来たるべきスーパーSUVの時代を、当時の私たちは予想しきれずにいました。この20年というもの、アメリカ国内で販売される新車の実に半数以上が高い乗降性と広々とした車内空間を有するクロスオーバー、もしくはSUVです。そのニーズは、現在もさらに高まりを見せています。

なぜなら、クーペやセダンのような流麗なボディラインを持たないからと言って、必ずしもスピードが犠牲になっているというわけではないからです。例えばランドローバー「レンジローバースポーツSVR」や、ジープ「グランドチェロキー トラックホーク」、メルセデス・ベンツ「メルセデスAMG G63」など、速さを追求したモデルもちゃんとラインナップされているのです。

 
JON HARPER / @JBH1126

その好例としては、あのランボルギーニで“スーパーSUV”を誇る「ウルス」がこの車種の中でトップランクの人気を誇っているのですから…。この事実を知って、驚く人もいるかもしれません。ですが私(※編集注:この記事の著者である、アメリカのカーメディア「Road and Track」の編集者ブライアン・シルベストロ氏)にしてみれば、その事実は驚きでもなんでもありません。

なぜなら…ここで三菱自動車の話をしましょう。全盛期のまばゆい輝きを考えれば今となっては少し陰りが見えるかもしれませんがその昔は、スーパーSUVの最高峰と呼ぶべき名車を販売していた歴史があります。それが「パジェロ エボリューション」です。惜しむべきは、「その登場は四半世紀(25年)ほど早過ぎた」という点です。

この「パジェロ エボリューション」は、1990年代終盤から2000年代初頭にかけてダカールラリーに参戦したモデルです。わずか2693台の生産に留まった希少なモデルであり、日本国内でしか販売されませんでした。現在のようにSUVが席巻する世の中が訪れるよりもはるか以前に、まさに模範解答と呼ぶべき“スーパーSUV”が生み出されていたのです。

残念ながら、この車が広く世界に羽ばたくことはありませんでした。驚異のドライビングエクスペリエンスを備えた名車であるからこそ、実に残念な話だったと言わざるを得ません。

 
JONATHAN HARPER / @JBH1126

とても目を引く車でした。オモチャのようなプロポーション、リアにはバットモービル(アメコミの「バットマン」に登場するアレです)かと見紛うほどのウイングレット、サイドに大きく張り出したワイドなフェンダー、フロントのバンバーには「EVOLUTION(エボリューション)」の文字が刻まれ、いずれもひと目見で鮮烈な印象を残します。シルバーの絶妙な色調も忘れてはなりません。

このように、「パジェロ エボリューション」は街でとにかく目立つ車なのです。パジェロ版「GT3 RS」(※編集注:ポルシェ「911 GT3 RS」。ポルシェの誇る超ハイパフォーマンス・スポーツモデル)と呼びたくなるようなモデルなのです。つまり、そんじょそこらのSUVとは一線を画す存在でした…。

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車内に目を向ければ、その興味はさらにそそられます。レカロ製の純正シートは見た目に麗しいばかりでなく、ドライバーをしっかりサポートする逸品。メーター類やカーラジオ、空調などの操作系は、まるで少年時代に夢見た憧れのマシンそのまんま。ノスタルジーを刺激されるデザインです。ダッシュボードには方向指示器や油圧計などのメーター類が密集しています。タッチスクリーンや静電容量式タッチボタンなどといった無粋なものは、ここには存在していません。必要なものは全てそろっており、不要なものは何ひとつない…というわけです。

ラリーの世界で華々しい活躍を見せた「ランサー エボリューション」と同様に、「パジェロ エボリューション」もまた、標準仕様車とは全く異なる個性を備えた車として仕上がっていたというわけです。専用設計の3.5リッター自然吸気V型6気筒エンジンの最高出力は276馬力。最大トルクは347N・mを誇ります。トルセン式リミテッドスリップデフを前後に装備したシフト式4WDシステムには、トルクコンバータ式オートマチックトランスミッションが組み合わされています。

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ライブアクスルを捨て去り独立懸架を採用するという先鋭的な試みにより、ハンドリング性能の向上を実現しています。標準モデルより4インチ(約10センチ)以上も拡大されたトラック幅が、短めのホイールベースを相まって実にアグレッシブな印象を生み出しています。

