シモーネ・ロシャ
Alastair Nichol

1986年にアイルランドで生まれ、2010年にセントラル・セント・マーチンズのMAファッションコースを卒業直後に独立し、同年のロンドンファッションウィークでデビューしたSimone Rocha(シモーネ・ロシャ)。2023年春夏コレクションを発表したロンドンファッションウィーク(2022年9月開催)はロシャにとって、コレクションを披露する場であっただけでなく、「カタルシス(感情が解放され、気持ちが浄化されること)」をもたらした場でもありました。

『エスクァイア』UK版編集部がロシャに電話取材をしたところ、彼女は自身のスタジオで次のように語りました。

「ショーの最後にステージに出て泣いたことは、これまで一度もありませんでした。あのとき、ショーが終わるまでとても緊張していて、やっと解放されたのです」

ロシャは長いキャリアを誇るデザイナーですが、このショーでは彼女にとって“初めて”にあたることがいくつかありました。例えば、これまでゴシック調の会場を好んでいましたが、今回は明るい雰囲気の会場になったこともそのひとつです。しかし、最も注目を集めたのは何と言っても、メンズコレクションデビューでした。

以前には「H&M」とのコラボレーション(2021年3月に展開)で、メンズウェアを手掛けたことはありました。が、自身のブランドのコレクションとして発表されるのは、このときが初めてとなります。

シモーネ・ロシャのレディースコレクションは2010年のデビュー以来、一貫してクラシックなシルエットを軸に芸術的なデザインで仕上げられています。そこにトレンドの要素を強く感じさせることはありませんが、毎シーズン注目の眼差しを向けられています。それは、「デザイナーが素晴らしい作品を生み出すのに、自身の原点から大きく外れる必要はない」という一貫したポリシーが貫かれているからでしょう。

ロシャにとって「女性らしさ」の解釈とは、フォークロア(民俗)や歴史、文学へのリスペクトや、いつも大胆にあしらわれるチュール、レース、パールといった素材、そして力強さのあるボーイッシュなシルエットとのバランスによって定義されるものです。こうした要素の混在こそが世界中の女性を魅了する所以であり、今回メンズウェアに目を向けたことも意外なことではないと言えるはずです。

ロンドンファッションウィーク, シモーネ・ロシャ
Jeff Spicer/BFC//Getty Images
2022年9月に開催されたロンドンファッションウィークの様子。

メンズウェアに参入した理由について、ロシャは「メンズとウィメンズは決して相容れないものではないのです」と答えます。

彼女の創作プロセスには常に、「マスキュリン(男性的)な要素は必須」と言えるようです。過去のコレクションでは、アイルランドの劇作家ジョン・ミリントン・シングの作品に登場する男性キャラクターをモチーフにしたり、ペリー・オグデンの写真集『Pony Kids』をインスピレーション源としてアイルランド ダブリンの若者文化を取り上げたりしたこともありました。「メンズウェアに取り組むという新たな試みの中で、これら全てが大きな影響を及ぼしていたと思います」と語ります。

またショーの開催場所も、ロシャのデザインづくりに影響を与えているようです。2023年春夏メンズコレクションのショーの舞台となったのは、ロンドンの中央刑事裁判所、通称「オールドベイリー」でした。裁判官が叩く小槌の音とともに、多くの人の運命が変えられてきた…そんな歴史を刻んだ地です。

「ここはメンズコレクションのショー会場であるとともに、サフラジェット(1800年代後半~1900年代初頭に女性参政権運動を展開した急進派の人々)が裁判にかけられ有罪となった場所でもあるのです。その重みはとても大きなものでした」

彼女に重くのしかかったこうした感情は、コレクションのバックグラウンドとなりました。プレスリリースでは、「儚(はかな)さ」「悔い」「怒り」がコレクションを読み解くキーワードとして挙げられています。

