2024年3月30日(土)に東京・有明の東京ビッグサイト周辺に設けられた特設コースで開催された、ABB FIA フォーミュラE世界選手権(以下、フォーミュラE)。日本初開催のEV(電気自動車)によるフォーミュラカーレースとして、さらには日本で行われる主要レースとしては初めて、市街地サーキットで競われることでも大いに盛り上がりました。

主催者の発表によると、観客数は2万人超。会場に併設されたファンゾーンへの参加者も込みの数字ではありますが、東京湾を眼前に望むウォーターフロントのコース一帯は黒山の人だかりとなりました。

フォーミュラe ジャガーレーシング
Jaguar
フォーミュラEは競争が熾烈なカテゴリー。昨シーズン(シーズン9)は7人の異なる優勝ドライバーが誕生し、シーズンを通して1000回以上のオーバーテイクが繰り広げられました。
フォーミュラe
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この日観戦した「EMOTION CLUB」は、ホテルのラウンジのような特別エリア。ラウンジ内には大型ディスプレイが複数設置され、ブッフェ形式の料理や飲み放題のドリンクも。屋内スペースを出ると目の前にはコースの一部、その奥には東京湾が広がります。

東京は1、ジャガーは100の歴史が始まる

フォーミュラEが誕生したのは2014年。10周年を迎える今年、東京が開催数“1”を刻んだわけですが、この同じタイミングで、カテゴリー参戦“100”を刻んだワークス(自動車メーカーによる公式のファクトリーチーム)があります。それが「ジャガーTCSレーシング(以下ジャガー)」です。

言うまでもなくジャガーは、モーターレースの名門として長く知られてきました。ル・マン24時間レースをはじめ、アルペンラリーやヨーロッパ・ツーリング選手権、そしてF1など最高峰のレースシーンで活躍。モータースポーツの世界でもその名をとどろかせてきました。2004年にレース活動から一時距離を置いた後に、12年の沈黙を経て新たな競争のステージに選んだのが当時発足3年目を迎えていたフォーミュラE。ラグジュアリーカーブランドとしては初の参戦でした。

しかも、その戦績は華麗です。参入初年度からこれまでに表彰台36回、優勝13回と輝かしい数字を残しています。唯一足りないのは年間チャンピオンの座かもしれませんが、昨シーズンはシーズンチャンピオンの座が最終戦までもつれこむデッドヒートを繰り広げた結果、惜しくも年間2位に。満を持して今シーズンに臨んでいます。

フォーミュラe ジャガーレーシング
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100戦目のレースを記念して、ドライバーのミッチ・エバンス選手(左写真・左側)とニック・キャシディ選手(左写真・右側)はチームメンバーの名前をあしらったレーシングスーツを着用。この日のマシンには、特別な装飾も施されました。
フォーミュラe ジャガーレーシング
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フォーミュラe ジャガーレーシング
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表彰台には届かないながらも
チームランキング首位を死守

東京E-Prix(※E-PrixはフォーミュラEにおける各レースの呼称。F1でいうところのGrand-Prixにあたる)開催前の時点でジャガーはランキングトップ。第3戦のサウジアラビア・ディルイーヤE-Prixでは、ニック・キャシディ選手が優勝。3戦連続の表彰台を達成しています。そして第4戦のブラジル・サンパウロE-Prixではミッチ・エバンス選手が2位に入るなど、調子の良さを維持したまま東京へ乗り込んできました。

そんな期待とともに迎えた東京E-Prix本戦でしたが、結果はエバンス選手が15位、キャシディ選手は8位と、両選手ともに表彰台には届きませんでした。とは言えキャシディ選手においては、予選でのつまずきで19番グリッドからのスタートとなりましたが、最終的には8位に食い込むなど意地を見せました。

フォーミュラe ジャガーレーシング
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参入8シーズン目を迎える今季。現行のマシンは6代目の「I-TYPE 6(アイタイプ6)」。Gen3(ジェンスリー:第3世代のマシン)と分類される最先端のマシンで、世界初のゼロカーボンレース車両です。先代よりも50kgの軽量化、最高出力は100kW増 、最高速度は320km/h 以上に達します。
フォーミュラe ジャガーレーシング
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チーム名の「ジャガーTCSレーシング」に入る「TCS」とは、「Tata Consultancy Services」のこと。ITサービス、コンサルティング、ビジネスソリューションを提供する企業です。世界中に60万3000人を超えるコンサルタントを擁しています。

キャシディ選手は、メカニック陣のハイレベルな仕事によって仕上げられたマシンの速さを賞賛したうえで、次のように語りました。

「レースでは最後尾からのスタートでしたが、落ち着いて走ることができ、最終的にポイントも獲得できました。この好調さをキープして、次のレースでは表彰台を狙いたいと思います」

この日のレースで獲得したポイントも加算され、ジャガーはチームランキングで首位を堅持。2位に17ポイントの差をつけています。ドライバーズランキングではキャシディ選手が2位、エバンス選手が6位と好位置をキープしています。

ジャガーが刻んだ”100”の意味

今回の東京E-Prixで参戦100レースに達したジャガーですが、ご存じのとおり、モーターレースは自動車メーカーにとって開発競争における実験の場でもあります。フォーミュラEも例外ではなく、サーキットで得られたデータやイノベーションは市販車の開発へとフィードバックされ、EVのさらなるクオリティアップへとつなげられています。

ちなみにフォーミュラEでは、カーボンファイバー製のシャシーやバッテリーなど、車体の約90%は全チーム同じスペックで競われます。では、メーカーは何を独自で開発し、どこで他と差をつけるのかと言うと、モーターやトランスミッションなどを含むパワートレインと、ソフトウェア制御システムです。共通規格と独自開発を明確に切り分けることで、より効率的な開発を可能にしているのです。

i pace
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会場に並ぶ「I-PACE」。2019年からの2シーズン、「I-PACE」のロードカーをベースとした車で競う「I-PACE eTROPHY」が開催されていました。市販されるEVがベースとなった世界初の国際選手権です。先日、そのレーシングカーに乗る機会に恵まれましたが、桁違いの迫力と猛烈な加速。それもスーッと静音で走り抜ける様に、従来のICE(Internal Combustion Engine=内燃機関)にはない異次元の感覚を覚えました。

そしてジャガーの市販EVと言えば、2018年デビューの「I-PACE」です。登場の翌年にはワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤーをはじめとする数々の世界的な賞を獲得。現在もデザイン面や機能面にアップデートが重ねられていますが、そこには“走る実験室”であるフォーミュラEマシンで得られた知見が存分に注ぎ込まれています。

ジャガーは2025年以降、BEV(バッテリー式EV)ブランドとなることを明言していますが、この日のレースマシン「I-TYPE 6」用に開発された新技術やソフトウェアは、この先のブランドを支える基幹技術の一つとして活用される見込みです。

そういった「暮らしとの接点」を探してみると、フォーミュラEはまた違った楽しみ方ができそうです。必ずしも熱烈な車好きである必要も、モータースポーツマニアである必要もありません。街を走る「I-PACE」の凄みを再発見できるばかりか、ジャガーが積み重ねてきた100という数字の意味も、また違って見えてくるかもしれません。

そんな視点から、次回のE-Prixをチェックしてみてはいかがでしょう。次戦第6戦の舞台はイタリア・ミサノ、サーキット「ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ」にて。現地時間4月13日の開催です。