Jump to:

  • 場の空気を支配する、圧倒的なオーラ
  • 水に浮かぶような滑らかな走りだし
  • 上質な時間が加速する


2021年9月、ロールス・ロイスがBEV(バッテリー式EV)のテストを開始した――。その知らせは、驚きや納得の声とともに世界中を駆け巡りました。そうして2022年10月、ブランド初のBEVとして一から企画・設計されたモデル「スペクター」が、世界にお披露目されました。昨年6月には日本公開も果たしています。国際試乗会の様子を拝見すると、すこぶる高いその評価。「Esquire」編集部としてもかなり気になっていたモデルでしたが、先日ついに試乗のチャンスが到来。「幽霊」や「亡霊」の意味を持つその車の実体を体感すべく、試乗会場へ向かいました。

* * *

ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars
ベースとなるスペースフレームは、“アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー”。オールアルミニウム製でロールス・ロイス独自の技術でつくられています。「カリナン」や「ゴースト」にも採用されていますが、「スペクター」ではここに電動パワートレインを載せ、“ロールス・ロイス3.0”を象徴する存在となります。

場の空気を支配する、圧倒的なオーラ

当日「スペクター」と対面したのは、港区にあるラグジュアリーホテル「東京エディション虎ノ門」。車に関する詳細なガイダンスを受けたのち、地下駐車場の車寄せに向かいます――そこで、「スペクター」と対面することに。当然のことながら、数台の車が止まる駐車場の中でもその存在感は圧倒的。一瞬で視線が独占される迫力に満ちた佇(たたず)まいなのはご想像のとおりです。直線的なフォルムと、なめらかな曲線が生み出すダイナミックな造形美。ボンネットからルーフラインへと美しく流れる曲線のフォルム、そしてゆったりとしたプロポーションはラグジュアリーな躍動感を感じさせます。

「スペクター」は「ファントム」の精神的後継車という位置づけで、ロールス・ロイスはこの車を “ウルトラ・ラグジュアリー・スーパー・クーペ”と定義します。どっしりと重厚感のある同社の多くの他モデルと比べて、より前傾のフォルムが特徴的で、2ドア4シーターのファストバックというその姿は、自らステアリングを握って運転を楽しむドライビングカーとしての主張を感じさせます。

車の周りをぐるりと一周し、モダニズム建築や船舶のデザインからもインスピレーションを受けたというデザインを注意深く確認。その威風堂々とした姿は、長年に亘(わた)って育まれてきたブランドとしての格や威厳を感じさせるとともに、コンテンポラリーな魅力が感じられました。

ロールス・ロイスの広報スタッフの方に聞くと、世界的に見たコアな客層の平均年齢は43歳前後。その中には若くして自らの力で成功を勝ち得た人も数多く、平均でおよそ7台の車を所有し、シーンによって乗り分けているのだそう。

この「スペクター」は、数々の名車を乗り継いできた顧客に向け、走りを楽しむドライビングカーとして生み出された一台。それだけに、走りへの期待は否が応でも高まります。

ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars
美しいルーフラインが伸びやかなプロフィールを描き出します。同社の2ドアクーペとしては約100年ぶりとなる、23インチのホイールを履く。これは「スペクター」のゆったりとしたプロポーションに合わせてのもの。

果たしてそのフィーリングは? シートに乗り込むや否や、ラグジュアリーな世界観にただただ圧倒されるばかり。フロアには毛足の長いふかふかのシートが敷かれ、身体を預けるシートは吸いつくような上質な肌触り。天井には、LEDライトで夜空の星空を表現した“スターライト・ヘッドライニング”が瞬きます。さらに「スペクター」では、ドアの内張りにもLEDを埋め込んだ“スターライト・ドア”もオプションとして用意されています。

ロールス・ロイスならではのエフォートレス・ドアもすこぶる快適で、ドアの開閉がとにかくスムーズ。「スペクター」独自の仕様として、車内に乗り込んだ後にブレーキペダルを踏むことで運転席のドアが自動で閉まる機能も搭載していますが、これがまるでショーファーカーのように、着席後にお抱えの運転手に扉を優しく閉めてもらったかのような感覚。車を始動させる前から、優雅な気持ちにしてくれます。

ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars
「ファントム」から採用された天井を彩るLEDライトに加え、新たにオプションとして用意された“スターライト・ドア”。夜空に浮かぶ星をイメージした計4796個ものLEDライトが、車内を幻想的に彩ります。
ロールス・ロイス「スペクター」
Munenori Nakamura
ロールス・ロイス「スペクター」
Munenori Nakamura
ロールス・ロイス「スペクター」
Munenori Nakamura
ロールス・ロイス「スペクター」
Munenori Nakamura

水に浮かぶような滑らかな走りだし

いざスタートボタンを押して車を走らせてみす。2030年までに全製品を電動化、ICE(内燃機関)搭載モデルの新規生産は行わないとするロールス・ロイス。記念すべき新たな旅の始まりやいかに? まずは、東京タワーを間近に見上げる港区神谷町から新緑まぶしい神宮外苑を目指します。駐車場から車を始動させてまず感じるのが、そのなめらかな挙動です。穏やかな走りだしから静かに加速。その全てが、ふんわりと優しく感じられます。

スペイン大使館やサウジアラビア大使館などが建ち並び、海外の要人が行き交うこの一帯。道幅は狭く、慣れない間は大型の車を運転することは避けたいというのが偽らざる本音でした。ましてや「スペクター」は、全長5475 × 全幅2144(※ミラー含む)× 全高1573mmという巨大サイズ。ところが走りだすと、実際のサイズを感じさせないノンストレスな走り(そして、運転に慣れてくると、さらに車がコンパクトに感じられることに)。

シフトセレクターで「B」を設定すると、回生ブレーキが強化されてワンペダルドライブに対応します。これが実に快適で、アクセルペダル一つで発進から停止までが可能。細かな停止位置の設定にもすぐに慣れ、数回のトライを経て狙った場所で停止できるようになります。そのうえ、止まり方も非常にジェントル。雑味のない挙動なので、ストップ&ゴーが多い街中走行では特に頼れる存在であることがよくわかりました。

車重は2890kgとヘビー級。それでもハンドリングはとても軽快で、カーブもスイスイと小気味よく曲がってくれます。バッテリーだけで700kgの重さを占めますが、ロールス・ロイスによると、このバッテリーは車両構造と一体化した配置のため、遮音材としての重要な機能も果たしているのだそう。確かにBEVということを差し引いても、車内は本当に静か。

ここまで、一般道をゆったりと流すクルージングがとにかく気持ち良い。走りだしや加速、止まり方、ステアリングの回遊性といった制御の一つ一つが高い次元で洗練されていて、そのディテールの積み重ねが圧倒的な満足感として身体全体に押し寄せてきます。それもそのはず。開発時の「スペクター」のテスト走行距離は250万キロ以上に達し、さまざまな地形や温度環境のもとテストが重ねられてきたと言います。トータルでは400年以上の通常使用を想定したテスト内容で、磨き上げられた走りが際立ちます。

明治神宮外苑
Munenori Nakamura
ロールス・ロイス「スペクター」
Munenori Nakamura
パルテノン神殿に由来する伝統的なフロントグリルデザインの“パンテオン・グリル”。「スペクター」のものは歴代モデルの中でも最もワイドなデザイン。夜間になると、22個のLEDがステンレススチールのベーン背面を照らし、光と影を立体的に映し出します。
ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars
一充電における航続距離はおよそ530km(WLTP)。ちなみにロールス・ロイスでは顧客との対話を大事にし、顧客のニーズやライススタイルを理解することを大切に設計されています。同社のモデルで、年間平均5100kmほどの走行が想定されているとのこと。

そうこうしている間に、車は目的地である外苑の銀杏並木へ到着。つかの間の休憩を挟みつつ、撮影の合間にチェックしておきたいものがありました。「別次元」と評判の車内の音響設備です。

搭載しているのは、オプションで選べる「ビスポーク・オーディオ」のサウンドシステム。イギリス・ヘイスティングスを本拠とする新鋭のハイエンド・オーディオメーカーで、18個のスピーカーで奏でる“イマーシブオーディオ”、つまり360度全方位から音が鳴り響く没入感の高い音響システムです。

