オフィスライフに悩んでいませんか? 燃え尽き症候群などにも悩まされていませんか? 「エスクァイア日本版」東京特派員であるクリストファー・ベリーが、日本人の一日における仕事の中で最も自ら軽視し、誤用している部分について、ベリーさんなりの見解を述べていきます。

もはや現在のウォール街にサスペンダー姿の紳士たちが消えたように、(1987年の映画『ウォール街』に登場する)ゴードン・ゲッコーが主張していた“lunch is for wimps(ランチを取るのは小心者だけさ)”という捨て台詞は、ここ東京でも通用しない時代になっています。

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CEDRIC DIRADOURIAN

東京で今何が起こっているのか? 実際、その答えなど誰も知る由もないことです。それ自体、タマネギの皮のようなもので、無限とも思えるほどむき続けなければならないようなもの。そしてその芯に、たどり着けるかもわからないこと…。

あるビルが建てられたかと思えば、あるビルは取り壊される街並み。そして企業は、倒産するものもあれば急成長するものもある。ブランドに関しても同様で、新たな誕生を目の当りにしたかと思えば、消滅するものも。それらすべてが、数日のうちに繰り返されているのです。

そんな東京で23区を一つ一つをくまなく理解しようと探索していると、ある種、“イタチごっこ”のようになります。最初に訪れた区は、その探索途中でさらに進化していることに気づくというわけです。私の認識は追いつくことを知りません。

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東京のビジネスパーソンのほとんどは、働き過ぎと言えます。

そんな中、「東京の人は何を考えているのだろうか?」――そう尋ねてみるとほとんどの人が目を瞬かせ、「そうだね…」と優しく相槌を打ってくれます。そうしてすぐさま、私の想いをフォローするかのように説明を加えてくれるでしょう。

思うに、東京に住むの人々の多くは日常生活の中で孤立しています。それは仕方がないことではないでしょうか。国内外の急速な変化から切り離されているのです。とは言え、そう感じているのは東京の人々だけではありません。

外国人であれ日本人であれ、私たち東京人がいま最も関心を寄せているのは「仕事」に他ならないでしょう。日本の社会は個人より集団に重きを置きがちであり、東京の企業文化が世界で最も厳格であることは驚くに値しません。

しかしながら、そこで多くのビジネスパーソンが期待以上の成果を出そうとするあまり、多くの人がそのプレッシャーに押しつぶされそうになっているのも事実。そのような文化の中で多くの人々は、どんな犠牲を払っても集合体の中で競い合い、そしてそこで「期待を超えたい」という願望をかなえようと、さまざまな圧力に対抗しながらオフィスライフを過ごしているのです。そして、そうしていくうちに多くの亀裂がその身に宿っていることも気づかぬままに…。

そうしてこれまで、数々の大手企業で極端とも言える燃え尽き症候群から起こったいくつかの事件によって、最近では少し変わり始めていることを実感します。それは、オフィスのコンピュータ接続および室内灯が指定された時間に自動的にオフになるようになったことです。そんな事実からも、今まで以上に過大な負担を強いられていると言っていいオフィスワーカーにとって、自らのバッテリーのリチャージできる場、例えば大自然と呼吸をともにする時間など、これまで以上にリラックスできるひと時が必要不可欠なものになっていると強く思うのです。

でも東京に住み、東京でオフィスワークをこなす人々にとって、そんな時間を過ごすためにはどうしたらいいのでしょうか? 私が提案したいその応えは、「長い間蔑ろにしてきた、“昼休み”の有効化を図ること」です。

東京の典型的なオフィスを観察すると、進歩的で俄然(がぜん)ポジティブな企業でさえ、社員たちは仕事中に適切な昼休みを取らず、オフィスのカフェテリアで食事をしたり、楽しげに食べ物を口に放り込んだりしながら仕事をしている人が目立ちます。