ロンドンファッションウィーク, シモーネ・ロシャ
Jeff Spicer/BFC//Getty Images

ロシャは自身のデザインプロセスについて、「極めて正直に言えば、自分がどう感じたかどうか」と語っています。

「ここ数年の、不安だった状態から抜け出した反動です。こうしたあらゆる感情をどのように服に反映させることができるのか? 試してみたかったのです」

彼女のこうした意図は、メンズウェアとレディースウェアのどちらにも表現されています。例えば脱構築的なスーツのパンツ、チュールがレイヤード状にデザインされたボンバージャケット、フリル付きのシャツ…。そして、その多くにあしらわれていたハーネスベルトのような意匠も印象的でした。

シモーネ・ロシャのメンズウェア
Rosie Marks
シモーネ・ロシャのメンズウェア
Rosie Marks
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「男らしさ」という概念そのものも、近頃はさまざまな方向へと拡張されています。例えば、偽りなく語るポッドキャスターこそを“男らしい男”だとされている一方で、「シンプ(Simp)」(愛情や性的関係を追求するために、他の人に過度の同情と注意を払う人を指すスラング)であることは蔑視されるべきものではないと考える人々もいます。ロシャの服は、後者の人々のためのものです。

「私は、マスキュリニティ(男らしさ)に関するこうした考えに注目することに関心を持ちました。そして、共存する繊細さに目を向けることにも…。男性の正直で傷つきやすいところに光を当てたいのです」と彼女は言います。

もちろん、“クラシックな男性らしいテーラリング”に則った、伝統的かつ高い技術によるフィット感も期待できないわけではありません。ですが、彼女の手にかかると少し儚さが加わり、鎧というより“安心できるブランケット”のような印象になるのです。

シモーネ・ロシャのメンズウェア
Rosie Marks

今回の電話取材は、ドーバー ストリート マーケットで彼女のコレクションが発売される1週間前に行ったので、彼女の興奮がよく伝わってきました。ロシャは「取扱店の決定に頭を悩ますことはなかった」と言います。ドーバー ストリート マーケットは、ずっと以前から彼女のブランドを取り扱っており、互いのビジョンも完全に共有できていたのです。

ドーバー ストリート マーケットには、知名度や歴史に関わらず世界各地からさまざまなブランドがセレクトされ、ブランド自身が思い思いに商品をディスプレイを行います。こうしたデザイナーの感性が息づく空間に対して、ロシャは次のように話します。

「ロンドンにいながらにして、どこにでも行けるような感覚がありました。デザイナーとして、いつもそこでくつろいでいたことを覚えています」

ドーバー ストリート マーケットのヘイマーケット店は、発売に先立って3日間休業し、ローリー・ミューレンがデザインしたアート作品を設置しました。ミューレンがショーに来ていたため、ロシャが“軽さ”をテーマにしたディスプレイのアイデアについて話したところ、どう解釈するかを2人で考えることになったそうです。

その結果、「繊細な刺しゅうモチーフとして、コレクションで大きくフィーチャーされていたデイジーをオブジェとして巨大化し、メンズコレクションを並べるために拡張されたスペースに設置する」という結論に達し、コレクションと同じぐらい見応えのあるディスプレイが生まれたというわけです。

次のコレクションにおいては、ロシャのアプローチは前回よりずっと“軽快”です。「今回は、少し遊び心を効かせたものになっています」と話すロシャ。

「ショーが本当に楽しみです。メンズコレクションは、前回のような感覚的な要素を重視したショーではなく、もう少しストーリーがわかりやすいショーになるのではないかって思っています」

そして現地時間2月18日にロンドンファッションウィークで発表された2023-24年秋冬コレクションでは、ロシャの故郷であるアイルランドの夏の収穫祭「ルナサ」にインスピレーションを得たデザインを披露。小麦を思わせるファブリックをはじめとした豊かな素材使いと、黒やネイビー、ゴールド、そしてアクセントとしてピンクを取り入れるなど多彩なカラーリングで奥深いストーリーが表現されました。

公式サイト

Source / ESQUIRE UK
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です