Bluetoothで接続したiPhoneのプレイボタンを押すと、サウンドのバランスが抜群で、鮮明に鳴り響きます。ピアノとシンセで奏でられるHania Raniの独創的なサウンドスケープが目の前に広がり、落ち着きのある低音、ふくよかな中高域のピアノの音色にうっとりします。Wilcoの懐かしい「Spiders(Kidsomke)」はどうでしょう。穏やかなリズム、繰り返されるギターリフ…。弦を弾く一音、一音が粒となって身体全体を包み込み、サウンドシステムもまた贅沢を超越していることがよくわかりました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Hania Rani - Full Performance (Live on KEXP)
Hania Rani - Full Performance (Live on KEXP) thumnail
Watch onWatch on YouTube
これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Spiders (Kidsmoke)
Spiders (Kidsmoke) thumnail
Watch onWatch on YouTube

まだまだ走りたい。そんな気持ちに背中を押されるように、予定していた撮影時間を大幅に短縮し、首都高4号線外苑からいざ高速道路へ漕ぎ出します。

上質な時間が加速する

水曜日の午前11時、首都高はそれなりの混み具合です。アクセルを踏み込み高速走行へ。静かな走り出しからなめらかに加速していきます。「スペクター」は前後に2基のモーターを搭載した電動4WD方式を採用し、フロント出力は190kWでトルクは365Nm。リアの出力は360kWでトルクは710Nm。これは性能的には出力430kW、トルクは900Nmの内燃機関に相当します。停車時から100km/hへの加速に要する時間は、わずか4.5秒という抜群の加速性能を誇ります。

ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars
たおやかで力強さも秘めた後方のファストバック。エクステリアは、オートクチュールや船舶、現代アートなどの幅広い分野からインスピレーションを得て誕生したデザインです。

高速で走りだすと路面から伝わる振動も上手にいなし、継ぎ目の振動の角も丸く感じられます。すーっとシルクのようになめらかに進む上質な加速と相まって、その走りはまるで重力から自由になった船が、海面を進んでいるかのよう。さらに、そこにBEVならではの静粛性が加わるのです。

そこで思いをめぐらせざるを得ないのが、ロールス・ロイスのDNAでした。

このグッドウッドのカーブランドと言えば、“マジック・カーペット・ライド(空飛ぶじゅうたん)”と称される乗り心地の高さや走行安定性、圧倒的な静粛性で知られるわけですが、パワートレインが12気筒のICEから電動に変わっても、ロールス・ロイスらしさは変わらない。

『重要なのはロールス・ロイスであること。電気自動車というのはその次です』とは試乗前のガイダンスで聞いた言葉ですが、それが意味することを改めて実感することになりました。

そもそもロールス・ロイスが誕生する4年前の1900年。創業者の一人であるチャールズ・スチュアート・ロールズ氏は、“車内の静粛性”こそラグジュアリーの大切な要素であると考え、騒音がなく空気も汚さない電気自動車の有用性を雑誌のインタビューで説いていたと言います。

つまり、100年以上の時間を超越し、その美学を詰め込んだ1台ということ。そんな点にもブランドとしてのロマンと「スペクター」の魅力が凝縮されていると言えそうです。

この車は、贅沢のその遥か先にある存在。誰彼もが手に入れられるものではありません。同じ地平線で肩を並べる車はどこにも見当たらず、競合となるのは、船でありプライベートジェットです。例えば腕時計の世界では、200年以上の歴史を誇る伝統的な時計メゾンがストリートカルチャーと接点を持つなど、昨年大きな話題となりました。

ウルトララグジュアリーブランドとして君臨するロールス・ロイス。その最新BEVが、今後どのように世界のファッションシーンやカルチャーシーンと溶け合っていくのか…。トップ・オブ・トップが照らし出すその未来は、カーカルチャーに明るい光を灯すことになるはずです。

ロールス・ロイス「スペクター」
  • 種別:バッテリー式電気自動車
  • 全長 × 全幅 × 全高:5475 × 2144 × 1573mm
  • ホイールベース:3210mm
  • 車両重量:2890kg
  • 乗車定員:4名
  • モーター数:2基
  • モーター種類:ツイン励磁同期モーター(SSM)
  • フロントモーター出力:190kW/365Nm
  • リアモーター出力:360kW/710Nm
  • バッテリー:リチウムイオンバッテリー
  • 正味容量:102kWh
  • 航続距離:530km(WLTP)

公式サイト

ロールス・ロイス スペクター
Rolls-Royce Motor Cars