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映画ジャーナリスト立田敦子選:第96回アカデミー賞作品賞「これが獲る」私的Best3

エスクァイアアカデミー賞予想2024。作品賞、今年は本当に『オッペンハイマー』が獲るのか? 立田敦子氏が考える作品賞最有力3作品の魅力を解説します。

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関心領域 落下の解剖学 オッペンハイマーpinterest
© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

2024年、第96回アカデミー賞。作品賞を獲得するのは、いったいどの映画なのか? 識者に訊く本企画。カンヌ、ヴェネツィアなど国際映画祭を長年取材し続けてきた映画ジャーナリストの立田敦子氏が私的最有力候補3作品を選出、その魅力を解説します。

立田敦子(Tatsuta, Atsuko)/『キネマ旬報』『フィガロ・ジャポン』などの雑誌をはじめ、さまざまなジャンルの媒体に執筆するほか、映画祭イベントへの登壇も多数。映画界における女性をサポートを目的とするケリング「ウーマン・イン・モーション」などでもファシリテーターを務める。

作品賞の行方も左右? 海外会員増員の影響 

ロバート・ダウ二ー・jr オッペンハイマー クリストファー・ノーラン監督作 
Melinda Sue Gordon/Universal Pictures

“ハリウッドの映画賞”として認知されているアカデミー賞だが、ダイバーシティの観点から米国外の会員を増員。今年は、94カ国から9,341人(2024年1月16日現在、尚アカデミー会員は約1万500人)の有権者が投票に参加した。そうした背景もあるのだろう、作品賞候補10作品の中にもフランス映画『落下の解剖学』やイギリス人監督ながらポーランドにおいてドイツ語で撮られた『関心領域』が食い込んでいる。 

加えて、女性監督作品が作品賞に3作品ノミネートされるのは史上初。『落下の解剖学』『バービー』と肩を並べたのは、新人監督セリーヌ・ソン監督の『パスト ライブス/再会』。幼少期に北米に移住した、韓国系移民の監督の自伝的要素のあるラブストーリーだ。サンダンス映画祭、ベルリン映画祭で高い評価を得て、インディペンデント・スピリッツ賞でも作品賞・監督賞の2部門を制覇した、「今年のインディペンデント作品の最高峰」と言えるだろう。

当初は、ミュージカルドラマながらアクション大作を凌ぐ6.36億ドル(約960億円)という大ヒットを記録した『バービー』、巨匠マーティン・スコセッシ監督の傑作『キラーズ・オブ・フラワームーン』といった“ハリウッドらしい”作品が強力なコンペティターとなると思っていたのだが、蓋を開けてみれば興行的にも成功し、クリストファー・ノーラン監督自身の最高傑作ともいえる
伝記映画『オッペンハイマー』が圧倒的な強さで賞レースを席巻している。ノーランの母国、英国のアカデミー賞(BAFTA)と米アカデミー賞の差異も少なくなってきているのかもしれない。

(写真)『オッペンハイマー』でルイス・ストロースを演じ、アカデミー賞助演男優賞候補となったロバート・ダウニー・Jr.

作品賞予想1作品目=『オッペンハイマー』

a couple of men in suits
Aflo

“一強”といってもいいほど、今シーズンの映画賞レースを総なめにしている『オッペンハイマー』。熱狂的なファンを抱えるハリウッドのトップディレクターであるクリストファー・ノーランが、米国の原爆開発のプロジェクト「マンハッタン計画」を率いた天才理論物理学者の半生に迫る。

ノーランにしては珍しい伝記映画。とはいえ、時間軸を交錯させたノーランらしい構成は健在で、戦後、オッペンハイマーが公職を追われに至った聴聞会を基軸に、彼自身が一人称で過去を振り返るスタイルをとっている。

(写真)『オッペンハイマー』より

戦火が上がる今日だからこそ作品の意義が評価されるか

『オッペンハイマー』クリストファー・ノーラン監督
© Universal Pictures. All Rights Reserved.

