい人たちばかりということも知っています」と言います。

ポノマールは今回のファッションウィーク中に、ロシア人モデルたちとこれほどの緊張感が生まれることになるとは想像していなかったと明かします。同様に、インスタグラムで戦争に関する情報や、ウクライナへの支援に関する情報をシェアし始めたとき、ロシア人フォロワーのほとんどを失うことも予想していなかったそうです。

「多くの人に、『なぜウクライナのことを話すの? 私たちはあなたのモデルとしてのコンテンツが見たいのに』とも言われました。それで私はただ、『みんな正気? 私の家族が防空壕で身を潜めてるというのに、ショーの写真が見たいだなんて』と答えていたんです。すると彼らは、私のフォローを解除し始めました」「(ロシアのウクライナ侵攻前は)私のTikTokやインスタグラムのコンテンツはすべて、モデルや仕事、旅行、友人に関するものでした。ですが、戦争が始まってしまったので、今はもうそんな場合ではありません」。

なお、ポノマールの叔父と従兄弟はウクライナ軍に入隊し、彼女のボーイフレンドも軍隊と密接に協力しているということ。彼女の母親は昼間(爆撃の警戒サイレンの合間)はキエフの郵便局で働き、夜は夫や弟と共に防空壕で過ごしているということ。

そんな故郷の様子を聞くポノマールは毎日、愛する人たちのことを心配し、無事を祈っているそうです。

そんな中、「ウクライナの軍隊はとても強い」こと、そして両親が「大丈夫」と言い続けてくれていることが、彼女の救いになっているそうです。「毎日ビデオ通話をしているし、母親からは3時間おきに『私たちは大丈夫』というメールが届くんです」と言います。

「私はとにかく家に帰りたい」

この大混乱の最中、彼女はミラノからパリへと渡り、ブランドのファッションショーに出ていることを家族はどう思っているのかと訊ねると、「彼らはこれ以上ないほど協力的で、誇りに思ってくれている」と答えてくれました。

「母はいつも、記事が掲載されているショーのリンク先を聞いてきます」「接続が悪くて記事が読み込めないこともあるので、そのときは『とにかく写真を送ってくれる? みんなに見せるから』と話しています」とのこと。

6年のキャリアを持つポノマールは、祖国が平和を取り戻した後も、モデル業を続けていきたいと考えているそうです。そして、(愛する人たちが戦争の真っただ中にいるのに、パリでクチュールショーのモデルをしているという)自身の対照的な立場に対して(辛い)違和感を感じつつも、彼女はファッションウィークが予定通りに開催されたことに対して、そして自身がそれに参加したことに対して一定の納得は示しています。

「仕事である以上、すべてのショーを中止するわけにはいかないと思います」「けれど私はこの状況について、声明を発表してもいいのでは?と思います。例えば『バレンシアガ(Balenciaga)』や『イザベル マラン(Isabel Marant)』のように、声明を発表したブランドもあります」

「でもその一方で、『何も起きていないし、私たちはただショーをやっているだけだ』と振る舞っているブランドが存在するのも確かです。けれど、ビッグブランドであれば、世界にある程度の影響力を持っていますから、この問題について声明を出す必要があると私は思います」

ポノマールは現在、新型コロナウイルス感染症の療養中で、ホテルに隔離されています(ワクチンは3回接種しましたが、これで2度目の感染だそう)。「できるだけ早く家に帰りたい」と口にしていますが、「今は家族と話をしたり、戦争についての情報交換を続けたりして過ごすつもり」とのこと。

「私たちモデルはウクライナにいる家族から、『軍隊に入ることはできないのだから、そもそも助けることもできないのよ。だから、そのまま安全な場所にいて』と言われています」と語るポノマール。それもあって彼女は、今いる場所からソーシャルメディアを通じて支援することを自身の使命としたのです。そして実際に、今起こっていることを写真で投稿し、困っているウクライナ人を支援する方法を提供しています。

Source / Harper's BAZAAR
Translation / Masayo Fukaya
※この翻訳は抄訳です。

※本記事は2022年3月9日随筆時点の内容です。


From: Harper's BAZAAR JP