[目次]

▼ 今、鹿児島でウイスキー造りが盛り上がっています

▼ 2代目の意思を継ぎ、老舗焼酎メーカーがウイスキーで世界に挑む

▼ 個性を生み出すのは、鹿児島の台地と焼酎造りの技術


いま鹿児島で
ウイスキー造りが
盛り上がっています

スコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアンと並び、世界5大ウイスキーの一つとして数えられるジャパニーズウイスキー。2020年には清酒を追い抜き、日本産酒類の輸出量においてトップに躍り出ていることからも、世界からの高い関心がうかがえます。

ジャパニーズウイスキーが認められるようになったのは、英国のウイスキー専門誌『ウイスキーマガジン』が2001年に初主催した国際的な品評会、「ベスト・オブ・ザ・ベスト(ワールド・ウイスキー・アワードの前身)」でニッカウヰスキー「シングルカスク余市10年」の総合1位、サントリー「響21年」が第2位と日本勢がトップ2を独占受賞したことに始まります。以来、日本のウイスキーが海外の品評会で数々の栄誉を受けることに。

そうした流れの中、埼玉県秩父市にある国内でも数少ないウイスキー専業メーカーが製造する地ウイスキー「イチローズモルト」が、2007年~2013年まで「ワールド・ウイスキー・アワード」のジャパニーズ部門において7連続で世界最優秀賞を受賞します。これがトリガーとなり、小規模の蒸留所で造られるクラフト・ジャパニーズウイスキーも世界的に注目されるようになったというわけです。

ちなみにジャパニーズウイスキーの定義は、日本洋酒酒造組合によって2021年に定められたばかり。その背景には、海外で製造されながらも日本でボトリングしたことで「ジャパニーズウイスキー」と銘打って販売するといった、なんちゃってジャパニーズウイスキーの類(たぐい)が横行していたことからでした。なお、クラフト・ジャパニーズウイスキーには、現状では明確な定義はありません。

嘉之助蒸溜所の貯蔵庫

日本各地にあるウイスキーの蒸留所ですが、2023年3月時点でウイスキーの酒類製造免許を取得しているところは181カ所になり、一番多く擁する都道府県はどこか? というと、実は鹿児島県なのです。

鹿児島のお酒と言えば「焼酎」を思い浮かべる人も多いかと思いますが、焼酎の蔵元がウイスキーの蒸留所を設立する動きが2016年頃から見られています。さらには近年では、「シングルモルト嘉之助 2021 FIRST EDITION」や「シングルモルト津貫 2022 エディション」など、鹿児島で造られた数々のウイスキーが品評会で最高賞を受賞しています。

そして今回、「シングルモルト嘉之助」のふる里 小正嘉之助蒸溜所を訪ねることに。ここは明治16年(1883年)に焼酎・蒸留酒の蔵元として創業した小正醸造が、2017年に設立した蒸留所です。そこで、彼らのウイスキー造りの秘密に迫ることができました。

嘉之助蒸溜所
嘉之助蒸溜所の左右には切り立った崖が広がり、どこかスコットランドの風景と似ているような…(写真でしか見たことありませんが)。

2代目の意思を継ぎ
老舗焼酎メーカーが
ウイスキーで世界に挑む

嘉之助蒸溜所があるのは、鹿児島空港から車でおよそ1時間の場所にある鹿児島県日置市。日本三大砂丘の一つに数えられる吹上浜の上にあります。前出のように1883年に創業し、1957年に日本で初めての樽熟成焼酎「メローコヅル」を誕生させた小正醸造によって、2017年に設立されました。

メローコヅル
庶民の飲み物とされてきた焼酎の地位向上を図るべく、「ウイスキーやブランデーのように樽で熟成させたら付加価値を付けられるのではないか?」という発想から生まれたのが、この「メローコヅル」でした。
嘉之助氏の構想図
嘉之助氏の構想図。

その歴史を聞けば、焼酎の蔵元は少し離れた別の場所にあり、この土地は2代目・小正嘉之助氏が世界への展開を見据えて開発した「メローコヅル」の貯蔵スペースを確保するために購入されたものということ。ここには「焼酎のテーマパークをつくる」という構想もあり、絵にあるとおり三つの貯蔵庫は建てられましたが、いま嘉之助蒸溜所がある場所は空き地になっていたそうです。その場所が蒸留所として新たなスタートを切ることになったのは、4代目・小正芳嗣氏が経験した出来事がきっかけでした。