IMAX65ミリカメラで撮った映像を中心に、モノクロ映像、画角の違う映像を組み合わせ、ストーリーだけでなく映像でも多層的に複雑な天才の数奇な人生を解体していく。

没入感のあるIMAX映像による、米国初の核実験「トリニティ実験」の迫力はトラウマ級なので要注意かもしれない。鑑賞後は「我は死神なり、世界の破壊者なり」の言葉がずしりと重い。世界中で分断が起こり、戦火が上がる今日だからこそ、この作品意義、そして映画の力が評価されるだろう。

(写真)撮影中のノーラン監督

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作品賞予想2作品目=『関心領域』

第96回アカデミー賞 有力
© Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and Channel Four Television Corporation 2023. All Rights Reserved.

『アンダーザ・スキン 種の捕食』(2013年)などで知られる英国のジョナサン・グレイザーの10年ぶりの長編第4作目『関心領域』は、去年のカンヌ国際映画祭で監督賞受賞というアート作品ながら、PGA賞(全米プロデューサー組合賞*)の10本にも選出。アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞、音響賞の5部門にノミネートされるなど存在感を見せる。

マーティン・エイミスの小説を原作とする本作は、第二次世界大戦下、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所の隣に建つ収容所の所長一家の日常が描かれる。

*アカデミー賞の投票権を持つ会員が含まれる各組合賞は、重要な鍵を握る。ほかにSAG賞(全米俳優組合賞)、DGA賞(全米監督組合賞)など 

(写真)『関心領域』より

音で“見せる”ことにより、重大な現実から目を逸らすおぞましさを再現

palme d'or winners photocall the 76th annual cannes film festival 『zone of interest 関心領域』でグランプリを獲得したジョナサン・グレイザー
Pascal Le Segretain//Getty Images

列車の汽笛、銃声、叫び声など、“音”からわれわれが想起するものたちがこの作品の要。塀の向こう側で起こっていることから目を反らし、耳を塞ぎ、ただ近視眼的に自らの目の前にある“幸福”だけに執着する人間のおぞましさは、まさに反面教師とも言える。米国の気鋭映画会社A24が製作に携わり、監督は英国人だがポーランドで撮影を敢行したドイツ語映画である。

(写真)『Zone of Interest 関心領域』でグランプリを獲得したジョナサン・グレイザー

作品賞予想3作品目=『落下の解剖学』

anatomy of a fall
Carole Bethuel//Aflo

カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドール賞を受賞したジュスティーヌ・トリエ監督の『落下の解剖学』は、フランス映画ながら作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の5部門のノミネートを獲得という快挙を成し遂げた。

転落死した夫、その第一発見者である視覚障害を持つ11歳の息子、夫殺しの容疑者となった作家の妻(そして愛犬)を巡る心理サスペンスだが、法廷で暴かれていくのは夫婦の秘密や軋轢。ジェンダーロールの逆転からセクシュアリティなど今日的なテーマが盛り込みつつ、“結婚”というブラックホールをしっかりと覗き込む。

(写真)『落下の解剖学』より

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同じく映画監督である夫との共同執筆した凄まじい「夫婦の物語」

49th cesar film awards ceremony
Stephane Cardinale - Corbis//Getty Images

夫である映画監督のアルチュール・アラリと共同執筆した脚本は秀逸で、ゴールデングローブ賞では非英語映画賞の他、脚本賞も受賞している。アカデミー賞でも、オリジナル脚本賞の有力候補だ。

ちなみに国際長編部門賞候補になるためには、各国から代表作品となる必要がある。が、フランスは本作ではなく、同じくカンヌ映画祭で監督賞を受賞した『ポトフ 美食家と料理人』を選出。しかし同作は、最終的に国際長編部門にはノミネートされずに終わった。

(写真)フランスのアカデミー賞=セザール賞脚本賞受賞時にそろって登壇したトリエとアラリ

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