原作でのボンドの愛車はベントレー

イアン・フレミングの原作に登場するジェームズ・ボンドと言えば、イギリスで最も有名なスパイです。皆さんご存知の通り、愛車はもちろんベントレーです。ですが、映画版のジェームズ・ボンドの相棒と言えば、1964年の『007/ゴールドフィンガー』でショーン・コネリーが「DB5」のハンドルを握って以来、ずっとアストンマーティンと相場が決まっています。

確かに、『007/私を愛したスパイ』では水陸両用になったロータス「エスプリ」や、その後の4気筒の「Z3」に始まる残念なBMWの時代など、他のクルマとの付き合いがなかったわけではありません。しかしながら最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、1963年式「DB5」を登場させてこのシリーズにおける銀幕の原点へと敬意を表しているのです。

用意された8台のレプリカ

この復活劇の実現にあたり、プロデューサーの目の前には2つの大きな問題が立ちはだかっていたことを伝えるべきでしょう。まずはこの時代の「DB5」が、現在では日本円で数億円と高騰してしまっている点です。加えて、60年代のアストンマーティンのグランドツアラーには、現代のボンド映画のカースタントに耐え得るだけの走行性能が備わっていないというのも大問題でした。

では、これらの問題をどのように解決したのでしょうか? 「それは至ってシンプルであった」とも、「極めて複雑だった」とも言えるのです。つまり、現代におけるアクション映画の撮影に求められる性能を備えた精巧なレプリカをつくればいいだけです。が、この映画がクランクアップに至るまでに必要な台数を予測し、その数だけのレプリカを用意せねばならなかったのです。結果、8台の高性能レプリカ「DB5」が用意されたというわけです(もちろん、使い捨てとなってしまうのを覚悟の上…)。

あの日、カースタントの撮影現場で私が目にしたもの

 
DANJAQ, LLC AND MGM

私(この記事を執筆したマイク・ダフ氏)は2019年の夏、イタリアのマテーラという町で行われていた撮影現場を訪ねました。その日は折しも、「DB5」が活躍するアクションシーンの撮影の真っ最中でした。

私の目の前にはスタント用のレプリカが1台。それは、殺気立った暴徒に取り囲まれた「DB5」が自動小銃の連射を浴びるシーンを撮影するためであり、何台ものカメラが異なるアングルから「DB5」を狙っています。おかげでこの原稿のために行ったインタビューは、銃撃音と撮影スタッフのメガホンの声の飛び交う中で行われることとなりました。

カースタントシーンのコーディネートを担当するニール・レイトンさんは、撮影するシーンごとに必要となる、仕様の異なるレプリカの手配を行います。カーボンファイバー製のボディは脱着可能で、ボディを外せばカメラを搭載するためのマウント用パーツが現れます。イギリスの「プロドライブ(Prodrive)社」でラリー用車両のエンジニアとして実績を積んだレイトンさんによれば、「頑丈なコントロールアームとラリークロス用のスプリングとダンパーを使用したサスペンションの設計こそが、最重要だった」と語ります。

「自然な車高を維持できなければ、クルマの見た目がおかしくなってしまいます。難しいのは大ジャンプのシーンです。今回の車両は、大きなドループ制御が可能な仕様で設計されていることで自然な車高を維持しつつ、大ジャンプのシーンでもリバウンド量を抑制し、クルマのコントロールを可能にしているのです」と解説してくれました。

完璧すぎるカースタントじゃ、
ダメなんです…

 
DANJAQ, LLC AND MGM

スタントを託されたのは、イギリス人の元ラリーチャンピオンのマーク・ヒギンズさんです。高精度なマシンの扱いにかけては、世界でも有数の才能の持ち主です。「実際に撮影が開始されるまでの詳細な計画は立てられていませんでした。そればかりか、絵コンテさえも用意されていなかったのです」と言います。「いくつかのアイデアは頭の中にありました。ですが、まずは実際に現場に立ってみて、何が可能なのかを確認する必要があったのです」と、ヒギンズさんは言います。

撮影場所であるマテーラの町の路面では十分なグリップが得られないことは、すぐにわかりました。「場所によっては、まるでスケートリンクのようでした」と、ヒギンズさん。「リアのグリップについては、それでも問題ありません。エキサイティングな絵を撮るためには、横滑りはむしろありがたいくらいです。とは言え、フロントのグリップは重要です。それは…スピードが出せなければ、何もできなくなってしまうからです」

その対策として、グリップ力を高めるためにスタッフが路面にまいたのは、なんと糖度の高いコカ・コーラでした。

良いカースタントの条件としてヒギンズさんが挙げたのは、「クルマを巧みに操りすぎたり、いかにもリハーサルを重ねたかのような走りをしないこと」になります。「監督が求めるものと、私が良いと思うものとは、ときには全く異なります」と、ヒギンズさんは謙虚です。そんなわけで元ラリーチャンピオンの運転技術は、「DB5」が主役のシーンで遺憾なく発揮されることになりました。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』最新予告
映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』最新予告 thumnail
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『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で使用されているアストンマーティンは、『007/ゴールドフィンガー』で使われたオリジナルの車両とは全く内容は異なり、大幅にアップグレードされたものになりました。ターンシグナルから発射されるブローニング・マシンガンの代わりに装備されているのは、ヘッドライトの奥から姿を現す多連装ミニガンシステムです。

ボンド映画の実に15作品に関わってきた特殊効果チーフのクリス・コーボールドさんは、「過去の作品へのオマージュとすることを肝に銘じつつ、その上で多少のアップグレードを行い、効果を高めることを心がけました」、と話します。

ちなみに取材当日は、銃に不具合が発生し、銃身が思うように動かないまま数百の薬莢(やっきょう)が飛び出してしまうなどトラブルが続き、「撮影が成功した!」とは言えませんでした。しかし幸いなことに(そしてご存知の通り)、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、この10月から始まっています。どのようなスタントシーンが撮影されたかについては、実際に映画館でお楽しみください。

Source / CAR AND DRIVER
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。