「VIVANT」が示した
テレビドラマの未来

昨年から今年にかけて、「THE FIRST SLAM DUNK」「君たちはどう生きるか」「VIVANT」(TBS系列)というヒット作品が生まれた。この三つに共通するのは、内容を多く語らない、もしくはまったく広告を打たないという、事前情報を最小限に抑えた宣伝手法で、ときにそれは作品の内容以上に話題となった。

異例の宣伝手法を取り、見事ヒットとなったこの3作品の共通点について、関根氏はこう語る。

「映画とテレビドラマという違いがありますが、共通しているのは圧倒的なヒットの実績とブランドがあるコンテンツだということです。『SLAM DUNK』は漫画とアニメ両方で金字塔を打ち立てた作品であり、原作者の井上雄彦氏のファンも多い。ジブリも宮﨑駿氏という希代のクリエーターがいます。『VIVANT』の日曜劇場は過去には『半沢直樹』など硬派なドラマをヒットさせてきたブランド力と豪華なキャスト陣という強みがありました。異例の宣伝手法でも話題になったのは、こうした知名度と人気がベースにあったことが要因でしょう」

ジブリ,君たちはどう生きるか
© 2023 Studio Ghibli
『君たちはどう生きるか』(2023年)より。

そして、彼らの宣伝の姿勢についてもこう語る。

「『君たちはどう生きるか』は『宮﨑監督の最後の作品になりそうだ』というニュースや、鈴木敏夫プロデューサーによる『一切宣伝がなかったらみなさんどう思うんだろうと考えてみた』という公開前の発言自体がSNSやネットを中心に話題になっており、それがある種の宣伝になったとも捉えられますが、基本的にはマスに対して広告を打たなかった。スラムダンクは徹底的に内容を伏せました。VIVANTも同様です。これは商品をあえて見せなかったり、商品名を隠すことで話題化を狙う『ティザー広告』に似ていますが、コンテンツに絶対の自信がなければできない戦略で、勇気ある戦略だと言えます。ただ、少ない事前情報のなかで、ファンによる考察を誘発し、SNSを中心とした話題化につなげるという狙いも少なからずあったのではないでしょうか」

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

ただし、VIVANTは他2作品とは、かなりその戦略の背景が異なっていると関根氏は分析する。テレビドラマは、リアルタイム視聴率の獲得が至上命令で、初回で視聴率をいかに取るかというセオリーがあるそう。そのため、初回放送前には、大々的に宣伝を行うわけだが、VIVANTはそれとは完全に逆だった。その理由は。

「VIVANTは事前情報を出さないことで、なかば初回の視聴率を無視した戦略でした。というのも、今年7月、主にTBS系とテレビ東京系コンテンツの配信を行ってきた『Paravi』が、U-NEXT内のレーベルになりましたが、VIVANTはこのU-NEXTでの見逃し・一気見視聴を前提とした作品だったのだと思います。実際、最終話前日と当日の2日間は、U-NEXTでの一気見を促すCMをテレビで放送していました。これまでも、アナザーストーリーをHuluで放送するなど配信サービスへの流入を図る動きは、民放テレビ局ではありましたが、ここまで宣伝やストーリーが戦略的に制作された民放ドラマはVIVANTが初めてではないでしょうか。このような戦略は、今後のテレビドラマの試金石となりうるでしょう」

人気CMの8パターンと
CM作りがうまい企業とは

しかし、当然3作品のような戦略は大コケするリスクもはらんでいる。関根氏も「事前情報を最小限にする今回の戦略は、コンテンツ(商品)に相当な自信とブランド力がないと難しい」と語り、再現性の低さを指摘した。

「今後も、従来通りのマスに働きかける手法は宣伝広告の基本になります。現在の広告はテレビCM、ウェブ広告、SNSの三つを連携させて、循環させることが重要になっています。テレビでは老若男女のマスに訴え、ウェブではターゲティング広告でターゲットにしっかりリーチ、そしてSNSで拡散させるという戦略が基本です」

それでは、現在どのような企業のCMが人々の心をつかんでいるのか。関根氏によれば、人気のCMはおおむね以下の八つのパターンに分けられるそう。

  1. 商品のみを印象に残す「商品ヒーロー型」(例:Apple Watch)
  2. 不動のスターがスケール感ある映像を背景に商品を案内する「エヴァンジェリスト(伝道師)・大舞台活用型」(例:イチロー氏のスーパードライ)
  3. タレントにユーザーとして使用してもらう「登場人物・ユーザーなりきり型」(例:新垣結衣氏のNintendo Switch Sports)
  4. タレントに頼らず、映像と音楽で商品をメッセージする「映像・音楽メッセージ型」(例:ほろよい)
  5. 有名タレントを使わず、音楽で工夫する「音楽インパクト型」(例:カップヌードル シーフード)
  6. タレントをキャラクター化し、ブランドと合致した音楽を使用する「タレント・音楽メッセージ型」(例:吉岡里帆氏と千葉雄大氏によるUR賃貸住宅)
  7. タレントに頼らず、印象に残るストーリーで共感を獲得する「ストーリー共感型」(例:カロリーメイト)
  8. タレントを起用し、ドラマのようなストーリーを展開する「タレント・ドラマ仕立て型」(例:auの三太郎シリーズ)

