(前編はこちらから)

ホンダのパフォーマンス・マニュファクチャリング・センター(PMC) の社員たちは、部品の異常を検出したり、ワークフローを合理化したり、ときにはそれ以上の貢献を果たすことで、働きながら「ポイント」を積み上げていきます。十分なポイントに達すると「NSX」を1日貸し出されることになり、オハイオ州内のどこでも自由に走らせることができるのです。「戻って来た車の走行距離を見て、『よくもまぁ、たった1日で400マイル(約650キロ)も走ったな!』と驚くこともありますよ」と言って笑うのは、PMCシニアマネージャーのチャック・ヘンケルさんです。

その話をしたヘンケルさんが、ヴォーン・ティボーさんを呼び止めました。PMCに配属されて6年目のティボーさんですが、この週末はついに1台貸し出される予定になっています。結婚記念日の週末ということで、「いよいよ『NSX』に乗れることを妻がとても楽しみにしているんだよ」とティボーさんは胸を躍らせます。この工場での仕事について、また実際にスーパーカーを走らせることについて彼の考えを訊ねてみました。サプライヤーや安全管理についていくつかざっくりと話をしてくれた後、ティボーさんは親指を立て、また仕事に戻って行きました。

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BRENDAN MCALEER

2009年のF1チャンピオンであるジェンソン・バトンとスーパーフォーミュラの山本尚貴のコンビが日本最高峰のスーパーGTでシリーズチャンピオンになるのを目撃したのは4年前、2018年11月のもてぎツインリンク(現:モビリティリゾートもてぎ)でのことでした。日産「GT-R」やレクサス「LC500」といったGT500クラスのマシンを相手に、大歓声を上げる日本の観客の目の前で、しかも、あの本田宗一郎が初めて運転したレーシングカーが飾られているホンダ博物館から伸びる影を受けながら、彼らはチャンピオンに輝きました。

そのときのマシンも他のあらゆる「NSX」同様に、オハイオ州でつくられたものでした。とうとう7年間の生産期間を終えようとしている「NSX」ですが、レースではいまだに勝ち続けています。先日ロード・アトランタで開催された第25回モチュール・プチ・ル・マンでも、メアリーズビルでつくられた「NSX GT3」がGTDクラスで見事な優勝を果たしたばかりです。

ホンダの工場を取り囲むトウモロコシ畑の夕日を、パールコーティングされたボディに浴びて輝く2022年モデルの「NSX Type-S」の製造もあと少しの運命です。ミッドシップカーの最後の1台がPMCから送り出された後、この工場では最新型「TLXタイプS/PMC エディション」をはじめ、アキュラの他のモデルをベースにした特別仕様車の製造が進められる予定となっています。

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BRENDAN MCALEER

思い返してみれば、繊細さとエレガンスを併せ持つ初代「NSX」はツインターボ・ハイブリッドを積んだ600馬力の最新型よりも、あの「N600」のスポーツタイプとして売られていた1960年代の「S600クーペ」によく通じた存在だったという気がします。普段使いにも困らない「NSX」の、どこかゆったりとした乗り心地ゆえに物足りなさを覚えた人やブランド感の欠如ゆえに高すぎる買い物と見なす人もいました。

「NSX」の販売台数は、確かに思ったほどには伸びませんでした。ランボルギーニの「ウラカン」はすでに、「NSX」の販売台数を上回っています。あの「アヴェンタドール」でさえ、「NSX」の販売台数を上回っているのです。

「NSX」は失敗だった――。あるいは、少なくとも機会に恵まれなかった――。そのようなことを言う人々もいます。ヨーロッパ車との比較はさておき、フォード「GT」のようにエキゾチックでもなければ、新型コルベット「Z06」のように飛び上がるほどの高性能でもありません。

ですが、オハイオのトウモロコシの列の中を駆け抜けて行くこの最新型「Type-S」は、もっと評価されるべき車だったように思えてなりません。もちろん600馬力というパワーですから、それに見合うだけの叫びだしたくなるほどの速さは当然のこととして備えています。ですが、その速さやこの車の真の実力を正しく評価するためには、より多くのコーナーのある、より広々とした道路、そして、多少の高低差があるくらいが良いのです。

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BRENDAN MCALEER

上空を見上げればジェット機の飛行機雲がたなびき、下界に目をやればコンバインが砂埃を巻き上げています。農家の庭先では青年たちが楽しそうにジープを乗り回していますが、目の前を駆け抜ける「NSX」の姿を見てあんぐりと開いた彼らの口元がこの車に対する畏敬の念を表しています。

「NSX」は、独自の時間軸の中を生きています。いずれ熱狂的なカーマニアたちの間で、密かに取り引きされる車になる日が来るのでしょう。さすがに金曜の夜のナイトクラブの正面で、これ見よがしの威厳を放つというようなことはないでしょう。ですが、週末の間ずっとその頂点を極めた走りで乗る者を楽しませる、そんな知る人ぞ知る存在となるに違いありません。そんな、車本来の目的に対する真摯な想いが込められた骨太な車なのです。ラグジュアリーなライフスタイルに必要な装飾品などではなく、乗りたくてたまらなくなる車…つまり、乗ってこそ意味を持つ車なのです。

トウモロコシ畑と大豆畑に囲まれた工場でこの車をつくり上げてきた人々にとっては特に、「NSX」はずっと大きな意味を持ち続けることになるでしょう。誇りを持って物づくりに励む、固い絆で結ばれた仲間たちがつくり上げた世界トップクラスのマシンです。

そう、日本の自動車メーカーが誇るスーパーカーのフラグシップはこのオハイオ州でつくられていたのです。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です