6月のフランスを駆け抜ける「ル・マン24時間レース」の開催が、2023年6月10日(土)に近づいてきました。1923年に始まり、今年は記念すべき100周年を迎えるとあって、例年以上に注目度が増しています。
これまでの100年間、数多くの名車がル・マンの歴史を彩ってきたわけですが、1950年代にひときわ眩(まばゆ)い光を放ったのがイギリスの名門車メーカーであるジャガー(現在の社名は「ジャガー・ランドローバー」)です。1951年と1953年、そして1955年から1957年までの3連覇を含む5度の栄冠に輝いています。
当時のサルト・サーキットを席巻したジャガー「C-TYPE(Cタイプ)」とジャガー「D-TYPE(Dタイプ)」。名車として今も語り継がれるばかりか、ジャガーブランドに脈々と流れる「レースの血統」というDNAを携えた歴史的なモデルとしても知られています。さらにその基本的なテクノロジーや性能の一部は、20世紀のジャガーブランドの象徴的存在としてなおも君臨する「E-TYPE」(1961~1975年の期間で販売されたスポーツカー)にも受け継がれていました。
そんなわけで「エポックメイキングな2台が日本にやってくる――」という情報を得た筆者は、富士スピードウェイで開催されたテスト走行に参加してきました。
およそ70年前の車ながら、複製ではなく「継続モデル」
今回日本に上陸したのは、「ジャガーコンティニュエーションシリーズ」として発表されたもの。このシリーズは、ジャガー・ランドローバーグループの一角を成すジャガー・ランドローバー・クラシック社が制作し、同社のみが利用できる専門技術や知識、データを駆使して忠実にハンドメイドされた車両。つまり、本家ジャガーの系譜を継ぐモデルとなります。
最大のポイントとして、これは「コピー」や「レプリカ」ではなく、1952年から1957年の間に製造された車両の「コンティニュエーション(継続)」モデルとなります。
「D-TYPE CONTINUATION(Dタイプ・コンティニュエーション」が、当時100台の生産計画がありながら製造に至らなかった分を補うべく、最大で25台という上限を設けた限定受注生産の受付を開始することが2018年に発表されました。「C-TYPE CONTINUATION(Cタイプ・コンティニュエーション」も、設定された限定数の受注生産受付が開始されることが2021年に発表されました。
(編集注:両モデルとも限定数に達するような勢いで多くの受注が入っていますが、まだ受付は可能とのこと[2023 年6月8日現在]。とはいえ、状況は流動的であることもご了承ください)
ちなみに同ジャガーコンティニュエーションシリーズからは、2014年に「ライトウェイトEタイプ」が6台、2017年には「XKSS」が9台製造されています。
今回日本に上陸した「Cタイプ・コンティニュエーション」と「Dタイプ・コンティニュエーション」は、ともに1950年代当時の製造技術をもとに製造されているばかりか、可能な限り当時と同じ部品供給メーカーを採用しているというから驚きです。
「果たして、当時の製造データがどれだけ残っているのか?」と疑問にもなりましたが、ジャガー・ランドローバーの広報によると、「当時の機械製図と最新のCAD技術を駆使し、さらに当時の関係者からの聞き取り情報ももとにして、イギリス・コベントリーにある工場で手作業で製造された」と言います。
1台あたり3000時間以上かかる綿密な工程があり、中でも伝説の直列6気筒XKエンジンのチューニングとバランスを完璧にするために、エンジンだけで9カ月の時間を要するとのこと。当時からのコンティニュエーションモデルとして、限りない高みを目指そうとする姿勢がひしひしと伝わってきます。
その一方で、当時のモデルからの変更点もあります。まずはボディカラーです。オリジナルモデルよりも多彩な色味が用意されていて、注文時にオーナーの選択肢が大きく広がっています。また、安全性向上のための改善もなされています。特筆すべきは、ボディパネルを厚くしたことです。オリジナル車両はレース1回分のみの耐久性で設計されていましたが、厚みを増した設計されたことで耐久性向上が図られています。さらに、FIA(Federation Internationale de l'Automobile:国際自動車連盟)公認の4点シートベルトや自動消火システム、燃料の揺れ動きを軽減するための最新の燃料バッグも装備されています。
ル・マンデビュー年に優勝をさらった「Cタイプ」