ですが、「これは重大な誤りだ」と私は思うのです。

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「休憩」の定義とは何でしょうか? ここで改めて考えてほしいのです。私は、「自分の仕事から完全に切り離され、本来の自分自身を取り戻す時間」だと考えます。これを読んでいるすべての人に、この言葉をもっと真剣に受け止めほしいと願うばかりです。

そこで皆さんにおすすめしたいことが、「昼休み外へ出て、太陽のもとで数分間座るのにぴったりのベンチを見つけること」です。そこで得た爽快さを新たな感覚へと変換し、ネクストステップとしてのさらなる集中力を得るのです。そうしてその日の第3クォーターを、リフレッシュしたモチベーションで迎えることになれば、さらに多大の利益が得ることができるでしょう…私はそう約束します。

「昼休み」の“セルフネグレクト(生活環境や栄養状態が悪化しているのに、それを改善しようという気力を失い、周囲に助けを求めない状態)”を日常化にすることは、今後やめてください。幸いにも東京には、緑地が豊富です。東京都建設局によると、東京には8287の都市公園があり、郊外を含めるとさらに3000以上の公園があるそうです。これは東京都の人口約1396万人に対して、それぞれに約5.73平方メートルの公園を提供する計算になるのですから…。

一方、私の故郷であるニューヨークには、850万人の人口に対し、5つの行政区に約1700の都市公園があります。そこは手入れの行き届いた芸術作品であるのと同時に、一歩足を踏み入れると豊かな歴史を感じさせてくれる貴重な不動産でもあるのです。

公園という環境は、コンビニ『セブン-イレブン』でたった300円さえあれば手に入る梅干しおにぎりと麦茶を、瞑想のひとときに変えてくれる場所なのです。座禅を組むような修行にはほど遠いですが、自然の中で心を解き放つこの時間は、歓迎すべき第二の選択肢になるはずです。

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哲学者であり曹洞宗の開祖である道元禅師の著書、『坐禅の原理について』を参考にしてみてください。京都出身で学校教育のレベルに不満を持っていた彼は、仏教をその源泉と見なしたものから学ぶために5年間、中国へと渡りました。そして帰国後、『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を著し、日本に座ることによる瞑想をもたらしました。

その著書には、座禅をするのに適した畳と環境条件を正確に見つける方法についての詳細な説明が記載された95のエッセイがあります。公園で座禅を組むのは難しいですが、瞑想に適した精神状態については、驚くほど的確な定義がなされています。

「座禅では、すべての関わりを捨て、すべての事柄を休息させなければならないのです。それは良い考えではなく、悪い考えでもありません。それは意識ではなく、熟考でもありません…

...黙想して座り、動かず、考えないことを考えます。考えないことを考えるとは何ですか? 非思考。これ自体は、座禅の芸術です。座禅は、禅を学んでいません。それは偉大な安らぎと至福、穢(けが)れのない練習実現の法門です」(※1)

福井県の港町から、1243年の道元の言葉(※1)は、今日でも東京やその他の場所で同じように通用します。

その真意は謎解きのようですが(禅の公案とでも言いましょうか)、日常生活の中で数分間、何も考えない時間を持つことは誰にとっても有益なことだと思うのです。あなたはどう思いますか?

以下は、東京の金融街に近い、おすすめの公園、仏閣、神社のリストです。

  • 日比谷公園MAP
  • 代々木公園MAP
  • 小石川後楽園MAP
  • 増上寺MAP
  • 明治神宮MAP
  • 東郷神社MAP

《参考資料》

※1『The Heart of Dogen's Shobogenzo』PDF 124ページ、書籍109ページ

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クリストファー・ベリー / Christopher Berry
…東京在住、生粋のニューヨーカー。自身のレンズを通して、日本文化を観察し、それらを明らかにすることに専念しています。ペンシルバニア大学で日本語の修士号を取得。連載「Scent of Japan」の著者。Instagram