小正芳嗣氏は小正嘉之助氏の思いを継いで「メローコヅル」の世界進出を狙いましたが、品質は評価されたものの食中酒として蒸留酒を水で割る文化がないため、海外での展開に苦戦。そこで発想を変え、焼酎の蒸留および熟成技術を生かして、焼酎と同じ蒸留酒であり世界で広く飲まれているウイスキーに挑むことにしたそうです。

4代目の小正芳嗣氏
4代目の小正芳嗣氏。「ジャパニーズウイスキーが認められることで、 バックボーンである焼酎にも世界から注目してもらえることを目指した」と言います。実際、嘉之助のウイスキーの原点ということで、右肩下がりだった「メローコヅル」の売れ行きが上向きになったそうです。

個性を生み出すのは
鹿児島の台地と
焼酎造りの技術

そんな嘉之助蒸溜所を訪れると、まず迎えてくれるのがコの字型に開かれたエントランス。蒸留所のデザインはランドスケーププロダクツ代表の中原慎一郎氏が担当しており、世界の蒸留所を参考にホスピタリティにあふれたつくりに設計され、特にエントランスは訪れた人を温かく迎えられるようなデザインにしたということです。

そして建物の中に入ると、驚くのがその香り。ウイスキーの香りに包まれ、鼻腔(びこう)をまろやかに突き抜けるのです。どうやら時間によって、発酵のときの香りや蒸留のときの香りと変わるようで、蒸留所にやって来たんだという実感を際立たせます。

嘉之助蒸溜所
蒸留所名は、ニッカ“余市”蒸溜所といったように地名がつけられることが多いですが、世界進出を目指していた小正嘉之助氏の思いを受け継ぐため、「嘉之助蒸溜所」と名づけたそうです。

ここで造られているのは、モルト(大麦麦芽)を原料にしたシングルモルトウイスキーになります。蒸留所を案内してくれたのは、所長でチーフブレンダーの中村俊一さん。ウイスキー造りについて聞けば、嘉之助のウイスキーにはこの土地の利点も大きく関わっているようです。

「ここはシラス台地(火山の噴出物からなる台地)で、水はけがよく“天然のろ過器”とも言われ、良質な天然の地下水が流れています。

また1年をとおして40度近くの寒暖差があるため、樽が大きく深呼吸する回数が多く、スコットランドのような地域と比べると熟成が3倍ぐらいの速さで進むんです。4~5年の熟成で、スコッチウイスキーの12年ものの熟成に並びます」
所長の中村俊一さん
蒸留所を案内してくれた中村さん。この気候風土によって、とてもまろやかで深い味わいのウイスキーに仕上がるそうです。

また、嘉之助のウイスキー造りを語るうえで欠かせないと言われているのが、3基のポットスチル(蒸留器)。クラフト・ウイスキーの蒸留所では2基が一般的だそうですが、香りや味わいを豊かに変化させ多彩なウイスキーを造るために、嘉之助蒸溜所では3基取り入れています。

熟成することを目指し2回蒸留を基本としており、左端のポットスチルで蒸留したあとに3分の2は中央へ、3分の1は右端のポットスチルで蒸留するのだと教えてくれました。中央のものはストレートタイプで香りや味わいの成分を集めやすくリッチに仕上がり、右端のものはランタンタイプで、軽快かつ繊細な味わいに仕上がるということ。こうした蒸留器を使い分ける技術は、「7基の蒸留器を使ってさまざまな焼酎を生み出してきた歴史があってこそ」と言います。

蒸留器
3基のポットスチル。
存在しない画像
写真左/発酵のタンクが埋められているのは、甕(かめ)を土に埋めて貯蔵する小正醸造の焼酎造りを想起させるためのディスプレイ。嘉之助のウイスキー造りが焼酎とつながっていることを感じ取ってほしいという想いから。写真右/蒸留が行われている様子も間近に見ることができます。ポットスチルのある場所は、ものすごい熱気でした。

また熟成においては、「メローコヅル」のリチャーカスク(樽の内側を削って焼き直した樽)も使われています。甘酸っぱくジューシーで和を感じる仕上がりになるそうで、ヴァッティング(複数の原酒を混合すること)する際のキーモルトとして、必ず使用しているということ。そしてこうした過程を経て出来上がるのが、定番シングルモルトウイスキー「シングルモルト嘉之助」です。

