ジャガー「Eタイプ」と言えば、伝説的なクルマです。1961年にジュネーブモーターショーで発表され、流麗なボディラインと時速240キロを標榜する走りは、大変な人気を誇りました。

 今も「Eタイプ」の写真がインスタグラムに投稿されれば、当時の人気ぶりを体験していないような若い世代の方たちも反応し、コメント欄を埋め尽くされます。このデザインを目にすれば、誰もが二度見してしまうことでしょう。フェラーリの創設者である、あのエンツォ・フェラーリ氏に、「歴史上のあらゆるクルマの中で最も美しいクルマである」と言わせしめた1台こそが、このジャガー「Eタイプ」なのです。

 そしてその魅力は、容姿だけにとどまりません。そのエンジン音を耳にすれば、当時このクルマがいかなる衝撃を持って受け止められたかを想像することは、そう難しくないはずです。

 しかしながら、どれほど心底「Eタイプ」を愛している方にとっても、今日においてその存在は「60年代のエンジニアリングとダイナミクスの素晴らしき結晶」という、ある種の文化遺産的存在であることは否めません。そんな中でも、誕生からの長い年月を耐え抜き、まだ夢のような走りをする車両もわずかながら存在します。ですがその多くは、金に糸目をつけない資産家たちが持つ虚栄心の具現化として所有されているのが現状です…とは、言い過ぎでしょうか…?

 とにかく…、適切な金額さえ払えば、あなたのために完璧な「Eタイプ」を製造してくれるメーカーも存在こそします。ですが、そこには致命的な問題があることも事実です。つまり、本物のジャガー製とは呼べないからです。高価なパーツを組み合わせた、ある種の見世物に過ぎません…これも言い過ぎかもしれませんが…。

幻の「Eタイプ」が息を吹き返す

幻の名車、ジャガー「eタイプ」が現代に復活。秘密は新たなレストアプログラムにあり
JAGUAR

 ジャガーが「Eタイプ再生プロジェクト(E-Type Reborn Project)」を立ち上げ、自らレストア競争に加わったのは数年前のことでした。同社の計画は、シリーズ1(1961~86年型)の「Eタイプ」から状態の良いものを選りすぐり、そのクルマに生産当時の栄光を取り戻させるというものです。

 クーペかロードスター(オープン2シーター)か、8リッターか4.2リッターか、左ハンドルか右ハンドルか…。依頼主にはいくつかの選択肢の中から、自らが思い描く「Eタイプ」をよみがえらせることができます。

 秘密工場のような雰囲気が漂うジャガー・ランドローバー社のクラシックカー部門ですが、まさにそこは、まるで1960年代から2020年代の現在へと直結するタイムトンネルと言えるでしょう。職歴60年以上の腕利きのエンジニアたちが「Eタイプ」に再び命を吹き込むべく、最新の工具をフル活用して60年代のままの製造工程を再現しながら、当時と寸分違わぬ精度で各パーツをつくり出していきます。

幻の名車、ジャガー「eタイプ」が現代に復活。秘密は新たなレストアプログラムにあり
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 そのような環境で再生された「Eタイプ」は、あらゆる意味において完璧なコンディションを誇る1台となるのです。

 約4160万円(29万5000ポンド)さえ支払えば、自分だけの、当時のままの「Eタイプ」の新車を手に入れることが可能です。さらに予算を上積みすれば、数々のアップグレードも用意されており、より優れた乗り心地の1台が仕上がります。シリーズ2のブレーキキャリパーをディスクブレーキに装備すれば、悪評もあったシリーズ1の「Eタイプ」に見事なブレーキ性能が加わります。伝説のXKエンジンのコンディションを維持するためには、より優れた冷却装置が欲しくなることも何ら不思議ではありません。それもかなえられるのです…。

伝説の領域に踏み込んだ美しさ

幻の名車、ジャガー「eタイプ」が現代に復活。秘密は新たなレストアプログラムにあり
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 そのようにして再現された1台を評して、ジャガーは「コンクールで優勝する程度の仕上がり」と胸を張ります。言うのは簡単ですが、実現には困難がともないます。それを可能にしているのは、ジャガーに所属する魔術師のような腕利きのエンジニアのチームです。そう、あらゆる意味で完璧な1台を生み出す環境は、全て整っているというわけです。

 内装に使われるレザーには傷ひとつなく、まるで高級ハンドバッグの中のような香りが漂い、実に滑らかな座り心地です。トランクを開ければ、その内側はデリケートな仕上がりで、枕よりも硬いものを入れるのに罪悪感を覚えてしまうかもしれません。

 また、あらゆるスイッチは完璧としか言いようのない感触で、カチッと小気味よい音を立てて動作します。運転席のコントロールパネルの配置は、神の領域のような美しさです。背の高い方には天井がやや低く感じられ、シートに納まるのに少しばかり苦労するかもしれません。ですが、そこは首を少しすくめて身を沈め、繊細な木製ステアリングホイールの感触を確かめれば、もう喜びしか生まれないのではないでしょうか。何もかもが、「間違いない」のです。エンジンをかける前ですらそうなのです。