「パジェロ エボリューション」を走らせるなら、あれこれ難しいことなど考えずに、まずは気楽に飛び乗ってみるのが一番でしょう。なにしろ1990年代のSUVです。あの時代の実用車と言えば、大抵は同クラスのセダンよりもやかましく粗削りなものでした。20年以上も前にSUVを買い求めた多くの人々が求めたのは、広々とした車内とその走行性能であって、快適さや運転のしやすさなど当時においては二の次だったはずです。

とは言え、1990年代当時の他のSUVとは全く異なる走りを見せてくれるのが「パジェロ エボリューション」の魅力。ドライビングポジションはやや窮屈かもしれませんが、ラリー仕様のロングトラベルサスペンションがもたらす乗り心地の良さは際立っており、舗装の劣化した道路の凹凸も見事に吸収するようチューニングが施されています。高さのある窓のおかげで、運転席からの視界は良好ですし…。これまで数多あった都市型クルーザーの中で、私にとって間違いなく「最高の1台」と断言できます。

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そして、最大の驚きはステアリングにありました。「大きなタイヤを履いている上に、1990年代の技術でつくられた車」ということで、「もっとぼんやりとしていて、言うことを聞いてくれないステアリング性能」を想像していました。ところが手元に届く反応は素晴らしく、ハンドルを切るのにほとんど力を必要としないほどだったのです。

ステアリングホイールにはボタンやらレバーやらの煩わしいものなど一切ついておらず、なんともすが清々(すがすが)しいほどです。とは言え、私の好みから言えばやや野暮ったいデザインなので、できれば3本スポークのMomo製ステアリングホイールに交換したいところではあります。

エンジンの素晴らしさは、また群を抜いていました。ギリギリまで回そうと踏み込むアクセルに素晴らしい反応を返してくれるばかりか、限界に向かって惜しみないパワーを生み出す際のサウンドがなんとも言えない心地良さです。一般にはエキゾーストノートで不評を買いがちなV型6気筒エンジンですが、2.0リッター直列4気筒ターボばかりが巷にあふれる今日にあって、この異質さこそが輝きを放ってくれるのです。

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「パジェロ エボリューション」に時代を感じるとすれば、それはトランスミッションです。昔ながらのギアボックスという感じで、世の中のことなどお構いなしというような、どこか気ままな様子さえ漂わせています。スロットルに反応してキックダウンするのは当然ですが、ZF8のような滑らかさは期待しないほうが良いでしょう(※編集注:ZFフリードリヒスハーフェンとは、ドイツ・フリードリヒスハーフェンに本拠を置く自動車部品製造企業のこと)。マニュアル仕様の「パジェロ エボリューション」も存在しますが、ほとんど出回っておらず希少車です。

そういったわけで、例え原始的な代物であってもオートマチックで我慢するほかない、という話になります。実際、ダカールラリーのレースでもオートマチック車が使われたのですから、オートマチックを選択することはこのホモロゲーションのルーツに対し、「忠実なる選択」とも言えるのです。

現代の基準からすれば、「速い車」とは決して言えません。ですが、それでもフロントエンドのレスポンスの良さは悪路のみならず、狭くてゴミゴミした市街地を走り回るのにも適しています。今回は残念ながら、オフロードを走らせることはできませんでしたが、ダート道での走行性もじゅうぶん備わっているであろことは疑うべくもありません。

例えば今この時代に、「三菱自動車から『パジェロ エボリューション』のような車が発売されたら…」と想像してみてください。「ランサーエボリューション」が役目を終えた今、この車を求めディーラーに押し寄せる人々を姿をたやすく思い描くことができるはずです。

EV(電気自動車)の時代になってもなお、スーパーSUV市場の賑わいが鎮まる気配が見えません。「パジェロ エボリューション」はとにかく、ただただ登場の時期が早すぎたのです。偉大な車であることに疑いの余地などなく、その早すぎた登場が残念でなりません。

クルマ選びの予算とセンスとを兼ね備えた、ごく一部の恵まれた人々だけがこの素晴らしさを体験することができるでしょう。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です