それでは、まずは「Cタイプ」について観ていきましょう。このモデルは、1951年のル・マン24時間レースでデビューし、見事優勝を飾った1台です。空気力学的なレーシングカーというコンセプトのもと、設計士マルコム・セイヤ―氏(航空宇宙工学由来の空気力学の原理を工業製品開発の課題解決に応用した先駆者としれ知られています)によってもたらされた唯一無二のレーシングカーです。ちなみに、設計・開発・製作に費やされた期間は当時わずか6カ月ということです。
1951年のレース本番では平均時速93.495マイル(約170km/h)を記録して、当時の新記録を樹立。1953年のル・マン24時間レースではさらなる性能の向上が図られ、平均時速105.851マイルの新記録で再度優勝を飾りました。また、もともとは着陸時に高速の航空機を短い距離で止めるために開発されたディスクブレーキをダンロップと共同で開発し、初導入された記念碑的なモデルでもありました。
飽くなき探求心の象徴として開発され、3連覇を達成した「Dタイプ」
1951年のル・マン24時間レース優勝に続き、1953年にも「Cタイプ」で優勝を飾ったジャガーですが、全く新たなレーシングマシンとして開発されたのが「Dタイプ」でした。
「モノコック/シングルシェル」シャシーが採用され、「C タイプ」のスペースフレーム構造(キャビンやエンジンルームなどの空間を形成する形状のフレーム)からの脱却が図られました。ボンネットと車体前部の高さを抑制するためにエンジンを8.5度傾斜させて配置させるなど、隅々にまで工夫が凝らされていました。そして初期型はショートノーズでデザインされ、1955年のレースのためにロングノーズ型への改良もなされました。
ということで、乗ってみた感想です
今回、プロドライバーが運転する助手席に同乗し、サーキット走行を体験しました。ドライバーさんにうかがったところ、「クラッチの重さが際立つものの運転しやすく、2速までで十分に走り切れる」とのことでした。まさに、およそ70年前の車をベースしているフォルムとは裏腹に、期待をはるかに超えるダイナミックな迫力を実感できました。直線での伸び、カーブでのキビキビとした駆動は想像以上のものがあり、車と一体になって走るフィーリングを十分に感じられたのです。
このような車を駆り、暗闇の中、そして雨が降ったとしても、交信することもなく、ただひたすら走り続けていた当時のル・マン24時間レース。時空を超えてやってきたこのタイムマシンのようなクラシックカーは、今年で100回を迎える名物レースの過酷さを雄弁に物語っているようにも感じられました。
そして何より、高速で走るために生まれてきた車としての美しさを眺め、そして当時とほぼ同じエンジン音を目の当たりにすれば、70年前のつくり手たちの息づかいが聴こえてきます。まさに、歴史に乗る感覚なのだと思い知らされた次第でした。そして、ハリー王子とメーガン・マークル妃の披露宴への移動に使われたEVの「Eタイプ コンセプト ゼロ」同様に、イギリスが得意とする伝統と革新の融合という魅力が凝縮された1台であると言えるでしょう。
当時の製法を忠実に再現し、クラシックカーとしての醍醐味(だいごみ)が凝縮されながらも新品の部品が採用され、安全性もアップデートされた2台。「Cタイプ・コンティニュエーション」の価格は150万ポンド(約2億6000万円)、「Dタイプ・コンティニュエーション」の価格は175万ポンド(約3億400万円)とまさに破格。それでも、訊くところによると前者は7、8割が成約済み、「Dタイプ・コンティニュエーション」に至ってはほぼ完売に近いとのこと。
世界的に見ても高まる一方のクラシックカー人気ですが、70年前のコンティニュエーションモデルとしてのオファーは極めて珍しいはず。富士モータースポーツミュージアムでの一般公開も始まっており、6月18日(日)のクラシックカーオーナー向けのミーティングイベントにも展示される予定です。「われこそは」という人は、一度顔を出してみてはいかがでしょうか。
「JAGUAR CLASSIC MUSEUM DISPLAY at FUJI MOTORSPORTS MUSEUM」
開催日/2023年6月5日(月)~6月14日(水)
会場/富士スピードウェイ 富士モータースポーツミュージアム内
住所/静岡県駿東郡小山町大御神645
富士スピードウェイ公式サイト
「Ralph’s Coffee & Cars supported by Octane」
開催日時/2023年6月18日(日)7:00~10:00
会場/東京プリンスホテル 駐車場
住所/東京都港区芝公園3-3-1
東京プリンスホテル公式サイト
●車両に関するお問い合わせ先
ジャガーコール
TEL/0120-050-689(9:00~18:00、土日祝日を除く)