約60年前の走りの興奮が蘇る

幻の名車、ジャガー「eタイプ」が現代に復活。秘密は新たなレストアプログラムにあり
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 ここまでの予告編で、皆さんは満足してしまいましたか? 本編を楽しむのは、これからです。では、エンジンを掛けてみましょう。ひと呼吸おいて、あの栄光のXKエンジンが息を吹き返すのを感じます。静かな揺れを感じ取ると同時に、全方向から素晴らしい振動音が響き始めます。かつての、「エンジンが華々しくも騒がしい音を立てて動いていた時代を思い起こさせる」と言えば良いでしょうか。筋金入りのクルマ好きが、目をつぶっていても次の操作を間違うことなどなかった、あの時代です。

 クラッチは驚くほど軽く、ギアを合わせるのは快感です。ファーストギアに滑り込ませるのはひと手間かもしれませんが、得難い実感のあとすぐに振動音が遠ざかります。車重約1180キロですが、低速走行時のステアリングはやや重く感じられます。しかし、加速するに従い、それもどんどん楽になっていきます。

 アクセルを優しく刺激すれば、わずかな初動の後、エンジンがうなりを上げてクルマを前へ前へと押し出します。アクセルを踏む足に力を込めれば、緩やかな加速が始まります。まるで、せわしなく行き交う人々で混雑する通路を、ひとり優雅に歩いているかのような感覚に包まれるでしょう。ジャガーに搭載された265bhp/385Nmの4.2リッター直列6気筒エンジンは、存在感のあるサイズです。が、高い回転数でそのパワーのピークを発揮してくれます。

幻の名車、ジャガー「eタイプ」が現代に復活。秘密は新たなレストアプログラムにあり
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 再生された「Eタイプ」は、400メートルを7秒フラットで駆け抜け、最高時速は246キロに達するとジャガーは公表しています。率直に言って、この数値は十分に誇ることのできる速さと言えるでしょう。新車とは言え、そのダイナミズムはおよそ60年前につくられたものなのです。

 ステアリング性能は、今世紀の基準に照らしてみれば決してフィードバックが良いとは言えません。ブレーキ性能も標準的な1シリーズの「Eタイプ」のものより優れているとは言え、現代の基準と比べると時代遅れと言えるでしょう。サスペンションは柔らかく、コーナーではかなり傾いてしまいます。

 ですがこの「Eタイプ」は、スピードの頂点を極めるためのクルマではありません。クルージングを楽しみながら、世界にあなたの存在をアピールするための1台なのです。アクセルを踏み込み、回転数が3000rpmに達する頃には田園地帯を突っ切る道に、エンジンの爆音が響きわたることでしょう。

 加速とともに、クルマのノーズが優しく持ち上がるボディのニュアンスを感じながら、感触の良い4速のギアを一段、また一段と上げていきます。ギアの噛み合う瞬間を感じながら、走り抜けて行く夢のクルマに熱い眼差しをおくる人々の視線を受ければ世界はあなたのもの…。柔らかな反応を示すブレーキの操作には、いつも以上の注意が必要かもしれません。ですが、そんなことさえ気にならないほどの乗り心地に包み込まれているのです。ドライブを楽しみ、行き急ぐことなく、余裕を持って走行を終えます。

jaguar e type reborn restomod factory

 「Eタイプ」の運転に慣れてくる頃には、2013年から販売されている「Fタイプ」がその個性をどこから受け継いだのかを、体感をもって知ることもできるでしょう。

 確かに「Fタイプ」の速さは魅力かもしれません。ですがそれよりも、「Fタイプ」を操る際の柔らかなフィーリングこそが、特筆すべきものなのです。加速を楽しむべきリラックスした流れ。大急ぎで目的地を目指すというよりも、むしろその道中を楽しむためのゆったりしたスムーズな時間。優雅に空間と速度を支配するという意味において、「Eタイプ」と「Fタイプ」が共有するものは、数多くあります。同じ精神を共有していると言っても良いでしょう。

 ジャガーのエンジニアたちが、「Eタイプ」を再生するに当たって目指したのは、実に高い目標でした。あらゆる「Eタイプ」についても、同じことが言えるかもしれません。ですが、再生された「Eタイプ」は、今の時代のスタンダードに照らし合わせると、「完璧な運転性能を備えている」とは言えません。しかし、だからこそこれが完璧な「Eタイプ」だと言えるのです。60年の時を超えて、歴史の一部となった素晴らしいクルマを当時のフィーリングのままに操ること…それこそが、このクルマの素晴らしさにほかなりません。

Source / Road & Track
Translate / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です