アダム・マッケイ監督が新作『ドント・ルック・アップ』を製作した自身の製作会社「Hyperobject Industries(ハイパーオブジェクト・インダストリーズ)」という社名は、大学教授で作家のティモシー・モートンが生み出した概念に由来しています。英語や資本主義、原油流出など、私たちの理解を超え、巨大すぎて全体像を把握できないものを指した言葉が“ハイパーオブジェクト”です。

映画『俺たちニュースキャスター』(2005年)、映画『タラデガ・ナイト オーバルの狼』(2006年)、そして、いまだに過小評価されている映画『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(2010年)などの脚本家・監督として名を馳せたマッケイ監督は、巨大で扱いにくい概念を具体的なカタチへ落とし込もうとする作品を数多く手がけてきました。

2000年代の住宅市場の大暴落を描いた映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2016年)、ディック・チェイニー元米副大統領のダークでコミカルな伝記映画で、アフガニスタンとイラクへの侵攻を解き明かした映画『バイス』(2019年)。そして、新作の映画『ドント・ルック・アップ』(2021年)は、現代最大のハイパーオブジェクトである地球温暖化を警鐘する大物スターが勢ぞろいの風刺映画です。

『ドント・ルック・アップ』は評価が不可能な映画なのか
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映画『ドント・ルック・アップ』の内容とは?

ただし『ドント・ルック・アップ』は、地球温暖化についての作品ではありません。少なくとも、明確にテーマにはしていないのです。

物語の筋書きはこうです…。

ランドール・ミンディ教授(オタクっぽいレオナルド・ディカプリオ)と博士課程の学生ケイト・ディビアスキー(オタクっぽいジェニファー・ローレンス)という2人の天文学者が、巨大な望遠鏡からの画像を日常的に分析していたところ、地球上の全生物を滅ぼすほどの大きさの彗星がこの方向に向かっており、半年後に衝突することに偶然気がつきます。この発見を、みんなに知らせなければなりません。そうすれば、世界の国々が一丸となって、この彗星をどうすべきかを考えてくれると期待します。

ですが、「真実を世界に伝える」ということがいかに大変かを思い知らされます。

ランドールとケイトは、メリル・ストリープ演じる艶やかなオーリアン大統領とジョナ・ヒル演じる鼻持ちならない息子ジェイソン(首席補佐官)への謁見(えっけん)という事態に相応しいルートを試みますが、中間選挙が間近に迫っているオーリアン大統領は、来るべき世界の終わりに対する防衛策がどのように評価されるかわからないため取り合いません。

次にメディアを利用しようと、歯並びの良い2人組(タイラー・ペリーとケイト・ブランシェット)が司会を務める昼間のテレビ番組『ザ・デイリー・リップ』に出演しますが、「巨大な岩の塊がすべての生命体を消滅させてしまう」という話題がお昼の軽いニュース番組に合わず、スルーされてしまいます。むしろ、メディアはポップスターのライリー・ビーナ(アリアナ・グランデ)とボーイフレンドのDJ チェロ(キッド・カディ)の破局騒動が世間を騒がせており、それどころではないという様子…。

『ドント・ルック・アップ』は評価が不可能な映画なのか
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メリル・ストリープ扮するオーリアン大統領。

世界の終わりが近づくにつれ、2人の科学者は別々の道を歩むことになります。感情を爆発させたケイトはネットでネタにされ、自分のメッセージを発信する場を失っていきます。そんな中、ティモシー・シャラメが演じるユールが率いる若者たちに慰めを見い出します。奇妙なもじゃもじゃの付け毛をつけたシャラメは、世界の終わりという大きな問題がなければ、それ自体が議論の対象となる価値があったでしょう。

一方、「テレビ向きだ」と判断されたランドールですが、彼の深刻なメッセージは和らげられ既婚の身にもかかわらず、女性たちから注目されるように。やっと彗星の事実が明らかになり、変わり者の大佐(ロン・パールマン)がロケットで彗星を吹き飛ばすという自爆作戦に志願したり、気味の悪い技術者ピーター・イッシャーウェル(マーク・ライランス)に注目されるようになっても、誰もが私利私欲を捨てて有意義なことができるかどうか疑問が残ります。

