良いものばかりに囲まれて、満足すればするほど、新たな興奮を得るのは困難になっていくもの。それはある種の真理かもしれません。しかし、突如現れた70年代のベルトーネ(編集注:イタリアの名門カロッツェリア)によるコンセプトカーを目にすれば、若かりし日のあの感情が、ここで心躍るように沸き立つかもしれませ。

今から10年ほど前にベルトーネが経営破綻して以来、その資産は売却され、ベルトーネのコンプリートコレクションの一角を占めていた名車の数々は、各地の幸運な人々の手に渡っていったのです。

先日その中の1台が、イタリア北部のコモ湖の西岸にある19世紀のヴィラで催された自動車愛好家の集会に姿を現しました。とある愛好家が、名匠マルチェロ・ガンディーニ(編集注:ランボルギーニ「カウンタック」を始め、数多くの名車をデザインした世界有数のカーデザイナー)の手によってデザインされたフェラーリ「308GTレインボー」を持ち込んでいたのです。

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Mate Petrany

ベルトーネが引き放った1本の矢

1973年のパリモーターショーでお披露目となったフェラーリ「308ディーノGT4」。フェラーリの本拠地モデナ・マラネロ発のこのモデルのデザインを手掛けたのが、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニがその人でした。

フェラーリとの契約を更新したベルトーネはその後、1976年のトリノモーターショーで同じくガンディーニによるコンセプトカー、フェラーリ「308GTレインボー」を披露することになります。それはまさに、来たるべき未来像を示す至高の1台と呼ぶに相応しい作品でした。

「308ディーノGT4」のシャシーを3.9インチ(約10センチ)ほど縮め、リアトラックを2.75インチ(約7センチ)広げたフェラーリ「308GTレインボー」。半円形のフェンダーに丸いヘッドライトという伝統からの脱却を目論むかのような、70年代当時のカーデザインの最先端を行く見事な仕上がりでした。クリーンでシャープ、そしてスマートなデザインによって、ベルトーネは未来へ向けた矢を放ってみせたのです。

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Mate Petrany

「308GTレインボー」最大の仕掛けと言えば、わずか2秒でコックピットの背後へと格納される手動のハードトップでした。最高出力255馬力へと進化を遂げた3.0リッター106ABアルミ製V8エンジンにウェーバー製のキャブレターを4つ装備し、そこに5速ギアボックスが組み合わされています。

そうしてこの「308GTレインボー」が、ベルトーネが手掛けた最後のフェラーリとなりました。競合カロッツェリアのピニンファリーナが、再びフェラーリとの契約を取り戻したことによって、この虹の先に新たな太陽が昇ることはありませんでした…。

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Mate Petrany

儚くも美しく消えていった1本の虹

あれから50年ほどが経過した今日、この世界に1台きりのフェラーリ「308GTレインボー」が元気な姿を現しました。当時つくられたどのフェラーリと比べても、まだまだ健在そのものです。突然現れてはその瞬間、感情を色鮮やかに彩り消え去っていく…。まさに虹のような存在だった「308GTレインボー」。まぶたの裏に焼きついたその鮮烈な残像は、リフレインされるたびに増幅され、若かりし日のあの心躍るような感情が呼び覚まされます。

ただし、外装パーツの入手は不可能です。「帰らぬものはもう帰らぬ」と、諦めるほかありません。その儚(はかな)さもまた、名車を愛でる喜びなのかもしれません。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です