関根氏が代表を務めるCM総研は、1989年以来、CMに関する好感度調査を行ってきたが、この調査からさらに具体的な消費者の嗜好(しこう)がわかるという。

「弊社のアンケートでは、『出演者・キャラクター』『音楽・サウンドが印象的』『ユーモラスな所』『ストーリー展開がおもしろい』『企業姿勢にウソがない』などのCM好感要因15項目を回答者に選んでもらっていますが、調査開始時から、一貫してトップの好感要因は出演者です。一方、変動したのはユーモラス。00年代まではユーモラスが2位でしたが、10年以降は『商品にひかれた』という項目に抜かれ、現在では音楽にも抜かれました」

この変動には、大きな時代の変化があると関根氏は分析する。

「日本の経済成長は約30年止まっており、企業としてもアカウンタビリティー(説明責任)が強く求められるようになりました。すると、短期的な売り上げを達成させるために、商品そのものの訴求をメインに打ち出したCMが増えたのだと思います。さらに、コンプライアンスの重視も10年代からは叫ばれるようになりました。これにより、CM制作で“冒険”がしづらくなり、同時に視聴者の目や嗜好も厳しくなった。その点、好感要因としてのユーモラスが下がったのでしょう」

こうした時代において、近年人気を獲得している企業CMは日本マクドナルド、au、日清食品、サントリーだという。

「日本マクドナルドは『ピクルスのリレー』篇など、何気ない生活の中にマクドナルドの商品が『小さな幸せ』として登場する企業CMを、50周年を機にシリーズ展開しています。auの三太郎シリーズはストーリーや出演者への好感が持てると、8年連続でCM好感度はナンバーワン。日清食品はアニメや歌などを駆使して、いい意味でとがったCMを作り続けています」

攻めたCMを日清食品が作れる理由は、やはりカップヌードルという50年を超えるブランドがあるからだ。ゆえに「ブランニューの商品だと、なかなかまねはできない」(関根氏)のだ。

CM巧者の企業は
企業理念の発信にも余念がない

一方、ストーリーやユーモアよりも、その表現や世界観で好感を得ているのがサントリーのCMだ。

「サントリーもCM巧者として有名です。特にアニメーションと『今夜はブギー・バック』などの音楽を活用し、ゆったりとした空気のほろ酔いのCMは、非常に好感度が高いです」

また、最近ではテレビCMだけではなく、サントリーはSNSを連動させた手法も目立ったという。

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「広瀬すずさんを起用したザ・プレミアム・モルツのCMです。広瀬さんが初めてビールのCMに出演するということで、ザ・プレミアム・モルツという銘柄を隠し、『#すずのビールは何ビール?』というXアカウントを作りました。そして、動画で日ごとにビールの銘柄を明かしていくという手法を取りました。投稿は多く拡散され、その後の通常のテレビCMも注目されました」

プレモルのCMは、前述したSNSでの拡散という点をうまく利用した好例なのだ。同時に、企業理念を伝えている点もCM巧者たるゆえんだと関根氏は語る。

「サントリーは、水源や森を守るという趣旨のウェブ動画を配信し、企業理念のアピールにも余念がありません。とがったテレビCMが印象的な日清食品も、脱プラ政策の一環で、フタどめシールを無くすというウェブ動画を配信しました。ちなみに、このフタどめは開け口を二つにするだけ、という日清食品らしい憎いアイデアを採用することで、企業のイメージアップにもつながっていると思います。同じ企業でも、こうした硬軟織り交ぜたCMでギャップを生み出し、消費者の好感を獲得しているのでしょう」

消費者は企業の姿勢や社会貢献度なども気にするようになってきたため、このようなアプローチも広告戦略としては有効なのだという。最後に、関根氏は今後のCMの展望についてこう語る。

「『君たちはどう生きるか』のような最小限の宣伝は主流にはなりませんが、一方でまだまだテレビを含めたCMの影響力は続きます。特に、今年はワールドワイドなスポーツ大会が話題を集め、リアルタイム視聴も増えました。そのようなときに流れるCMは注目されます。大谷翔平選手を中心とした日本を代表するスポーツ選手を起用したCMも好印象でしょう。また、ネット上で人気なコンテンツ(Vtuberなど)とのコラボもSNSとの連携という意味では効果的です。ある企業の幹部は『CMには商品の売り上げを左右する、一発逆転の力がある』とおっしゃっていました。そういう一発逆転を信じたクリエーティブな精神を持っている企業であれば、テレビCMもネットCMも同等に力を入れ、魅力的かつ効果的なCMが作れるのだと思います」

“宣伝しない宣伝”により、改めて注目された広告。今後も、斬新な体験ができることを楽しみにしたい。

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