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ティモシー・シャラメが演じるユール。

アダム・マッケイ監督が
同作品を通して伝えたいこと

もちろん、この記事が公開される2021年12月時点では、「地球に6カ月以内に衝突する彗星に関するニュース」は聞こえてきません。存在するのは、1分1秒と着実に進行している人間たちの悪行によってもたらされる終焉だけです。私たちは、“ハイパーオブジェクト”である気候変動に対処するには、あまりにも愚かで頑固で、そして利己的なのです。

地球滅亡の危機を別の要因にすり替えることは、マッケイ自身が最近の『エスクァイア』UK版とのインタビューで認めているように、最も巧妙な風刺の手口とは言えません。しかし、彼は主張したいことがあるときには、真っ向から批判するよりも頭を使って賢く挑むことを好む傾向があります。『ドント・ルック・アップ』のメッセージは人々に浸透し、吸収されるものとなるでしょう。

この作品を評価することは、非常に難しい作業です。なぜなら、悲惨で圧倒的で、明白な物事(彗星が引き起こすと予測されている1マイル級の津波のように)について、メッセージを伝える媒体がなくなってしまうという風刺をどう評価すればいいのでしょうか? 映画が伝えようとしていることが、あまりにも巨大で重要なことなのです。

その陰謀を批判することは、偏屈で視野が狭い証拠だと感じてしまわれるでしょう。映画(ましてやコメディ)がどうあるべきかという投げかけをしている作品に対して、評価を付けることなどできないのに等しいのです。

『ドント・ルック・アップ』の正直な感想

映画『ドント・ルック・アップ』は引き込まれる作品であり、もちろん、マッケイ監督がわれわれの目を覚まさせようとする映画づくりにエネルギーを費やしていることは、深く称賛されるべきです。そして、映画の随所に観られるジョークが「ウケるとは限らない」と言ってしまうのは、無粋な気がしますがこれもまた事実です。

それは…ジョナ・ヒル演じる不機嫌な子どもっぽいキャラクターを見すぎたせいでしょうか? それとも、マーク・ライランスの入れ歯とカツラが気になって仕方がないからでしょうか?(それでも、面白かったポイントはいくつかあります。ケイト・ブランシェットとタイラー・ペリーが演じる司会者のブリーとジャックは、悪魔のような爽やかさでセリフを言うさまは見応えがあります)それとも、主要なテーマがあまりにも憂鬱(ゆううつ)なものであるために、笑えないのでしょうか? (シャラメ演じるユールが、Z世代の真剣さでミンディ博士に車内で告白するシーンには思わず笑ってしまいましたが)マッケイはこのことを、つまり、彼の仕事にも不得意なものがあることを知っているのでしょうか? 彼はわざと、コメディという概念をぶち壊そうとしているのでしょうか?

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作中のテレビ番組『ザ・デイリー・リップ』で司会を務めるタイラー・ペリーとケイト・ブランシェット

それとも、風刺に含まれた中のひとつは批判しながら暴露することであり、悲しいことに、『ドント・ルック・アップ』には私たち(少なくともアダム・マッケイの映画が好きな私たち)が「気づかないような隠されたメッセージなどない」ということでしょうか?

私たちのリーダーは道徳的に破綻したナルシストたちであり、ニュースは無意味な死のスパイラルと化しています。ソーシャルメディアは私たちの感覚を麻痺させ、携帯電話から離れられなくしています。ほとんどの場面で、私たち人間は愚かです。そんな私たちの無関心さを刺激しようと必死に努力している映画である『ドント・ルック・アップ』ですが、その崇高で価値のある意図にもかかわらず、その目的が失敗する運命は避けられませんし、それはこれっぽっちも笑えないことです。

しかし、あの大佐のように、マッケイがロケットに自分を縛りつけて挑戦しようとしていることに、感謝せずにはいられません…。

『ドント・ルック・アップ』は2021年12月10日(金)より映画館で、そして、同年12月24日(金)よりNetflixで公開予定となっています。

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Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。