貯蔵庫
手前が「メローコヅル」のリチャーカスク(既に一度使用された熟成樽で、内部を焼き直し<リチャー>したもの)。他にもオーク樽やシェリー樽、バーボン樽の新樽を使用。貯蔵するスペースが足りず、貯蔵庫は蒸留所の敷地内の他、廃校になった小学校の体育館を改装して活用しています。

また、嘉之助蒸溜所から車で5分ほどの場所には、小正醸造の日置蒸溜蔵があります。ここで造られているのは、焼酎、ジン、そしてウイスキーです。焼酎造りは8~12月に行われ、そのオフシーズンでウイスキーは造られています。

日置蒸溜蔵では、「今ある焼酎造りの設備を使って造ることができないか?」という考えから始まったため、蒸留にステンレスのポットスチルを使用。「銅を使ったほうがクリアになる」とされていますが、焼酎造りの技術を生かして減圧蒸留をすることで、ステンレスでもクリアなお酒を造り出せているということです。そして嘉之助蒸溜所の熟成庫で仕上げられ、完成したのが「嘉之助 HIOKI POT STILL」。2023年12月1日より新たにラインアップに追加された1本になります。

蔵長でマスターブレンダーの枇榔誠さん
日置蒸溜蔵は、蔵長でマスターブレンダーの枇榔(びろう)誠さんが案内してくれました。ここではモルトと大麦を原料にしたグレーンウイスキーを造っており、力強くも優しい味わいに仕上がっているということです。
横置蒸留器
日置蒸溜蔵では、独自設計の横置蒸留器も使って焼酎を造ってきました。四つの蒸留口が付いているのが特徴で、ウイスキー造りでも蒸留を使い分ける発想はこの蒸留器をきっかけに生まれたそうです。

嘉之助が造るこれらのウイスキーは、蒸留所見学の最後に訪れる「THE MELLOW BAR」でテイスティング可能となっています。「THE MELLOW BAR」は蒸留所の2階にあり、目の前には東シナ海を望む美しい眺望を目にすることができます。

訪れたときはあいにくの天気でしたが、晴れた日には太陽が水平線に沈んでいく、美しいサンセットを眺めることができるということです。

存在しない画像
カウンターは11メートルの立派な1枚板、ゆったりとした椅子も特注品です。
サンセット
この様子がラベルのデザインに採用されています。

ここでは、ウイスキーやニューポット(蒸留したての、樽へ貯蔵する前のウイスキー原酒)がテイスティングできます。訪れた日に味わったのは、「シングルモルト嘉之助」「嘉之助 HIOKI POT STILL」、そして4月9日(火)より発売となった「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」もひと足早くテイスティングさせてもらえました。

「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」は、「シングルモルト嘉之助」と「嘉之助 HIOKI POT STILL」を構成する原酒を選定し、ブレンドしたウイスキー。それぞれの個性際立つ2つのウイスキーを、互いの特徴を引き立たせる配合を吟味してブレンドしたものになります。バニラのような香りで、口に含むとリッチな甘みが広がり、次第にビターな余韻へと続いていきます。

嘉之助 double distillery
「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」。ラベルやパッケージはその上品な味わいを連想させる配色で表現したということ。

このように嘉之助蒸溜所で見聞できたのは、焼酎造りの歴史と技術に裏打ちされた、個性的で質の高いウイスキー造りの背景と熱い想いでした。さらには、「10年や15年熟成させたものも造りたい」といった展望もうかがい、嘉之助の挑戦はまだまだこれからも続くことを確信できました。

そんな嘉之助のウイスキーを自宅やバーで嗜(たしな)めば、至福の時間(とき)を過ごせるはず。ですが、筆者のようにその産声の現場を目の当たりにしながら口に含めば、この上ない幸福感が口から全身、そして心へとまろやかに伝わっていくに違いありません。

皆さんもここ嘉之助蒸溜所へ訪れ、情熱にあふれたウイスキー造りに触れ、雄大な景色を見ながら味わってみてください。きっと極上の体験となるはずです。

◇「嘉之助蒸溜所」概要
住所/鹿児島県日置市日吉町神之川845-3
営業時間/10:00~17:00
     (ショップは16:30まで)
定休日/月曜、お盆、年末年始
    ※月曜日が祝日の場合は営業、
     翌火曜日が休館
    ※臨時休館あり
TEL/099-201-7700
公式サイト
※蒸溜所見学は10:30~11:30、13:30~14:30の2回制。見学料は1000円(税込)で1週間前の事前予約制になります。